ガラポン勇者は突き進む

中田カナ

ガラポン勇者は突き進む

 カラン カラン カラン


 無駄に陽気な鐘が鳴り響く。

「おめでとうございます!貴女の職業は『勇者』です!」

「…は?!」



 私が暮らす小さな町の聖堂に神器が巡回してきたとのお触れがあり、今年成人年齢に達した私は一仕事終えて夕方になってから聖堂へと出かけた。


「あの、これって商店街の福引で使うガラポンですよね?」

 聖職者の衣装をまとったおじさんが目をむいて大声を出す。

「失礼な!商店街の方がこれを真似たのです。これは古より伝わる神器なのですからね」

「はぁ、そうなんですか」

 そのわりにはずいぶん薄汚れてる気がするけど。

「それよりもリストによるとこの町で貴女が一番最後ですよ。時計回りにゆっくり1回転させてくださいね」


 成人年齢に達すると誰もがこの神器により女神様から何かしら授かることになっている。

 加護や職業、特殊な能力などさまざまだが、まぁたいていは生活魔法だ。

 なんでもいいけどお金儲けにつながるものだといいな~とか思いながらハンドルを握ってぐるっと回す。


 ガラガラ コトン

 受け皿には金色の玉が1つ転がり出てきた。

 そして冒頭の陽気な鐘の音につながるのである。



「ちょ、ちょっと待ってください!きっと何かの間違いです。私なんて平凡な人間ですから勇者なんてありえません!」

 あわてる私。

「いいえ、神器に誤りなどございませんよ。まずはこちらをご覧ください」

 聖職者のおじさんがガラポンの玉の投入口のふたを開ける。

「この中をのぞいてみてください」

 真っ暗ですけど。

「えっと、暗くてよくわかりません」

「あ、そうですね。では直接持って軽くゆすってみてください」

 言われるままゆすってみるけれど音はしない。


「空っぽですよね?」

「はい、確認されましたね。ではもう1度回してみてください」

 聖職者のおじさんがふたを閉めてから回すとジャラジャラと音がする。

 そして出てきたのはまた金色の玉。


「何度やっても同じものが出てくるのです。なんせ神器ですからね!」

 なぜか自慢気な聖職者のおじさん。

「あの~、空っぽのはずなのに音が鳴るのはどうしてですか?」

「それは雰囲気づくりかと」

 その機能、必要か?



 聖職者のおじさんが言うには、勇者となった者は早急に神聖都市へ向かわねばならないらしい。

 旅費はちゃんと負担してくれるとのことだが、こっちにだって仕事とか生活とかあるわけで、いろいろとやらねばならない。


「あれま、またずいぶん変わったのを引き当てちゃったもんだねぇ」

 勤め先の商会へ戻り、たまたま出くわした商会長さんに報告する。

「君は仕事が速いし人当たりもいいから抜けてほしくはないんだけど、こればかりはしかたないね。もし役目を終えて復帰したかったらいつでも遠慮せずに戻っておいで」

 ポンポンと頭をなでられた。


 ずっと商会の寮住まいだったので、たいした荷物はないから荷造りもあっという間に終わった。

 翌日、商会長さんや先輩方から餞別や道中のおやつなどをたくさん持たされて待ち合わせ場所の聖堂へ向かう。

「「がんばってこいよ~」」

「いつか戻ってきてまた元気な顔を見せてね」

 涙ぐみそうになるのを我慢して答える。

「はい、行ってきます!」


 聖堂では昨日の聖職者のおじさんの他に聖堂騎士が数名待っていた。

「私は神器を持って次の町へまいりますが、こちらの聖堂騎士2名が貴女を神聖都市まで送り届けることになっています」

「わかりました、よろしくお願いします!」

 最初の挨拶は大事だ、うん。


 途中で聖職者のおじさん達と別れ、私と聖堂騎士2名との旅が始まる。

 幸い気さくな人たちで、神聖都市について教えてくれたり世間話をしたりして、思っていたより楽しい旅になった。

「俺は神器による宣託で騎士と出たんだが、王宮ではなく聖堂の騎士を選んだんだ」

「へぇ、そういうのって選べるものなんですか?」

「状況にもよるかな。俺の時は両方の募集があったんだが、王宮の方は身分によって扱いに差があるという噂だったんで聖堂の方にした」

「私の時は王宮の募集がなかったので、地方の騎士団か聖堂かで迷ったのですが、あちことまわれる聖堂騎士を選びました」

 人それぞれにいろいろとあるらしい。



 なんだかんだ言っているうちに神聖都市へ到着した。

 神聖都市はどこの国にも属さない宗教国家だ。

 同行してくれた聖堂騎士たちにお礼と別れを告げ、大聖堂へと案内される。

 立派な建物に圧倒されつつ通されたのは控室だった。


「失礼しま~す」

 控室には先客がいた。

「…あ、はじめまして」

 銀髪で眼鏡をかけた細身の男性で、なんか見るからにいいとこの坊ちゃんって感じである。


「えっと、もしかして貴方も神器で選ばれちゃった人ですか?」

「…あ、はい」

 声が小さいので少々聞き取りづらい。もっと元気出せよ。


「そうなんだ。私は勇者らしいんだけど貴方は?」

「…です」

「は?!」

 おいこら、全然聞こえなかったぞ。

「…聖女…です」

 ああ、ごめん。それは言いづらかったかもねぇ。


「へぇ、男の聖女ってありなんだ。まぁ、私が勇者らしいからそれもありかもね」

「…貴女は気にならないんですか?」

 こちらを見つめる彼。

「そりゃ気にならなくはないけど、何度神器を回しても同じだったからしかたないかなと思ってさ」

「…家族はみんな武芸や領地経営に関する技能を授かっているのに、僕だけ聖女なんてわけのわからないもので、しばらく泣き暮らしてました」

 聞けば貴族の三男であるらしい。


 悲しそうな彼を見て、真正面に立ってガシッと両肩をつかむ。

「大丈夫!私に任せときなさいっ!」

「…え?」

「私が勇者でそっちが聖女なんでしょ?だったら私が必ず守る。だって勇者だもん!」

 あれ、おかしいな。

 なんか急に勇者の自覚が出てきた気がする。


 彼の表情がようやく緩んではにかむように微笑む。

「…はい、頼りにしています」

 やべぇ。

 この人、そこらへんの女性よりきれいでかわいいわ。



「勇者殿と聖女殿には魔界に住まう魔王に奪われた聖杯を取り戻していただきたいのです」

 控室を出て通された応接室には大神官長様が待っていた。

「聖杯、ですか?」

「はい。この大神殿の奥にある宝物殿で厳重に保管されていた聖杯がある日忽然と消えたのです」

 大神官長様の話は続く。


「そして女神様から魔王が聖杯を所有しているとの御告げがありました。人間で魔界に踏み込めるのは選ばれし者のみ。ぜひお2人に聖杯の奪還をお願いしたいのです」

 そもそも勇者や聖女という特殊な職業は必要がある時にのみ現れるものだそうで、私達はこのために選ばれたのだろう。

 基準はよくわからないけどさ。


「えっと、とりあえず事情は分かりました。まず旅費や活動費はどうなりますか?」

 お金大事。すごく大事。

「もちろん我々が負担いたします。必要に応じて各地の聖堂でお受け取りいただければと思います。ただ、大変申し訳ないのですがこちらから支援できるのは人間界のみとなります」

 普通の人は魔界に行けないらしいからしかたがないか。


「それから成功報酬は?」

 当然これもすっごく大事。

「可能な限りご希望に沿うようにしたいと思います。また、役目を果たしたあかつきにはもう一度神器を回して新たな宣託を受けることもできます」

「わかりました。私はそれでいいですけど貴方は?要望とかあれば今のうちに言っといた方がいいですよ?」

 隣に座る男の聖女様に言う。

「…僕はただ勇者様に付き従うだけですので、特にはございません」

 本当にいいのか?

 今のうちに言いたいこと言った方がいいのに。



 翌日からさっそく男の聖女様と2人で魔界へ向かう旅が始まった。

 大聖堂が荷馬車を貸してくれたが、これが使えるのは人間界だけだ。

 2人して御者席に座っているけど馬を操っているのは私。

 なんせ仕事でさんざん乗ってて慣れてるからね。


 流れていく景色になんとなく目を向けていると隣から声がした。

「…貴女は怖くないんですか?」

「ん?何が?」

「だって魔王を倒さなければならないんですよ?!」

 めずらしく声が大きくなる男の聖女様。


「え、別に倒さなくてもいいでしょ」

「…は?」

 あれ、おかしいな。

 会話がかみ合ってない感じ?


「だって依頼は聖杯を取り返すことで、魔王を倒せとは言われてないでしょ。だからまずは交渉してみて、それでダメなら考える、でいいと思うんだけど」

「…そんな感じでよいのですか?」

 驚いたような表情を向ける男の聖女様。


「うん。私って商売人の血が流れてるからさ、まずは交渉だと思ってるんだよね。向こうには向こうの事情があるかもしれないでしょ。それにいきなり戦うより平和に済ませた方がいいと思わない?」

「…それは、そうですけど」

 男の聖女様はとまどっているようだ。


「それよりもさぁ、道中でなんか稼げないかな?」

「…え?」

「人間界を抜けるまでかなりの距離があるでしょ。だから狩りとか商いで小遣い稼ぎするつもりなんだけど」

「…いいんでしょうか?」

 小首をかしげる男の聖女様。

 そんなしぐさもかわいいんだよなぁ。さすが聖女様。

「ん~、別にダメとは言われてないでしょ。旅費は支給されるけど、人のお金ってなんか気が引けるじゃない。立ち寄った地で名物とかガッツリ食べたいしさ」

 私は美味い肉が食べたいぞ!


 少し何か考えていた男の聖女様が口を開く。

「…僕は子供の頃から植物が好きで、簡単なものならお薬が作れます。それからお菓子作りも好きなんです」

 男の聖女様がごそごそと鞄の中から袋を取り出す。

「…これ、僕が家族のために焼いたクッキーの残りですが、よろしければ召し上がってみてください」

 袋に手をつっこんで薄い焼き色のクッキーを口の中に放り込む。


「なにこれ?!サクサクしててすごく美味しい!」

 初めて食べる食感のクッキーだ。

 甘さは控えめなのにいくらでもいけそうな美味しさ。

「…本で読んだ外国のレシピを自分なりに手を加えてみました」

「すごいすごい!これ、間違いなく売り物になるって!」

 顔が少し赤くなる男の聖女様。


「…あの、でも旅先ではオーブンがありませんから」

「ん~、交渉すればどこかで使わせてもらえるかも。このレシピって秘蔵のものなの?」

 男の聖女様が首を横に振る。

「…いいえ、別にそういうわけではないですが」


「じゃあさ、レシピ提供と実演ってことでオーブンを借りるってどう?出来たものを次の町で売ってそこでまたオーブンを借りる、と。よし、まずはこれでいってみよう!」

 こうと決めたらすぐ動くのが私のやり方だ。


 宿泊予定の町で宿を確保してからパン屋さんへ突撃し、試食のクッキーを食べてもらったら予想通りガッツリ食いついた。

「…ここで卵白を泡立てるんです」

「なるほど!それが軽い食感の理由なんですね」

「…そうです。あ、先ほど宿で聞いたのですが、このあたりは柑橘の特産地だそうですね。香り付けで少し使うのもいいかもしれません」

「おお!それはいいですね!」

 あいかわらず小声だけど、教え方もさまになってる男の聖女様。

 貴族の出だから教養とかもあるんだろう。

 これはもしかしていけるんじゃないでしょうかね?



 移動の休憩時には私が野ウサギや山鳥を矢で射り、男の聖女様は薬草を摘む。

 宿泊地に着くと、私は商業ギルドへ狩った獲物や男の聖女様の作った薬を売りに行き、男の聖女様は焼き菓子づくりを教えたり薬を作ったりする。

 そんな生活パターンがすっかり確立されてきた。


「…先ほどの村ではいろいろと買い込んでいましたね」

「うん、もういくつか先の町で売ろうと思ってる。すぐ隣じゃ同じものが出回ってるかもだけど、ちょっと離れたところなら売れる可能性もあるしね」

 そんなわけで荷馬車の荷台にはいろんな在庫が積まれている。

「…そういうものなんですか」

 いまひとつ納得しきれてないような表情の男の聖女様。


「もう死んじゃったけど、私の父は地方の商会に所属する旅の行商だったんだよ。点在する小さな集落をまわって商売するの。保存のきく食材とか生地とかちょっとした薬とかさ。うちは母を早くに亡くしたから私も父についてまわってた」

「…」

 男の聖女様がこちらを見つめる。

「でもね、ただ売るだけじゃないの。各地でいろんな話題を仕入れたり提供したりもするんだよ。みんな話のネタも欲しがるもんなんだよね。そういうのもまた楽しいの」


「…だから貴女はいろんな方とお話をなさるんですね」

 こくんとうなずく。

「そういうこと。話好きってのもあるけど、次に売れそうなものの手がかりもあったりもするからね」

「…私も貴女のように話し上手になりたいです」

 少しうつむく男の聖女様。

「ん?大丈夫だって。声は小さいけどお菓子の作り方の説明は上手だもの。こういうのは慣れだからさ」



 なんだかんだで旅は進んでいく。

「はい、いらっしゃい!旅の行商ですよぉ。お薬、雑貨、いろいろと用意してございます~」

 小規模な集落ではギルドどころかお店自体がなかったりするので直接商売をする。

 一番人気は男の聖女様が作った傷薬や風邪薬。

 他に生地やはぎれなんかもよく売れる。

 なかなか流通していないからなのだろう。



 やがて人間界と魔界との境目近くまでやってきた。

 人間界で最後に立ち寄った集落の長の家に荷馬車を預け、経費として認められて購入したお高いマジックバッグに野営道具や食料なんかを詰め込んで歩き始める。

「聖女様、疲れたら休憩を取るからいつでも言ってね。私は歩き慣れてるけど、そっちは不慣れでしょ?」

「…はい、でもがんばります」

 決意に満ちた瞳を向ける男の聖女様。

 りりしいけど、やっぱりかわいい。



 魔界に入ると空気が重苦しい感じに変わる。

 大聖堂で受けた説明によると、魔界の空気は瘴気で満ちていて普通の人間では数時間も耐えられないらしいが、勇者や聖女などごく一部の人なら動けるらしい。


 てくてく進んでいくと、ふいに男の聖女様から声をかけられた。

「…あの、手をつないでみてください。たぶん少しは楽になると思いますから」

 そう言って手を差し出される。

「ん、よくわからないけどやってみるね」

 手をつないでみると重苦しい感じがフッと消えた。


「あ、すごい!急に楽になった」

「…僕は瘴気の影響を受けないみたいです。触れていれば貴女にも効果があると思います」

「これはすごいね!よし、このままどんどん行こう!」

 男の聖女様の手は私より大きくて温かく、なんだかこれだけで元気がもらえる気がした。

 そしていつも優しげな顔をしてるけど、手はしっかり男の人なんだな、なんて思った。


 退屈しのぎにあれこれ話しながら歩く。

「…僕、今まで趣味で薬やお菓子を作っていましたが、貴女のおかげで人の役に立つことができてとてもうれしいです」

「ううん、それは私のおかげじゃなくて聖女様がいいものを作ってるからだよ」

 男の聖女様が作る薬もお菓子も評判がものすごくよいのだ。


「…いいえ、やっぱり貴女のおかげです。最初の頃は人と話すのも怖かったけれど、今はだいぶ平気になりました。貴女を見ていて話す楽しさもわかってきた気がします」

 その言葉で思わず笑顔になる。

「それはうれしいな。そりゃもちろん中には悪い人だっているけれど、たいていは話せばわかるしね。それに私はお金儲けが大好きだけど、それだけじゃないんだよ」

「…なんとなくわかります」

 うなずく男の聖女様。


「亡くなった父はいつも『皆が笑顔になれる仕事をしているんだ』って言ってた。売る人も買う人もみんなが幸せになれる商売が理想なんだよね」

「…今の貴女にはそれが出来ている、僕はそう思います」

 男の聖女様が握った手に少しだけ力をこめる。

「えへへ、ありがと。でも私なんてまだまだだよ」


 魔界では時々魔獣が襲ってくる。

 人間界では子供の頃から得意だった弓を使っていたけれど、魔界では剣をふるう。

「この剣、すごいよねぇ」

 たいていのものは一太刀でいける。


 魔界へ入る前に人間界の武器屋で適当に買った剣だけど、男の聖女様が祈りをこめてから長年の相棒であったかのように手に馴染んでいる。

「…僕はただ貴女の役に立つようにと祈っただけですよ」

 いくら使っても重さを感じないほどで、もはや身体の一部であるようだ。

 よくわからないけど聖剣ってこんな感じなのかも。


「魔獣って食べられるのかなぁ?」

 襲ってきた角のあるウサギっぽい魔獣を屠り、耳を持ってぶらさげてからつぶやく。

「…何があるかわかりませんから、とりあえずやめておいた方がよいと思います」

 少し青ざめた顔の男の聖女様。


「そっか、やっぱりそうだよね。でも、マジックバッグに入れておこっと」

 野営道具や食料用のマジックバッグの他に各地で仕入れたいろんな商品を入れたマジックバッグも持っているのだが、とりあえずそちらにつっこんでおく。

 毛皮は取れそうだし、もしかしたら肉だって食えるかもしれないしね。



 魔界を進むこと1ヶ月、とうとう魔王城に到着した。

 城下町ではフードをかぶって進む。

 魔界にはいろんなタイプの住人がいるようだけど、人間らしき姿は見えないからだ。


「あの、突然失礼いたします。人間界の神聖都市にある大聖堂から参りました勇者と聖女でございます」

 魔王城の門番は身体は人間のように2本の足で立っているけれど、1人は馬でもう1人は牛の顔をしている。

「女神様の宣託を受けまして魔王様とお話させていただきたいのですが、まずはご都合をお聞かせいただければと思いまして」

 2人の門番はじろじろと私達を見ていたけれど、

「ここでしばし待て」

 そう言って馬の顔の門番が去っていった。


 しばらくの沈黙に耐え切れなくなり、私が思っていたことを口にする。

「あの、お身体の筋肉すごいですね」

「わかるか?!」

 牛の顔の門番がバッとこちらを向く。

「はい。私も長いこと旅をしておりますが、人間界ではここまで鍛えられたお身体は見たことがございません」

「…僕の兄達も日々鍛錬しておりますが、身体の厚みが全然違うのがよくわかります」

 男の聖女様、ナイスアシスト!


「そうかそうか!この城下町では筋肉自慢が集まる祭りがあってな、昨年は俺が優勝したんだ」

「「おめでとうございます!」」

「へへへ、ありがとよ」

 褒められて嫌な気分になる人はいない。

 ただし決して的外れな褒め方をしてはいけない。


「人間界では鍛えている方向けの食品とかあるのですが、魔界にもそのようなものはあるのでしょうか?」

「いいや、俺もそうだが肉さえ食えばいいとみんな思ってるが」

 おっ、これは商機じゃないの?

「魔界の方々と人間とでは身体が異なるのかもしれませんが、摂るべき栄養や適切な時間帯など研究が進んでおります。残念ながら今回はお持ちしていませんが、専用の食品などもございますよ」


「…お前、商人なのか?」

 牛の顔の門番が尋ねてくる。

「はい、まだひよっこですけれど」

「その専用の食品とやらを手に入れることはできるか?」

「これから魔王様とお話して魔界への再訪を認めていただければ可能かと。お望みでしたら鍛錬方法の書籍もご用意いたしましょう。ほとんどが図や絵ですので言語が異なっても使えると思います」

「それも欲しい!」

 ふふふ、お得意様ゲットだぜ!

「かしこまりました。まずは話し合いがうまくいくことを祈っていてくださいね」


 ニッコリ笑顔で答えたところで馬の顔の門番が戻ってきた。

「そこの人間達、魔王様がお会いになるそうだ。ついてこい」

 男の聖女様と思わず顔を見合わせる。

 そして門番の2人に深々と頭を下げた。

「「 ありがとうございますっ!! 」」



 魔王城の長い廊下を進む。

 人間界のお城へ行ったことがないのでよくわからないけど、装飾は少なくてスッキリとした印象だ。

「この城って質素だろ?魔王様はごてごてしたものがあまりお好きじゃないんだよ」

 馬の顔の門番が言う。

「質素というか洗練されていますよね。私はこういうの好きですよ」

「…僕もです。子供の頃に人間界の王城へ行ったことはありますが、目がチカチカして気持ち悪くなりそうでした」

 男の聖女様は貴族のご子息だからそういう経験もあるのか。


「こちらが謁見の間だ」

 謁見の間を担当する警備兵がとんでもなく大きな扉をあけると延々と続く絨毯の先に玉座が小さく見えた。

 たくさん集まることもあるからこれだけ広いんだろうけど、ちょっと玉座が遠すぎでは?


「人間達よ、遠いところよく来たな」

 ようやくたどり着いた玉座に腰掛けていたのは、頭に大きな角が生えた若そうに見えるイケメンの男性だった。

 もっとも魔界の人達って見た目だけでは年齢不詳だからよくわからないけど。


「お初にお目にかかります。人間界の神聖都市にある大聖堂から参りました勇者と聖女でございます。急な面談に応じていただき感謝申し上げます」

 私と男の聖女様は頭を下げる。


「俺は堅苦しいのは苦手だから気楽に話してくれ」

「ありがとうございます。まずはご挨拶代わりにこちらをどうぞ」

 手土産は男の聖女様手作りの焼き菓子詰め合わせだ。

「菓子か。俺は酒も飲むが甘いものも好きでな。これは美味そうだ、さっそくいただくとしよう」

 いきなり箱を開けてクッキーを口にしようとするのでこっちがあわてる。


「え、ちょっと待ってください!お毒見とかはいいのですか?」

「心配ない。鑑定できるし、そもそもたいていの毒は効かねぇ。それにお前達から悪意は欠片も感じないからな」

 初対面なのにそこまで信用されるのもどうかと思うのだが。


「おっ、これは美味いな!どこで手に入れた?」

「…おそれながら僕が作ったものでございます」

 男の聖女様の言葉に目を見開く魔王様。

「そうなのか!これのレシピをもらうことはできるか?ぜひ嫁達にも食わせたいんだが」

「…可能ではございますが、こちらからもお願いがございます」

「ほぉ?で、その願いとは何だ?」

 魔王様が私達をにらむ。

 その威圧に震えて声も出ない男の聖女様。


「私達は失われた聖杯がこちらにあると聞いて遠路はるばるまいりました。できましたらお返しいただけませんでしょうか?」

 男の聖女様の代わりに私が告げると魔王様は少し考えてポンと手を打った。

「ああ、聖杯ってあれのことか。全然かまわねぇから持って帰りな」

「「…は?」」

 そんなあっけない話でいいのか?


 魔王様が側近に何やら指示を出すと、その側近は私達が入ってきたところとは別の扉から出て行った。

「あれはいつだったかなぁ?神格持ちの奴らが集まった宴の時にちょっとした賭け事をして遊んでたんだが、人間界を受け持つ豊穣の女神がべろんべろんに酔っ払ってたんだよ」

 神様も宴会とか賭け事とかするんだ。

「それで、あいつは負けが重なった末に『聖杯を賭ける!』とか言い出してさ、結果的に俺にものになった。ぶっちゃけ別に必要なものじゃねぇから返してやるよ」


 事情はわかった。だがしかし。

「ちょ、ちょっと待ってください!それじゃ私達の役目って女神様のやらかしの後始末ってことですか?!」

「あ~、まぁそういうことなんだろうな」

 ぽりぽりと指で頬をかく魔王様。


「ゆ、勇者様?!」

 足の力が抜けてへなへなとその場で座り込んだ私に男の聖女様が駆け寄る。

「あ~、大丈夫。ちょっと気が抜けただけだから」


「ちょいと補足で説明しておくが、人間界ってのは一番歴史が浅いんだよ。受け持つ女神も当然ひよっこだ。あの頃のあいつはいろいろと思い悩むことがあったんだと思う」

 女神様も完璧ではないってことか。

「俺は聖杯を返してやるって言ったんだが、あいつは『神が一度宣言したことは撤回できない』と拒んでな。だが宝物殿から忽然と消えて大騒ぎになったことでまずいと思ったんだろうなぁ」

 やらかしてることに変わりはないわけか。

 ま、いいけどさ。


「聖杯は返してやるが、俺からもお前達にくだらないことに巻き込んじまったお詫びをしたいと思う。何か望みはあるか?」

 魔王様は玉座から降りてきて、へたり込んでいる私の前にしゃがみ込む。

「えっと、じゃあ魔界で商売させてください!実はいろいろ持ってきてるんです」

「さっきの菓子もあるのか?」

「もちろんあります!他に薬とか生地とかいろいろ持ってきてるんです」

 商売しつつ、こちらでどんなものが欲しがっているのかもぜひ知りたい。


 魔王様が笑顔で私の頭をくしゃくしゃとなでまわす。

「わかった、お前のその望みは叶えてやろう。で、そっちの男の聖女は何か望みはあるか?」

「…クッキーのレシピを実践でお教えするのに厨房をお借りしたいです」


「ははは!歴代の勇者はいきなり城門を破壊したり決闘を申し込んだりとうっとうしかったが、当代の勇者と聖女は欲がないな。気に入ったぞ。勇者にはこれをやろう」

 魔王様は自分がつけていたイヤーカフを片方外して私の左耳につける。

「これでお前は魔界でも瘴気の影響を受けなくなる。そしてこいつは魔王である俺が認めた人物であることの証明だ。これからは魔界でもお前の望む商売をするといい」


 その後、聖杯の返還は明日ということになり、私達は魔王城内の客室に案内された。

 男の聖女様は隣の部屋だ。

 人間界とあまり変わらない夕食を取り、お風呂に入ってからベッドにゴロンと横になったらあっという間に眠りについた。

 そして夢を見た。


『ごめんなさい~!私のせいでこんな遠くまで来させちゃって』

 ああ、やらかし女神様か。

『お詫びに神器の宣託をもう1回追加するわ。それも貴女の望むものを出してあげる。何が欲しい?』

 ん~、魔王様の持ってる鑑定の能力が欲しいかな。

 あれは商売に役立ちそうだもの。

『え、お金とかじゃなくていいの?』

 うん、お金は自分で稼ぐからいいんだよ。


『そっか。それじゃ、もう1つは何がいいかしら?』

 えっとね、能力とかじゃないんだけどさ、もし男の聖女様が望んでくれるならこれからも一緒に旅したいかな。

 話をしたり商売したり、ずっと一緒にいて楽しかったんだよね。

『そう…それは向こうの意見も確認してみるわ。じゃあ明日からまたがんばってね!』



「いらっしゃいませ~!人間界のいろんなものをお持ちいたしました~」

 翌日、魔王城内の中庭を借りて店を広げる。

 門番から魔王様の奥方様までいろんな人が商品を見たり買ったりしてくれた。

「この黒い生地、もっと欲しいわね」

「さすが奥方様、お目が高い!これは小さな村にある工房のものなんですが、染色技術がすごいんですよ。次回はもっと仕入れてまいります」

「あらそう、楽しみにしているわ」


 在庫がほとんどなくなった頃、男の聖女様が戻ってきた。

「遅くなりました。クッキー以外にもいろいろと教えてきたので時間がかかってしまいました」

「よかったじゃない!それだけ要望があったってことでしょ」

「そうですね」

 少し照れている男の聖女様。


「あれ、聖女様ってなんかちょっと雰囲気変わってない?」

 声がいつもより大きくなって、はっきりとしゃべるようになっている。

「昨夜ちょっと夢を見まして、それをきっかけに自分を少し変えていこうと思ったのです」

 なんだか表情も明るくなった気がする。

「うん、すごくいいと思うよ」

 そして私はよっこらせと立ち上がる。

「さてと、魔王様から聖杯を返していただいて、城下町の市場調査をしてから帰るとしましょかね」



「え、これが聖杯なんですか?」

 魔王様から聖杯を手渡されたのだが、どう見ても木で出来た真四角の箱である。

「あ、知らねぇのか。これは枡っていうものでな、一部の地域ではこれで酒を飲んだりするんだよ。こいつは世界樹の枝から作った唯一のものなんだぞ」

 魔王様はその後も薀蓄を披露していたけれど、別に私が使うわけじゃないからどうでもいいかな。

 とりあえず頑丈そうなのでこれなら運ぶのも安心だ。


 門番の牛馬コンビが非番だとかで城下町の市場や商業街を案内してくれた。

「にぎやかだろう?このあたりが魔界で一番にぎわうんだよ」

 売られているものは人間界と同じようなものもあれば、まったく見たことがないものもあってすごくおもしろい。

 もっとじっくり見たいけれど、まずは役目を果たさなきゃならないからまた今度かな。


 そしてなぜか羽が生えた真っ白い馬が引く馬車で人間界との境目近くまで送ってくれたのだが、これがとんでもなく速くて驚いた。

「鍛錬方法の本、楽しみにしてるからな」

「まかせといてください!用事を片付けたら仕入れてまた来ますからね」

 門番の牛馬コンビに笑顔で見送られて人間界へと戻ってきた。



 帰りも行きと同様に行商しながら進み、神聖都市まで戻ってきた。

「ああ、これで間違いございません。ありがとうございます!」

 大神官長様に聖杯を渡すと泣いて喜んでいたけれど、聖杯が消えた経緯については黙っておいた。

 みんなが崇めている女神様が酒でやらかしたなんてさすがに言えないよね。


 神器の宣託をもう1回追加の件は、女神様から神託があったようですでに伝わっていた。

 役目を果たした報酬を尋ねられたけど、私も男の聖女様も旅で使ったマジックバッグを譲り受けることを望み、了承された。

 マジックバッグだって貴重なものだし、神器の宣託の追加もあるからそれで十分だもんね。



「お待ちしておりましたよ」

 私に勇者であることを告げたあの聖職者のおじさんが大聖堂の一室で待っていた。

 男の聖女様は別室で神器の宣託を受けているらしい。

 てかさ、神器っていったいいくつあるの?

 地方をまわってるのもいくつかあるって聞いてるんだけど。


「はい、時計回りにゆっくりと2回まわしてくださいね」

 ガラガラ コトン

 1つめは赤くて透明な丸い玉。

「これはすごい!『真実の眼』、鑑定能力ですね」

 女神様ってば本当に叶えてくれたのか…ということは、もしかしてあれってただの夢じゃなかったの?


 ガラガラ コトン

 1つめは半分が金色、もう半分が銀色の丸い玉。

「おやおや、これはまためずらしいものが出ましたね」

「これって何なんですか?」

「貴女は勇者ですから、これは『聖女の伴侶』ということになりますね」

 え、伴侶?


 コンコンコン

 扉がノックされ、別室で神器の宣託を受けていた男の聖女様が入ってくる。

「あ、そっちはどうだった?」

「1つめは『至上の作り手』、もう1つは『勇者の嫁』でした」

 え、勇者の嫁?


「魔王城に着いた日の夜、夢の中で女神様にお会いしました。その時に宣託で望むものはあるかと問われ、1つめはもっといろんなものを作ってみんなに喜んでもらいたいと言いました」

 男の聖女様は、そこでいったん区切ってからまっすぐ私を見つめる。

「そしてもう1つは、もしも許されるならばこれからも勇者様とともに旅をしたい、と願いました」


 なぁんだ、そうだったのか。

「私達、同じことを望んでたんだね。私の方は『真実の眼』っていう鑑定能力と『聖女の伴侶』って出たよ」

 男の聖女様は私の目の前まで歩いてきてそっと抱きしめた。

「どうか貴女はご自分の進みたい道を突き進んでください。そして私も貴方とともにどこまでも歩んでいきます。これからもずっと一緒に人生という旅を続けましょう」


 男の聖女様はきれいな顔だけど、やっぱり男の人だった。

 出会った頃は同じくらいの背丈だったはずなのに、いつのまにか私より高くなっている。

 だから少しだけ見上げて答える。


「あの、うれしいですけど、ちょっと口説き文句がかっこよすぎじゃないですか?」

「女神様の夢を見てからずっと考えていましたからね。何があっても手放しませんが、よろしいですか?」

「もちろん!私だって離さないからね」

 そう答えたら額にキスしてくれた。


「さて、これからどうなさいますか?」

 男の聖女様がささやくように尋ねる。

「魔界という新しい販路を切り開いたんだからまずは仕入れに行くけど、その前にやらなきゃならいことがあるんだよね」

「それは何でしょうか?」

 小首をかしげる男の聖女様。


「聖女様のおうちに行って『息子さんを私にください』って頭を下げるの!」

「は?」

「貴族のおうちだから『お前みたいなどこの馬の骨かもわからん奴に息子をやれるか!』って言われるかもだけど、絶対に負けないからね。だって聖女様は勇者の嫁で、私は勇者だもの!」


 男の聖女様は旅の途中でもまめにご家族に手紙を送っていて、私の日頃の言動も伝わっており、反対どころかご家族に溺愛されてめちゃくちゃ困惑することになるのだが、握ったこぶしを突き上げて気合を入れる私はそんなことを知る由もなかった。

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ガラポン勇者は突き進む 中田カナ @camo36152

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