第3話 対"津波"防衛線・戦闘記録01――A.R.1000

 再生紀アフター・ルーイン:1000年(ên sôph:A.R. 1000年)


 紫冥神の月、14日――午後5:02。



 鳥獣騎兵部隊が夕立色の薄曇りに続々と飛び込んでいく。


 空対空戦闘部隊、長騎兵リード僚騎兵ウイングマンが追随する飛行分隊エレメントが二分隊――飛行小隊フライトの編隊を組み、後続するガス弾投下部隊の護衛として先陣を切る。


 観測手は大型の地上望遠鏡を覗き込み、"津波"の一群の状況を逐一ベニントンへと報告していたが、いよいよとなった戦端を目の当たりにした緊張によって、声色が僅かばかり変化した。


「ッ……"津波"第一波、数はおよそ1,000体! 間もなく要撃部隊インターセプタ―と接敵ッ!!」


 顔色ひとつ変えること無く、ベニントンが手元の機器を口に当て指示を飛ばす。


「――作戦通り、"ラプター"部隊は露払いに専念。適宜距離を取って無理はするな。

"プルート"各隊、大雑把で構わん。高高度から"贈り物ギフト"を落としたら各自散開、転進後に近場の騎兵と編隊を組み直せ。解ったか?オーバー


 彼が手にしている、魔術工学の粋を結集した『魔線機』は、リアルタイムに情報伝達を相互通信可能な代物だ。


《ザザッ……ラプターα、了解コピー、ザッ……どうぞオーバー》《ザッ……ラプターβ、ザザッ……了解コピーどうぞオーバー》《プルートα、了解コピー、ザッ……どうぞオーバー》…………。


「頼んだぞ――通信終了アウト


 伝令が傍らのダースト少佐に近づく。


「失礼します! "ムガウル"級外輪式蒸気戦艦3隻、"ファルーク"級巡洋艦8隻、"タラーナ"級水雷艇駆逐艦11隻、湾口喫水制限ラインにて展開完了しております!」


「機雷敷設も問題ないな?」


「はッ! 機雷原は"津波"通過予想ポイントL1~L3、機雷敷設艇にて係留式触角機雷を計500基、敷設完了しております!」


「よし……ご苦労、持ち場へ戻れ。さて、海空両軍ともここまで戦力投入した事例はこの国じゃあまだ無いだろ。"津波"に対してやるだけやった……海軍の指揮はルジアー提督に任せてある。空の方は不慣れだろうが頼むぜ」


 空軍への指示の後、ベニントンは葉巻を咥え、曇天を仰ぐ。


「あれが……『黒煙』が無事決まっただ、肝心なのは。お前とルジアー代将にそれは懸ってる」


 ダーストは陸軍統括として、特火点トーチカからの火砲迎撃の役を受け持っている。いまやキリルグラード湾口には、十字砲火に最適な配置がなされた特火点トーチカ穹窖きゅうこうや沿岸に多数建設されていた。


 "奇妙"なのは、湾口とはにも火砲が備え付けられてある特火点トーチカが散見される点だ。


 ルジアー艦隊は陸軍の特火点トーチカ群および艦隊同士が友軍相撃とならないよう、二翼に分けて梯形陣で構えている。


「解ってるよ……そろそろ俺らも掩体壕えんたいごうに入るぞ……おい?」


「……ああ、こいつを吸い終えたら俺も入るさ」


 険しい顔で、鳥獣騎兵らをいつまでも目で追う同僚の頑なさに苦笑しつつ、ダーストは特火点トーチカ群の背後に築かれた石造りの横穴へと入っていった。



❖❖❖❖❖



 紫冥神の月、14日――午後5:15。



 要撃部隊の鳥獣騎乗兵、女性軍人であるライラ・ムワルワリが手綱を強く握りしめながら、使い捨て式の擲弾発射器を"有翼火吹き師スピットファイア"の群れに撃ち込む。

 火炎の吐息が弾体を誘爆させたが、三体ほどがその爆裂に巻き込まれた。爆炎の冷めやらぬ内に、火中から新たに二体が飛び出してくる。


(チッ……キリが無い。爆弾投下はまだなの!?)


 跨る"巨翼の戦豹鷲ゴライアス・アルゲンタヴィス"を魔力の噴出で緊急上昇させながら、擲弾発射器を再び背から取り出して構えるが、それよりも速く魔族が火吹きの態勢に入った。


「やら、せるかッ!!」


 戦豹鷲の嘴が"有翼火吹き師スピットファイア"の喉元を貫く。自らの火炎に包まれながらそれは海へと落ちていった。


 バシュッ――乾いた音が僚騎兵の側から聞こえ、ライラは振り返った。騎乗していた兵士が、戯けた笑みを張り付けた仮面のような貌を持つ魔族に……戦豹鷲もろとも身体中を撃ち抜かれていた。


「コンデッ!? 畜生ッ!!」


 魔力を質量弾に変換させた魔弾の連射。

 "道化師ジェスター"の上位種、"魔宮道化師オーギュスト"の仕業だった。コンデが装着していた、割れた保護眼鏡ゴーグルと血塗れの兜が風に流され、彼女を掠める。


 偶然だったが、背後を取った好機をライラは利用して、僚友の仇へと榴弾を放った。

 炸薬弾の烈火に目を伏せる。直撃したが……対象は、千切れた手を緩慢に動かしながら魔弾の生成を行おうとしていた。


「……そんなにが欲しいの? なら――くれてやるわよ」


 手綱を握る左腕を小銃の台座替わりに、騎兵用小銃カービン・ライフルの照星を仮面貌に合わせ、とどめの引き金が絞られた。


**


(仕留めたか……コンデ、仇は取ったよ)


 海面へと小さく敬礼する彼女の耳元で、雑音交じりの交信が響く。


《ザザッ……"プルート"が『贈り物ギフト』を投下した。"ラプター"各隊はキリルグラード湾口へザッ……一時転進しろ、送れオーバー


 気味の悪い断末魔を上げている上級魔族オーギュストを後目に、指示に従って戦豹鷲を急旋回させる。

 ほぼ真下の"津波"――魔族の大群を深藍色の瞳で見下ろす。


 ベニントン少佐の言葉通り、『黒煙』の詰まった円筒缶が続々と"津波"に向かって落ちていき……一斉に爆ぜた。


「……こちら"ラプターζゼータ"、贈り物ギフトの投下を確認、転進します。どうぞオーバー


 黄昏に差し掛かった陽星ケートスの残照の中、蠢く眼下の阿鼻叫喚は――ライラにはこれまで亡くした戦友たちの鎮魂歌に聴こえた。



❖❖❖❖❖



 紫冥神の月、14日――午後5:19。



「ザマァねえな、魔族どもが。勝てるぞッ!! 全砲門開け!! あぶれたクソがまだ向かってくる。限界まで引き付けろ!!」


 遠眼鏡で"貧者の報復"の直撃を喰った"津波"を観測しながら、海軍提督・ルジアー代将が伝声管に叫ぶ。

 艦橋の上に立つ伝令係が、その号令を他艦隊に旗信号で伝えた。


水中聴音機ソーナーに反応は無いかッ!?」


 観測用防備衛所は今作戦では設けていない。水中聴音機ソーナーを軍艦自体に備える技術を海軍が獲得したからだ。

 艦橋内にて水測員が「敵影無し」と言い終えた瞬間……戦艦が持ち上がるように大きく揺れ、波濤が激しく艦体を打ちつける。


 水中聴音機ソーナーの異常事態に血相を変え、大声を上げたのは同じく水測員だった。


「て、敵影発見ッ!! 三時の方向、本艦約30メートル前ッ!! 間も無く浮上……と、突如です! 機雷原も抜けて来てる……」


 探知に頼らずとも搭乗員らの肉眼でそれは見えていた。海中から巨大な何かが迫り上がって来るのを。


 ルジアーは動じず、すぐさま原因に辿り着く。


(空間転移……この戦役でも王級魔族が幾度か使用した記録がある。ここで、"津波"で、使って来やがったか。

喫水限界まで艦を下げた"読み"が当たったな。はッ、艦隊の手前に転移してくる馬鹿がいるかよ――は何だ?)


「落ち着けッ!! 全艦、対象に向けて一斉射撃だッ!! ははッ、係留索着けてこれかよ、俺の艦がこんなに揺れるとはなぁ! デケェな、幾らだッ!?」


「ご……50メートル、く、クラーケ級です!!」


 ルジアーは動じなかった。それどころか、ほくそ笑み、伝声菅へと再び指示を発した。


「本艦のみ水上魚雷発射管5門――コルダイト魚雷から"D式試作魚雷"に換装後、即座に目標へ発射しろッ! "大渦潮メイルストロム"の前に撃滅するッ!!」



❖❖❖❖❖



 紫冥神の月、14日――午後5:20。



 第5分隊の面々は沿岸特火点トーチカ内にて、ダースト少佐が煩い金切声で下した射撃命令を魔線受信機から聴いた。


「……だってよ。どうする、ヘイガン?」


 バルティゴの皮肉めいた振りに、ヘイガンがあからさまに渋い顔をする。


「面倒くせえ……撃てって言ってんだから適当に撃っとけよ。何だあの馬鹿デカいタコは」


 軍用遠眼鏡で様子を伺っていたセーザルがそれを制した。


「いや……待て。ルジアーのおっさん、何かやりそうだぜ。ベニントンの"指示"の件もある、ここはいったん『待ち』だ」


「結局テメエが仕切ってんじゃあねえか……やっぱり隊長はセーザル、お前がやれって」


でアリマスよ隊長殿…………おいッ! やりやがったぜ、あのおっさん。ジョアンッ! 照準器スコープで覗いて見ろよ」


 ルジアー提督旗艦の手前に、水中爆発特有の轟きとともに巨大な水柱が現れたのは、セーザルが喋り終えた直後だった。


 分隊員唯一の白色人種フォーカソイドである男――ジョアンは、通常の狙撃銃とは明らかに異様な形状をした大型兵装の照準器スコープから既に状況を把握している。


「……タコが沈んでいく。提督はずいぶんと無茶な魚雷をぶっ放したらしい……クラーケは"ダイナマイト漁"で獲れるってことが証明されたな。漁師にとっては朗報だ」


 セーザルとジョアンが視る限りの予想だが、どうやら旗艦が発射した、ダイナマイトを過剰に詰め込んだ自航式魚雷が蛸海獣クラーケを仕留める決め手となったようである。


「漁船にはこれから魚雷が必須か。ははっ、収支の計算が出来ない奴はそうするかもな。まぁ……これで、ベニントンの旦那が何であんな命令俺らに出したんだか理解したよ――ここはもう、空間転移門の"挟撃"を待つ死地だってことか」


 軽口を叩きながらも、セーザルの眉間には深く皺が寄っていた。


**


蛸海獣クラーケの転移が小手調べたぁ、大胆なだぜ……

"勝負師ギャンブラー"クライス、お前さんの言う通りになったな)


 乗艦の眼前で爆裂した激震の最中、冷静に、蛸海獣クラーケが沈んでいった海底から、不穏な赤紫の光が輝くのを察知し――その意味に勘付いたのは、セーザルらよりもルジアー提督が先だった。

 

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死傷率50%の部隊 ~The Ên Sôph Saga外伝~ 正気(しょうき) @shoki-sanity

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