第38話 新しい世界

 ユニが目を閉じて集中すると魔王城も街も消え、原野が広がる風景になる。今回はいつものように村がない。


「ん?どうしたんだ。また村から始めるんじゃないのか」


 不思議に思った俺はユニに尋ねる。


「そう思ったのですが、ルイーダ様が思うところがあるようです」


 なんだろう。今回は原因がはっきりとしていた。正の力に対して負の力が大きすぎたのだ。それを改善すれば少しはましになるはずだ。それでどこまでうまくいくかは分からないが。


「何を思う事があるんだ?」


 俺は素直にルイーダに聞く。


「ヴィル様。私は何となく世界を救う手段は分かっていたようです。ただ、それを認めたくなかった……その為に、その答えを拒否していました。分からないと、自分で自分を騙していたんです。ですが、ようやく認める決心がつきました」


「その方法とは?」


 俺は再度聞くが、ルイーダは珍しいことに、直ぐには俺の問いに答えず、ユニの方を向く。


「ユニさん。お尋ねしますが、今までやったことは、既に試してみたことが、おありなんでしょう?」


「……そうですね。全く同じ、というわけではありませんが、過去に失敗してしまった世界です。三千世界は、私の身体を苗床にし、広がっていきます。私とて、直ぐに腐って壊れてしまう世界の苗床に、何度もなりたいとは思いません。その為に、苗床となるにふさわしい世界を模索していました。何千回、何万回も……あなた方の感覚では、それだけで数十億年、あるいはもっと費やしたのではないでしょうか。最も上手くいったのが、前回の世界です。ルイーダ様に滅ぼされるまで、約200億年存在していました」


「前の世界の欠陥は、負の力の増大を止められなかった事。正の力に対して、負の力が大きくなりすぎた事。違いますか?」


 質問というより、確認といった感じで、ルイーダは確信に満ちた顔でユニに問いかける。対するユニは少し落胆したような顔になっている。


「その通りだと思います。ですが、途中から崩壊することが分かっても、私には良い方法が思い浮かびませんでした。言い訳にすぎませんが、ルイーダ様が世界を滅ぼしつくまで、解決方法を思いつかなかったのです。主様やルイーダ様には不快な思いをさせてしまい、申し訳ないと思っていますが、気付いたときには負の力が大きくなりすぎ、もはや私の力でも、押さえることは不可能でした。そして、解決策は未だに思いついていません。世界によっては全知全能と呼ばれる崇められる神の、さらに上位の存在であるはずの私は、その程度の存在だったのです」


 ユニはそう言うと、先ほどよりさらに落胆した顔になる。まるで泣き出しそうだ。ユニにもそんな感情があったんだ、と妙なところに感心してしまう。非常に重要な話をしているのは分かるが、正直壮大過ぎてちょっとついて行けない。ただ、俺の苦痛に満ちた人生は、どうしようもなかったんだな、と言う事は何となく理解した。だからといって、はいそうですか、と納得はいかないが。


「ユニさん。貴方は中立だと自分では思っているようですが、善良なのです。いえ、善良過ぎたというべきかもしれません。貴方は人を、いえ、生命体全部を愛しすぎた」


「それが善良だというのでしょうか?全ての者は、私を苗床にして育っていきました。善も悪も、私が産み、育んだもの達です。愛さずにいられましょうか?」


 神の愛は無限というやつか。まるで信じてなかったが、まるで嘘っぱちというわけではなかったようだ。


「因果応報。次の世界はこれを大前提にしましょう。悪い事をした者にはそれ相応の罰を。良い事をした者には褒美を。そして、人生で償い切れない罪を犯した者の為に地獄を、逆に一回の人生では褒美を与えきれない程、良い事をした者の為に天国を作りましょう」


「それでは、地獄で悪魔が力を持ち、負の力が増大するのではないでしょうか?」


 ユニが疑問を呈す。もっともな疑問だと俺も思う。


「地獄を統率するのを、改心した者にやらせればよいのです。彼らは苦しみながら、悪を早く改心させるため、そして自分が苦行から逃れるため、一所懸命に地獄に落ちたものに罰を与えるでしょう」


 ユニはルイーダの言葉を聞いて考え込む。俺もちょっと考える。悪い案ではないように思う。ただ、それでは俺の欲望はかなえられない。世界に復讐してやると意気込んでいたのに、因果応報なんて言われたら、流石にためらってしまう。

 この世界に現れる前だったら、激情に流されてそれでもやっていたかもしれないが、今は大分頭も冷めている。


「そうですね。以前の世界より良い世界になりそうな気がします。ルイーダ様の体内で膨れ上がった負の力も、それならばそのうち少なくなるでしょう」


 暫く考えて、ユニがそう答える。


「それでは、私が持っているすべての力を開放しましょう。ユニさん後はお任せしましたよ」


 少し悲し気に、ルイーダはユニに頼む。


「ちょっとまってくれ。二人で話が進んでいるようだが、俺はどうなる?」


 俺は慌てて、2人に尋ねる。このまま俺は用済みか?それは勘弁してもらいたい。因果応報というなら、まがりなりにも今まで協力した俺に、何か報酬が有っても良いはずだ。


「それは責任をもって私が請け負いましょう。主様の望みは世界の滅亡でしたね。流石に新しくできた世界全部を壊されるのは困りますが、世界樹一本分でしたら、好きなようにできるだけの力をお渡ししましょう」


 悪くはないのか?世界樹一本分と言っても多くの世界が内包されている。それ全部を好きにしても良いといわれたら、凄い事だとは思うが、これまでの事でスケール感がぐちゃぐちゃになっていたので、今一つピンとこない。


 俺が悩んでいると、ルイーダが祈るように両手を組み、目を瞑っていた。ルイーダの持っていた力がユニに流れ込んでいくのが分かる。

 俺は茫然とその様子を見ていることしかできなかった。そして、全ての力を移し終わると、空が割れた。比喩的な表現ではなく、空に無数のヒビがはいり、細かく割れ始めたのだ。

 割れた細かい破片が、まるで雪のように地上に落ちてくる。割れた向こう側に見えるのは、先の見通せない深淵だった。


「この箱庭の世界は役割を終えました。この破片一つ一つが一つの世界になっていくのです」


 厳かにユニが告げる。力を受け取ったユニは、思わず睥睨してしまう程に神々しい。


「俺も消えるのか?」


 俺がちょっと悩んでいる間に事態が進んでしまっていた。こんな時ぐらいもっと考えさせろよ、と不満に思うが、俺にはもうどうすることもできない。


「消えるというのとは少し違います。新たに生まれる世界樹の管理者となるのです。その世界樹をどうするかは、貴方様の自由ですし、その世界樹の中で神として、若しくは人として生きていくのも自由です」


「因果応報が世界全部の大原則なんだよな。世界樹を滅ぼしたらその分の罰が俺に下るんじゃないのか」


 今更だが、気になったので聞いてみる。


「いいえ。貴方様の業は世界樹一つを滅ぼしても、0になるだけです。それだけの徳を積み上げているのです。前の世界の徳は引き継がれていますし、世界を滅ぼすといわれていましたが、実際に行ったのは世界の救済ですから」


「そいつはどうも」


 半分嫌みのように聞こえてしまうが、実際そうだから言い返しようもない。それに、多くの世界を自分の好きなようにできるのだから、悪くないといえば悪くはない。俺が考えていたより、世界のスケールはでかかったが、本来なら、その世界樹の中の、いくつかの世界を破壊するだけで、俺は満足していたはずだ。


「まあ、いいか。後は俺が考える事か……ところでルイーダはどうなるんだ?」


 何気なく、尋ねてみる。今から考えると、たいして長い付き合いではなかったが、それでもしばらくは一緒に過ごした者だ。多少は気になる。


「前の世界の業を引き継ぎますので、ルイーダ様は大幅なマイナスから始まります。永遠ではないでしょうが、数十億年という時間を地獄で過ごす事になるでしょう」


 俺はユニの予想外の答えに驚く。


「こいつは俺より多くの世界を救っていたんじゃないのか?」


「それはそうですが、それ以上に破壊した世界が多いのです。因果応報は新しい世界の大原則。今から変えることはできません」


 ユニは悲しげにそう俺に伝える。


「ヴィル様。ご心配ありがとうございます。ですが、それは私にも分かっていた事です。それだけの事をしたのです。そして私はそれを受け入れました。でも、大丈夫ですよ。短い間でしたけど、ヴィル様に楽しい思い出を頂きましたから。この思い出があれば、数十億年の地獄の責め苦にも耐えれるでしょう」


 そう言ってほほ笑むルイーダは、今は何の力もない、本当の薄幸の一人の少女だった。

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