第2話 常春の境界線
この箱庭には、とある噴水と家がある。
噴水は、かつてこの箱庭で過ごしていたノーマン・クロースという人物が創ったもので、家はアンシャ達が過ごしていた500年程前から既に存在していたという。
家にはパーラとポーロという
箱庭全体の見取り図としては、概ねではあるがこうだ。
噴水を中心として考え、そこからやや離れた北側の位置に家。噴水の東側には箱庭のドアがある。これは、箱庭の太陽の位置からそう判断している。
噴水から家、それと噴水から箱庭のドアまでは石畳の道がある。それ以外は、噴水で交差するように、西と南に向かって畦道が延びている。因みに、箱庭のドア反対側と、家の裏側からも畦道は其々延びているのだが。
箱庭の大外は、南から西まで山が連なっており、北から東までは海となっている。
箱庭の季節だが、噴水から半径…そうだな…、大体歩いて約1時間の距離まで〝常春エリア〟らしく、マナ植物という名の雑草が伸び放題になっている。
余談だが、つい先日、せめて家の周りだけでもと思って、草刈りを敢行したのだが、マナ植物の強度に断念せざるを得ない結果となった。
………。
えー…。話を戻すが、常春エリア以外の季節は、外の現実世界と同じらしいよ。うん。
さて、この箱庭は何故創られたのか?だが。
これまた先日、ベル様の思念体と話す機会があったので訊ねてみた。
あ、ベル様っていうのは聖霊王ベル・ラシルのことだ。どうやらベル様は〝聖霊王〟と呼ばれることに不満があるみたいだったので、俺はベル様と呼ぶことにしたのだ。
ベル様の話じゃ、本来この箱庭は〝生物の保護〟が目的らしいのだが、今のところこの箱庭に、俺たち以外の生命体はマナ植物というもの以外存在しないらしい。
そのへんは今後どうするか目下検討中である。
そして、今日。箱庭の家周辺の草刈りに失敗したあの日から、数日が経った休日だ。
俺とノワルは常春エリア以外の探索をするべく、箱庭に訪れていた。
二体の
「レオ様。本日はどちら側の調査へ向かわれるのでございますか?」
「あー。そういえば言っていなかったな。今日は南側の常春エリアを出た辺りを少し見てみようかなと思っているよ」
「それでしたら、わたくしの背に乗って行かれませんか?」
「ノワルの背中に?」
「ええ。わたくしの倍化魔法≪ラピグロ≫で豹程の大きさになれば可能かと存じまして、ご提案申し上げた次第にございます」
ノワルの提案を聞き、チラリとノワルの背に目を向けた。
「鞍や鐙がない状態で乗るのってどうなんだ? しかも豹に。馬にも乗ったことない俺には、いきなりハードル高くない?」
「おそらくではございますが、チャクラを上手くご利用なされば問題ないかと存じます」
ノワルがそんなことを宣ったが、俺には不安しかない。 たしかにチャクラは身体能力を上げるための生命力ではあるのだが。
「うーん…。たしかに便利そうだから練習はしたいが、取り敢えず俺の足で歩いて、どれくらい掛かるか確かめたいし……。そうだな。じゃぁ、帰り道にでも頼もうかな」
「畏まりました」
俺がそう答えると、騎乗されることなのか、それとも俺がノワルを頼りにしたせいなのか定かではないが、何故かノワルは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。おい、前者だったら引くぞ。
「それじゃ、パーラ、ポーロ。行ってくる」
「パ!」「ポ!」
箱庭の家で二体の
噴水に辿り着き、そこから南に向かう畦道に入る。
「いやぁ、マジでこの草なんとかしないとなぁ…」
両サイドに生えるマナ植物という名の雑草は、ちょうど俺の腰辺りの高さまで伸び放題だ。俺はその草を見て改めて嘆いた。
「まぁ、この広さを鎌一つで熟すことは不可能でございましょう。しかも、あの強度でございます。何日、いや何か月掛かるか想像出来ませんし、刈っている途中で先に刈っていた草がまた伸びてしまうことでございましょう」
ノワルの発言に俺は苦笑を浮かべ、額から一筋汗を流しつつ「たしかに……」と言った。
「風の大聖霊の加護持ちアンシャ待ちか。来たら早速マナ植物を一掃してもらおうかな」
「左様でございますね」
俺達はそんな遣り取りをしつつ、目的地までひたすらに歩いたのであった。
噴水から歩いて1時間程が経ち、隣で歩いているノワルから声が掛かる。
「レオ様。間もなく常春エリア終了でございます」
「おおっ。そうか」
ノワルの言葉に返事をし、俺は前方の少し遠い場所を見据え、更に言葉を続ける。
「つっても、常春エリアと通常エリアの違いは、どうやって見分けるんだ?」
「そうでございますねぇ……。現在は、あちらの世界でも春でございますから、気温的には少々分かりにくいかもしれませんね」
「あ、そっかぁ。失敗したなぁ。春以外に来た方が良かったか」
「いえ、ご安心ください、レオ様。この草のせいで見落としてしまうかもしれませんが、畦道の少し脇にベル様が刻んだ陣の石碑がございますので、そこが丁度、季節の境界線となっております」
「おおっ。そんなのがあるのかぁ。それって東西南北に配置されているのか?」
「正確には八方位に配置されております」
「八方位か…。じゃぁ、北東、北西、南東、南西にもあるってことね」
「左様でございます」
そんな話をしていたらノワルが止まり、「そちらでございます」と言って、は右前脚を石碑のある方へ向けた。
「これか…。八角形の陣? 当然だが、見たことない魔法陣だな」
石板と言った方が良いくらい背の低い石碑がそこにあった。俺はその石碑に近付き、刻まれた陣を見て、呟くようにノワルに訊ねた。
「左様でございますね。そちらの陣はただの魔法陣ではございませんので」
「ただの魔法陣じゃない? まぁ、たしかにそうなんだろうけど、何が違うんだ?」
「そちらの魔法陣は聖霊魔法が込められた陣。正確には〝聖霊陣〟と伺ってございます」
「へ、へぇー…」
現代の魔法陣。旧暦の魔術陣。それから聖霊陣。俺はもう、何が何やら分からんなと思ったのだった。
「レオ様。季節の境界線までは辿り着きましたが、これから如何されますか?」
ボーっと石碑を眺めていた俺に、ノワルが問い掛けてきた。
「うーん。そうだなぁ。距離としてはお前が言っていた通り、歩いて1時間程度だということは分かった。ただ、季節が今は春だから、今一つ違いが分からなかったなぁ」
そう言って俺は周りを見渡したあと、未だ遠い山々へ改めて目を向けながら続ける。
「山もまだまだ遠そうだし、それこそノワルに騎乗することが必要になりそうだな」
「ということは…」
「そうだな。帰り道はノワルの背中に乗って、ある程度コツを掴もうかな」
「おおっ。それは結構でございますね。それでは身体を倍化させますので、その後ご騎乗ください」
「ああ、よろしくな。ノワル」
「はい!」
俺は倍化したノワルの背中に乗って、チャクラの使い方を工夫しつつ、箱庭の家に戻ったのであった。
道中、走ってもらうのはまだ怖かったので、結局歩いて帰ってもらったんだけどね。
箱庭ライフ―「箱庭と猫」番外編― 山本陽之介 @yamag0n
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