第40話 エピローグ

 旭日皇国福博県福博市。150万を超える人口のこの都市は、旭日皇国の都市の中でも十指に数えられる。そこにある私立大池高校に俺は通っている。県内でも数少ない男子校だ。一応世間一般で言う、進学校の部類には入るが、県内でも有数というわけではない。この高校よりレベルの高い高校など、県内だけでも十を超える。

 それでも、一応が付くとは言え進学校。8月ももうすぐ終わり、世間の学生が夏休みの終わりを満喫してる頃、補習と称した授業が行われていた。それも夕方までびっしりだ。まあ、高校3年という時期を考えれば、仕方がないといえば、仕方がないのかもしれない。


 昼休みになると友人が声を掛けてくる。


「ああ、だりぃなあ。そういえば聞いたか。俺達の高校。来年から早速男女共学だってよ」


「マジかよ。くそ、よりにもよって俺が卒業してからかよ。確か前に校長が昨今の流れに迎合することなく、男子校としての伝統を守り抜く、とか朝礼で行ってなかったか」


「まあ、買収されたからな。経営者の意向だろう」


 そう、俺達の高校は買収された。別に経営が悪かったわけでもなく、巨額の金額で買収されたらしい。買収したのは世界に冠たる大財閥フェアチャイルドだ。世界にフェアチャイルドに携わらない企業は無く、全世界の富の半分を所有するという巨大財閥。

 しかも、傘下の企業や影響下の人物に買収させたのではなく、フェアチャイルド本家が、直接買収したというから驚きだ。フェアチャイルド家は、その名から分かるとおり、フェアチャイルド財閥の持ち主である。世界一の金持ちの一族であり、ヨーロッパの各王室とも、つながりが深い。序列は低いとは言え、エジンバラ王国の王位継承権まで持っている。

 フェアチャイルド本家が直接動いたと言うことで、一時期は結構ニュースになったが、ある日を境に全くニュースが流れなくなった。流石はフェアチャイルド家といった感じである。


「どうせ買うなら、もっと前に買ってほしかったなぁ。そしたら、俺にも彼女が出来たかもしれないのに」


 俺がそう呟くと、友人がゲラゲラ笑う。


「お前が。無理だって。中学の時も全然だめだったじゃん」


「うるせぇ。中学と高校じゃ違うかもしれないだろう」


 こいつとは小学校からの腐れ縁だ。だから昔から俺がモテなかったことを、こいつは知っている。勇気をもって告白してもフラれてばかりだった。彼女どころか女友達すらいない。


「しっかし、お前なんでモテないんだろうな。顔もまあまあハンサムだし、スタイルもモテそうな細マッチョだし、スポーツもそれなりに出来る。頭も悪くない。やっぱ性格か」


「……お前に人の事が言えるのかよ」


 確かに自分でも性格が良いとは思ってないが、目の前の友人だって似たり寄ったりだ。


「俺はお前と違って彼女も女友達もいるからな。中学校の時の友達とも遊んだりしてるし、何よりお前とも友達でいてやってるじゃん」


 友人が上から目線で俺に言う。訂正。こいつは俺より性格が悪い。第一、俺は友人は少なくない。女の子の友人がいないだけだ。


「大体、もし買収がもっと早かったら、俺達、附属推薦なんて受けれなかったかもしれないだろ。場合によっちゃ、この高校に受からなかったかもしれないし」


 友人が今度は諭すように言う。俺達の通っている高校は、正式には私立福博大学附属大池高等学校という。福博大学の附属高校だ。と言っても福博大学が地元ならともかく、全国的な知名度は無い学校なので、内部推薦制度はあるものの、ある程度の学力がある者は、基本的には国立大学や他の有名私立大学を目指す。

 俺達がいる特別進学クラスで内部推薦を受けるものはまずいない。内部推薦を受けると他の大学が受験できなくなるし、よほどのことがない限り受験すれば普通に受かるからだ。

 だが、買収されてから状況は一挙に変わった。膨大な金をかけ、新しく作られる大学の中には、最先端の研究施設や、研究資料として重要な資料が揃えられる。奨学金制度も充実。そもそも学費自体が国立大学より安い。留学制度も充実していて、海外の有名大学とすでに提携している。教授陣にはノーベル賞を取った人を中心に、テレビでよく見る有名人がずらりと並ぶ。大学の寮だって、何処のリゾートホテルだ、というような感じだ。学食ですら超が付くほど高級レストラン並で、これもテレビによく出る、各国の名店が監修している。全国ではなく、全世界規模だ。料理人は本店から引き抜かれてくるそうだ。

 当然ながら、受験希望者は急上昇。予想される偏差値では、国内でも一、二位を争うまでになっている。俺も友人もその増えた希望者の一人だ。内部推薦を受けるものが、急増したため、学校側は本来なら一学期が終わった時点で、推薦者を決めていたのを、二学期終了まで伸ばした。おかげで内部推薦だというのに、普通に受験勉強をしなければならない。

 だが、友人の言う通り、それでも普通に受験するより圧倒的に有利だ。なにせ、内部推薦の枠自体は減っている訳じゃないし、競争相手は同じ学校の者だけである。これまでの成績も加味されるから、よほどのことがない限り、俺と友人は落ちる事は無い。


「それも、そうだな……まあ、いいさ。どうせ帝国大学に進学希望で勉強してたんだし、彼女を作るのは、大学に入ってからでも遅くないしな」


 そう言うと、また友人がゲラゲラ笑う。


「お前が大学で彼女を作る?無理無理。だって、俺達の同級生になる女子って、超が付くほど頭の良い奴らばかりになるんだぜ。俺達が相手されるわけないじゃん。まあ、お前がそういう女子を落とせるような、テクニックがあれば話は別だけどな」


 俺は反論が出来なかった。ぐうの音も出ないとはこのことだ。


「前に占いに出ただろう。お前、呪われてるんだって。もう諦めろよ」


 友人がさらに追い打ちをかける。しばらく前だが、話のネタにでもと思い、よく当たると有名な占い師の所に行った事がある。結果は占い師の水晶玉に、実際はガラス玉だろうけど、突然ひびが入り割れた。で、言われたセリフが、呪われているだ。確かに話のネタにはなった。これ以降事あるごとに、俺をいじるネタとしてだが……


 そんな事を話しているうちに昼休みが終わる。チャイムと共に校内放送があった。臨時職員会議が開かれるので、午後の補修は自習という内容だった。補習なのに帰ることが出来ないってなんだよ。自習なら別に学校でやらなくてもいいじゃん、と思う。文句を言っても仕方がないが。


 もう夕方になり、補習の時間も終わろうという頃、担任の先生が青い顔をして入ってくる。何時もは威圧的な担任だが、今日は大分気分が悪いらしい。無意識に胃の辺りをさすっている。二日酔いと言う奴だろうか。だが、朝見かけた時は、普段通りだったと思ったのだが……


「あー、今から臨時のホームルームを始める」


「「「ええ!」」」


 クラスの皆から、不満の声が一斉に上がる。それはそうだろう。もう帰れると思っていたのだから。


「頼むから静かにしてくれ。そんなに時間はかからないから」


 何時もは、黙れ!と怒鳴るような先生が、今日は元気なく生徒にそう頼む。何となくただならぬ雰囲気を悟ったのか、皆すぐに静かになる。


「突然の連絡だが、二学期にこのクラスに転校生が来る。留学生だ。この学校の事を実際通って、知りたいそうだ。この学校の理事長だからな。くれぐれも問題を起こすなよ」


 クラスの皆が顔を見合わせる。理事長?理事長の子供とか孫じゃなくて?


「いいか。大事な事なんでもう一度うが、転校生はこの学校の理事長だ。知ってると思うが、この学校はフェアチャイルド家に直接買収された。勘の良い奴なら分かると思うが、転校生はフェアチャイルド家の人だ」


 すげー。高校生にして、既に理事長か。完全に住んでる世界が違う。もうここまでくると羨ましいと思う気さえ起きない。向こうからしたら極東の島国なのに、ご苦労な事で、と思う。


「付け加えて言うと。女性だ。現フェアチャイルド家総帥の孫娘だそうだ。だからな、頼むから、半年間行儀良くしてくれ。そうでないと俺の首が飛ぶ。下手したら物理的に。お前達も他人事じゃないんだぞ。社会人になってないからわからんだろうが、一生を棒に振ることになるんだぞ」


 後半は脅しだ。然し男子校に一人、孫娘を入れるなんて、何を考えているんだろう。言ってみれば野獣の群れに、子猫を放り込むようなものだ。間違いが起きるとは考えないのだろうか?金持ちの考えていることは分からない。


「当然の事だが、校内各所に防犯カメラが設置される。防犯というより監視だな。だから何か隠れてしようと思っても無駄だぞ」


 校内であちこち工事がされていると思ったら、内装工事だけじゃなくて、カメラも付けられていたのか……あんまりいい気分はしないが、どうせ半年の事だし、それに今は他の学校でもカメラが取り付けられ始めたと聞く。慣れの問題だろう。


 ホームルームが終わっても、皆転校生の話題で盛り上がっていて、なかなか帰らない。いつも一緒に帰る友人も興奮気味で話している。俺は仕方が無いので、一人で帰ることに決めて席を立つ。


「おい。何、クールぶってんだよ。お前興味ないのか?」


「どうせ、俺は女に縁がないからなぁ。まあ、せいぜい嫌われないようにするだけさ」


 嫌われたら、推薦に落ちるかもしれないし。あの先生が、あんなに念を押すぐらいだ。本当に社会的に死ぬかもしれない。なるべく関わりあいにならないようにしておこう。俺はそう心の中で決めて、その日は帰った。


 9月1日始業式の日。俺の机の横には真新しい机が備え付けられていた。おそらく転校生の机だろう。関わりあいにならないようにしようと決めたのに、横になるとはついていない。それにしても、同じ机だというのに、いやに風格がある。


「おい見てみろよ。ここに名前が彫ってある。多分、人間国宝に選ばれた職人が作ったんだ」


 誰かがそう呟く。人間国宝に学校の机を作らせるなんて、どんだけ、と思う。


 朝のホームルームを告げるチャイムが鳴ると、先生が一人の女子を連れてやってくる。これが噂の転校生?てっきり、始業式の後に、紹介されるものとばかり思っていたが……


「こちらが、今日から一緒に勉強をすることになるフェアチャイルドさんだ。みんな仲良くするように。じゃあ、挨拶をお願いします」


 なるべく平静を装っているが、端から見ても先生が緊張しているのが分かる。先生が横にずれ、女の子が教壇の前に立つと、それだけで場が明るくなったように感じる。女の子はテレビに出ている芸能人など、ただの一般人に見える程、綺麗だった。長いプラチナブロンドの髪は、朝日に照らされキラキラと輝いていて、グレイの目もまるで銀色の様だ。制服はこれ以上ないというぐらいに似合っている。パンフレットを見た時もお洒落だな、とは思っていたが、そのモデルより完全に上だ。

 一言で言うなら、おとぎ話に出てくるお姫様の様だった。同じ人間とは思えない。


「皆さん。今日からお世話になります。シャーロット・フェアチャイルドといいます。本当はもっと長い名前なんですが、ここではシャーロットで通させて下さい。半年にも満たない間ではありますが、皆さんと楽しい思い出を作っていきたいと思います」


 そう言って一礼をする。話す言葉はまるで、最初からこの国に生まれた様によどみがなく、所作も美しい。何時もはなにかとチャチャを入れる奴らも、息をするのも忘れたかのように黙っている。


 シャーロットは挨拶を済ませると、俺の横の机まで進んでくる。


「よろしくお願いしますね」


 そう言ってニッコリとほほ笑みかけられる。俺は体温が数度上がった気がした。だがその後のセリフで何故か俺は冷や汗が流れた。その声は小さな声だった。本来は絶対に聞こえるはずがないほどの小さな声。だがそれは何故か俺の耳元で、しかもハッキリと聞こえたのだ。シャーロットは間違いなく、こう言った。


「ようやくお会いできましたね。私の愛しい人」


後書き

 ここまで読んでくださりありがとございました。ちょっと今回は流行からはなるべく外そうとしたので、外し過ぎたのかも、と思っています。ですが、たまにはこういった感じのものも良いんじゃないでしょうか。出来ればまた次回作でお会いしましょう。では。

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怨讐の勇者と災厄の聖女 地水火風 @chisuikafuu

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