第39話 俺は認めん!

 理不尽だ。俺がまず思ったことはそうだった。確かにルイーダはやりすぎたかも知れないが、そもそもの原因が2百回以上も悲惨な死に方をしたからだ。それはルイーダのせいではない。


「お前はそれで本当にいいのか?」


 俺はルイーダに聞く。


「本当は嫌です……でも仕方がないのです。例外を認めると、再び私のような者が生まれるでしょう。私はそちらの方が嫌なのです」


 今までに見たこともない、諦めきった様子でルイーダは答える。


「俺がもらう世界に、匿うことはできないのか?」


 今度はユニに尋ねる。


「残念ながら、幾ら貴方様の好きにできると言っても、構築の段階から組み込まれた大前提を覆すことはできません」


 ユニは申し訳なさそうに、そう答える。


「ルイーダを助けることはどうしても無理なのか?」


「助けるというのは無理ですが、苦痛から逃れさせることなら可能です」


 ユニは少し考えて、俺にそう告げる。


「それはどんな方法だ?」


「ルイーダ様をこの箱庭の世界が消える前に、貴方様のちからで完全に消滅させてしまう事です。私は既に新しい世界の元となっていますし、今のルイーダ様に自身を完全に消滅させるような力はありません。今それが出来るのは貴方様だけです」


 得られた答えは、絵にかいたようなバッドエンドだ。消滅させれば解決とかふざけるな、と言いたい。


「そんな方法があるのですか。それならばぜひそうしてくださいませ。強がっては居ましたが、やはり数十億年の苦痛というのは怖いので……」


 まあ、確かに世の中には死んだほうがましと言う事はある。完全に消滅したとしても、地獄で永遠ともいえる時間を過ごすよりはましだろう。

 ルイーダの方を見ると、俺を縋るような目で見ている。


「……分かった」


 その眼を見て、俺も覚悟を決めた。俺は魔剣レーヴァティンを取り出す。レーヴァティンには俺の力により、世界を滅ぼす炎が再び燃え盛っている。俺は更に力を注ぎこむ。次第に炎が燃え盛るのではなく、白く輝き始め、最終的には光りの剣とも言うべき姿になる。

 俺はそれで、ルイーダに切りつけた。切りかかった直後から、ねっとりとした丈夫な糸が剣に絡みついたような感触を覚える。くそ、舐めていた。力を失ったといってこれかよ。全盛期にはどんだけ力を持ってたんだ、って感じだ。だが、ここで諦めるわけにはいかない。俺は更に剣に力を込める。俺の魔力だけでは足りない。生命力を削ってレーヴァティンを強化する。遂に絡む着くものすべてを振り払い、ルイーダの身体に刃が届く。そこからの抵抗がまた強固だった。おれは更に自分の魂を削って、レーヴァティンに注ぎ込む。正真正銘、俺が放てる全身全霊の最大攻撃だ。

 その甲斐があり、剣を振りぬいた。前みたいに炎が消えてなくなったわけじゃないし、手ごたえも確かに感じた。


「ユニどうだ?」


 念のために俺は横に立つユニに尋ねる。


「驚きました。あれほどの業を消滅させるなど……確かにルイーダ様の悪行は全て切り離されています。寧ろ生前に行った自己犠牲により、業は大幅なプラスになっています」


 ユニは本当に驚いたようで、目を見開いて、驚愕に満ちた表情をしている。それは目の前にたたずんでいる、ルイーダも同じだった。


「どうして……」


 ルイーダが涙を流しながら聞いてくる。俺は剣を体内に収めようとしたが、剣は音もなく崩れ去り、俺の炭化した両腕も、地面に落ち、崩れ去る。


「別に。俺はお前たちの思い通りに、なりたくなかっただけだ。それに最初に俺が望んでいたことは、世界を滅ぼす事だったからな。予定は変わったが、前の世界からの腐れ縁を吹き飛ばしたんだ。まあ、世界を一つ滅ぼしたと言えなくもないだろう」


 そういった時に、足にひびが入り崩れる。視界が一気に下に下がる。落ちたショックで、腰のあたりまで砕けたらしい。もう感覚は無いが……これも細胞の一つに至るまで、生命力を使い切った結果だ。


「私は、ヴィル様を利用していたんですよ」


「利用していたという程のものでもないだろう。楽しい思い出の一つや二つ、誰でも欲しがるものだ」


 四肢を失った俺は、バランスをとることが出来ず、倒れ込もうとするが、慌ててルイーダが支える。だが、胸から下がぽっきりと折れて崩れ落ちる。


「俺はこのまま消滅するのか?」


 消滅しても悔いはないが、一応どうなるかは知っておきたい。


「いえ、消滅はしません。ですが、もうあなた様にあった膨大な業のプラスはありません。次に生まれ変わるのはごく一般的な人間になるでしょう」


 ユニがそう答える。一般的な人間。結構なことだ。変に神なんてなるより良いかもしれない。俺はその答えに満足する。


「私が、必ずヴィル様を幸せにします。何処の世界に生まれ変わっても必ず探し出します」


「余計な……お世話だ……もう関わりあいに……なるのはごめんだ」


 肺も半分無くなったからか、喋るのも億劫になってきた。もう目もだいぶ霞んでいる。俺は今までの事を思い出す。常人では到底体験できないようなことを、体験できた。その意味では悪くは無かった。だが、また体験したいとは思わない。

 そもそも世界を滅ぼす、なんて粋がってはいたが、実のところ俺は、理不尽なことが嫌いだっただけだ。だから理不尽な存在になり、理不尽な事がはびこる世界を滅ぼしたかった。その意味では理不尽な事が少なくなる、新しい世界の創造に携われたのは悪くはない。まあ、そんな記憶はなくなってしまうのだろうが。


「有難うございます。ヴィル様。生まれ変わっても、ヴィル様のことは決して忘れません。受けた御恩も、優しくしていただいた事も。次は私がすべてを掛ける番です」


 だから関わりあいになるのはごめんだ、と言っただろう。聞いていたのか。それに優しくしてやったつもりなんてねーよ。俺はそう言ってやりたかったが、僅かに口が動いただけで、もう喋ることも出来なかった。顔にぽたぽたと何かが落ちるのだけが感じられる。


「我が主よ。貴方は正しく、私が主と仰ぐにふさわしい存在でした。貴方様を忘れる事は無いでしょう。世界の大前提となる法則は私でも変えれませんが、その中でできうる限り貴方様が幸多い人生を送ることが出来るようにしましょう」


 いや、忘れていいよ。というか忘れろ。俺の人生は、俺だけのものだ。そんな超常の存在に助けてもらう気はない。下手に助けてもらって、英雄だのなんだの祭り上げられたくはない。余計なお世話とはこのことだ。俺の人生の邪魔をするな。

 俺は、ユニに心の中で悪態をつく。それがこの世界での、俺の最期の意識だった。



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