第3話


 教員たちへの挨拶を一通り済ませた私は、学校内の教会に立ち寄った。立派な造りで、一目で見ただけでうちの教会よりも数倍金がかかっていると分かる。


「ここを好きに使ってもいい、と教頭先生はおっしゃっていましたが。本当に良いのでしょうか、私なんかが……」


 宗教学の授業があるとき以外は、ここでのんびりするように言われた。講師の仕事というのは想像以上に楽らしい。


 ただ、授業時間以外をただ怠惰に過ごすのも勿体ない。そこで私は教頭に提案した。生徒のお悩み相談を受け付ける、と。


 この学校にも一応スクールカウンセラーはいるらしいが、複数の学校と掛け持ちしており週2日しか出勤できないそうだ。そこで私はこの提案を持ちかけた。


 「それは心強い!」と、教頭は快く承諾してくれたので、さっそく今日からお悩み相談を始めることにした。


 生徒への配慮として匿名でも相談できるようにしておいた。その際は懺悔室を借りて、お互いの顔が見えない状態で悩みを打ち明けてもらうことになる。


「……よし、こんなものですかね」


 やはり生徒たちが相談に来る以上、この教会は心休まる場であるべきだ。そこで、手作りのクッキーや紅茶を用意した。前任者もよくお菓子を振る舞っていたようなので、私もそれにならうことにした。

 

    *****

 

「宗教学を担当することになりました。来栖義弥です。若輩者ではございますが、よろしくお願いします」


 初めての授業が始まった。


 女子生徒たちは私のことをじーっと物珍しそうに見ている。「あの……どうかなさいましたか?」しばらく戸惑っていたが、その奇異の眼差しがある女子生徒に注がれたのを見て取って、なんとなく彼女たちの胸中を察した。 


「えー、入須さんから事前に聞いた方もいらっしゃるかと思います。私は、入須さんの義理の兄です」


 私と真理亜が義理の兄妹であることを、クラスのみんなは知っていたようだ。おそらく、真理亜が自分から言ったのだろう。なんとなく想像はつく。


「……なにか質問はありますか? 個人的なものでも構いませんよ」


 質問に答えることで、少しでも自分という人間に興味を持ってもらえれば幸いだ。2、3人ぐらい手を挙げるかなと予想していたが、それは大きく外れた。上方向に。


「興味を持ってもらえて何よりです……」


 まさかの9割挙手だった。みんなキラキラ目を輝かせている。「はぁ……」そんな中、真理亜の目だけが軽蔑の2文字を浮かべていた。仕方ない。質問を全て却下するわけにもいかないので、一つ一つ丁寧に答えていくことにする。


 Q.彼女はいますか?


 A.神父ですので、恋人は作れません。



 Q.どんな女の子がタイプですか?

 

 A.いや、ですから色恋については……。



 Q.童貞ですか?


 A.神父ですよ?



 Q.高校生との恋愛って、神父様的にはアリだと思いますか? 女子高生に興味ありますか? 性的な意味で。


 A.なしです。ありません。



 Q.月島萌音さんと付き合ってるって本当なんですか?


 A.ちょ、ちょっと待ってください! その質問、一体どういうことですか……?


 教室内が騒然とする。

 まさか、今朝一緒に登校してるところを見られていたのか? 真理亜と春満にしか目撃されてなかったはずだが……。


「あ」


 そのとき、萌音と目があった。

 たった今、気づいたがどうやらこのクラスだったらしい。……これは都合がいい。本人の口から否定してくれれば事態は収束する。


「月島さん、アナタ、あらぬ誤解を受けていますよ! このままでいいのですか!? 否定しなくては!」

「……」

「つ、月島さん?」

「ごめんなさい。迷惑、でしたか?」

「迷惑? すみません。何の話ですか?」 

「私の“気持ち”の話です」

「……???」


 もう何が何だが分からない。

 気を取り直して、授業を再開しようとする私の背中に視線の矢がグサグサと突き刺さった。振り返ると、女子生徒たちが一斉に私のことを睨んでいた。怖い。


「こ、これで授業を終わります」


 女子生徒たちからの殺意に怯えながら、なんとか授業を終えた私はすぐさま教会に駆け込んだ。「恐ろしや……恐ろしや……女子高生……」ガタガタと怯えながら手を合わせていると、扉を叩く音が聞こえてきた。


「ど、どうぞ。お入りください」

「……匿名の相談なんですけど」


 さっそく訪ねてくるとは、情報の伝達が早いものだ。紅茶をカップに注いで、クッキーを皿の上に盛ると、テーブルに置いた。先に懺悔室に入って、彼女に告げる。


「準備ができたら懺悔室に入ってください。安心してください。顔は見えませんので」

「はい」

「机の上にお菓子と紅茶を置いたので、ご自由にどうぞ。口に合うといいのですが」


 紅茶を一口いただいたらしい少女は懺悔室に入ると、私にこう問いかける。


「2年前のクリスマスの夜に何があったか覚えていますか? 神父様」

「貴女はまさか……」

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可愛い教え子JKたちが毎日うちの教会の懺悔室を訪ねてくるんだけど、懺悔の内容がオレへの“愛の告白”にしか思えない……なあ、シスター? そんな冷たい目でオレを見ないでくれ レーヌミノル @kaninotakumi12

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