継・小さな魔女の散歩道

#1

私は『魔女』。小さな『魔女』。


絵本を読んで、自分が魔女だと気がついた。

魔法の杖もないし、空飛ぶ箒も持ってないし、使い魔の黒猫も連れていない。でも確かに、私は『魔女』なのだ。



#2

私は毎朝、散歩に出かける。私の日課。素敵な日課。

お母さんも、素敵な日課だと思ってくれているみたい。

「ずっと帰って来なくていいよ」って。

応援してくれている。だから私はそうする。朝から夜まで、絵本にでてくる小さな魔女の女の子のように、この小さな世界を散歩する。



#3

可愛いお家の、可愛いお庭に、小さな可愛い犬小屋があって、犬小屋の中に紐が伸びている。いつも犬小屋の中なので、通りすがりの人がよく中を見ようと覗き込むけど、たぶん見た人はほとんどいない。

気になるよね。私は見たことあるよ。

可愛いよね。中にいる、首の締まった子供の幽霊。



#4

通りすがりの人に、私は挨拶する。

「こんにちは」

挨拶は大事。だって意味がないから。それは人間の証明。

挨拶自体には意味がないから、「あれら」は使えない。「あれら」には意味なんてないから、逆に意味のあることしかできない。

羨望で指を咥えて、「あれら」はいつも、人のする挨拶を見ている。



#5

表から店内が見える喫茶店。

エアコンから何本も手が出て、吹き流しのようにヘラヘラと揺れている。


エアコンの前の席に、お客さんが座った。たちまち手はお客さんに絡み付いて、舐めるようにお客さんからじわじわと『何か』を吸い取った。

その『何か』が、何かは知らない。



#6

雨の日。私も、道ゆく人も、みんな傘をさしている。

傘は好き。でも重くないのかな? 私はあんなものを、ずっと持っては歩けないけどな。


あの人、傘の上に赤ん坊が乗ってる。


差した傘がいつもより重く感じたら、傘に何かが乗っている。

雨の日は好き。こちらとあちらが、ぼやけて混ざる。



#7

川沿いの堤防の道。すれ違った中学生の女の子たちが、運命の赤い糸の話をしている。

「そんな古臭い迷信信じてんの?」

「信じてるってか、この小指の先に、って思うと、ロマンじゃん?」

目を凝らすと、確かにその子の小指から赤い糸が伸びていた。

運命の赤い糸が伸びて、川の中に消えている。



#8

大きなイチョウのある神社。隣の道路に黄色い落ち葉がたくさん積もって、風にながされ集まって、長い道を作っていた。前を歩いている女の子が、その道をさくさくと踏みながら、ずっと辿って歩いている。

強い風が吹いて、吹き散らされて道が消えた。

女の子も一緒に消えた。あの子はもう、帰れない。



#9

奥さんが隣人と話しながら玄関先の落書きを消している。

「何の悪戯かしら。日本語じゃないし」

「嫌ねえ」

日本語だよ。神隠しにあった娘さんが、助けを求めて書いてるけど、裏の世界で書いた字だから、こちらから読めなくなってるだけだよ。もう思い出せないし見えないけど、娘さん、そこにいるよ。



#10

散歩道が真っ赤な夕焼け。

真っ赤な夕日。世界が血の色をした光でいっぱいに満ちる。

気をつけて。人間は体が血でできているから、血の色の夕焼けに見とれていると、その色の中に溶けてしまう。

人間はその色でできているから。

赤い血が流れる生き物は、みな空に浮かぶ、その赤い卵から生まれたから。



#11

夜遅くに声が聞こえた。こっそり見ると、真っ暗なトンネルの前に何人かいて、暗闇が怖くて入れないと騒いでいた。

安心して。暗闇は恐れなくていいよ。暗闇は人を食べたりしない。


人を食べるのは、暗闇の中にいる「もの」だよ。


それに怖いと思ってるなら、もう「それ」に心を少し食べられてるよ。



#12

何もない山に、人が入った痕を見つけた。辿って行くと、釘で打ち付けられた同じ人の写真で、びっしり覆われた木があった。

すごい怨み。でも残念、このおまじないは効果がないよ。

おまじないは、草木に似てる。ちゃんと育つ場所に、育つ時に、育つ方法で種を植えないと、芽は出ないし実も生らない。



#13

山の中を歩いていると、廃墟があった。大型の宿泊施設の跡。中には全て残っていた。ホールにピアノが残されていて、ゆっくりと朽ちていこうとしていた。

壊れたピアノを見つけると、私はそれを弾く。その時でないと弾けない曲。

調律の狂ったピアノでないと、この世のものではない音楽は弾けない。



#14

道端のお地蔵様。公園の大きな木。川縁の石垣の石の一つ。もうすぐ枯れる小さな花。そこらじゅうに小さな神様がいるよ。みんなを静かに見守ってるよ。


空き家の中。踏切の真ん中。橋の下。今そこを歩いてる、不幸な人の頭の中。そこらじゅうに小さな地獄があるよ。みんなを引き込もうとしているよ。



#15

道端で世界の真実を見つけたので、その数式を廃校の黒板に書いた。

消えないように、白いペンキで。

次の日に見に行った時には数式は薄れて、その次の日には消えていた。

真実は揮発性なので、書き記しても薄れて消えてゆく。記憶からも薄れるので、今はもう、私の記憶からも消えてしまった。



#16

夜の山を散歩したら、見晴らしの良い場所に着いた。高台から世界が開けて夜景が見える。一面の暗闇に沢山の灯り。

星空みたい。目立つ光に名前をつけて、光を結んで星座を作った。

星があるなら、そこには天使がいて、精霊がいて、力がある。そうしたら星の占いができて、星の魔術ができるね。



#17

山から夜の町を見下ろす。

私の生まれた町。育った町。でも何だか、ひどく余所余所しく感じてしまう町。


いつか、私はこの町を出るのかな?


両親がまだ私に笑いかけていた頃、私を行かせたいと言っていた遠くの町の学校。

いつか、そこに行きたいな。

町を見下ろしながら、私はそんな事を思うのだ。

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小さな魔女の散歩道 甲田学人 @gakuto_coda

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