208 マリステルのアトリエ

 ズルズルとカップラーメンをすすり、少々物足りなさを感じながらも食事を終えた俺と伊勢崎さんは、急かすマリステルに案内され、隣の部屋へと足を運んだ。


 どうやらそこはマリステルの寝室らしく、一人で寝るには大きなダブルサイズのベッドと、ワインらしき飲み物が置いてある小さな丸いテーブルだけのシンプルな部屋。


 だが部屋の片隅には鉄の扉がついており、そこを開けると緩やかな階段が下へ下へと伸びていた。この地下に研究室があるのだそうだ。


「おぉ、思ったより本格的な作りになってるんですね……」


「でしょ~。ここら辺ってもともと鉱山じゃない? コレもずっと前に試し掘りをした名残みたいでぇ、この穴があったからココにおうちを建ててもらったのよん。死霊術師としては、やっぱり光の届かない部屋を確保しておきたいし~」


 なるほど、さっきも霊体は光に弱いという話をしていたが、死霊術師にとってこのような部屋は必要不可欠なものなのだろう。


 そうして鉄の扉をくぐり、ひんやりとした空気が漂う地下へと降りていくと、やがてぽっかりとひらけた空洞へとたどり着いた。


 天井がそこそこ高く、広さは小さめのコンビニくらいだろうか。壁にこびりついたヒカリゴケが弱々しい光を放ち、空間の広がりはわかるものの、中の様子はまったくわからない。


「どう? ここが私の研究室よお~」


 自慢げに胸を張りながら壁際のスイッチを押すマリステル。すると魔道ランプの明かりが灯り、室内の様子がはっきりと浮かび上がった。


「おおう……」


 俺は思わず声が漏らす。


 これまで意外と物を持たないマリステルに驚いてきたが、この地下室にはその分を補うかのように様々な物がごちゃごちゃと置かれていたからだ。


 棚には色とりどりの液体が入ったガラス瓶や用途不明の器具が並び、机の上には乱雑に積まれた巻物や分厚い書物。


 壁には角が生えた獣の頭蓋骨やよく分からない魔法陣のタペストリーが吊るされており、部屋の奥には人が一人まるごと入るような大きさの釜まで鎮座していた。


 まさに魔法使いの工房アトリエだ。正直俺も若かりし頃の厨二心が刺激されて、ちょっぴりワクワクするよ。


「ヒゲの人やその部下の人に頼んでえ、魔石鉱山の秘密基地からこの部屋に運んでもらったのよう」


 マリステルはもともと、伊勢崎さんが拉致されていた魔石鉱山奥の大空洞を研究室兼住居にしていたのだそうだ。そこからこれだけの荷物を運ばされるとは、ヒゲ隊長やその配下はさぞかし大変に違いない。


 ちなみに最初に鉱山奥に荷物を持ち込んだ際には、拉致にも使われた【拠点転移ポータルポート】を利用したらしい。


「さてとぉ、あんたたちはヒールア草をたくさん採っていたわよねえ? アレを使ったポーションなら私も作ったことがあるしぃ、腕に覚えがあるわあ。ほらマツナガ、ヒールア草を出しなさい? 私が調合のお手本を見せてあげるわよん」


 などともったいぶりながら、マリステルは棚から時代劇なんかで医師が薬草を細かくするのに使っている腹筋ローラーみたいな機材(薬研やげんというらしい)を取り出した。これでゴリゴリと薬草をすり潰してくれるようだ。


「わかりました。それじゃあマリステルさんお願いします」


 そうして俺が【収納ストレージ】からヒールア草を一束抜き取って差し出す。すると――


「あっ、でも旦那様……」


 伊勢崎さんが顔をこわばらせながら、ヒールア草を持つ俺の袖をクイッと引いた。


「あらあら、なにようイセザキ。遠慮しないでいいんだからねえ?」


 マリステルはそのまま俺の手からヒールア草をむんずと掴んでかっさらう。


「あっ……」


 か細く声を漏らした伊勢崎さんを気にすることなく、マリステルはヒールア草を慣れた手つきで薬研に敷き詰めると、ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ――とすり潰し始めた。


「フフ~ン。あんたたちみたいな素人には簡単な作業に見えているでしょう? でも違うのよ~。ただ力任せにすり潰すのだけじゃないのお。草の繊維の硬いところは強く……やわらかいところはやさしく潰して……なるべく繊維の硬さを均等に保つのが重要なの。これを適当にやっちゃうと調合の際にもムラができちゃって、想定どおりの調合結果にならないんだからねえ。創薬は基本が大事、すごぉく大事。基本をおろそかにする者に薬のカミサマは微笑まないわあ」


 どうやらマリステルはポーション作りに一家言あるらしい。


 彼女は得意げにウンチクを延々と語りながら、ゴリゴリゴリゴリゴーリゴリと丁寧に、そして力強く薬草をすり潰していく。


 そうしてゴリゴリすることしばらく――


 かなりの力と神経を使っているのか、マリステルの額にはじっとりと汗が浮かんでいる。その汗が下に落ちないようマリステルが腕で額を拭いながらつぶやいた。


「ふうふう、ふうふうふう……待っててねえ、もうすぐ終わるわよう。ふうふう、この後は質の良い霊水を使えば、とびっきりのポーションができると思うんだけれどぉ……。そうねえ、仕方ないわねえ。今回はあんたたちのために私のとっておきの霊水を――」


「あ、あのね、マリステル!」


 と、ここまでなんだか様子のおかしかった伊勢崎さんが硬い声を上げた。


「もう、イセザキったらぁ、だから遠慮しないでいいんだってえ。あんたにだって要塞に名前を付けてもらった借りはあるしい、私だってその借りを返すくらいはしてやっても――」


「い、いえ、もういいのよ。あなたの気持ちはよくわかったから……だから、その……」


「へ? どういうこと?」


 一旦手を止めたマリステルは怪訝な表情で、言いにくそうにまごまごしている伊勢崎さんを見つめる。


 だが伊勢崎さんは顔を強張らせたまま俺に顔を向けた。


「と、とにかくっ! ……あ、あの、旦那様。ヒールア草と、さっきのお茶の入った水筒、出してくださいますか?」


「え? うん、いいけど……」


 なんのことだかさっぱりわからないが、伊勢崎さんの真剣な表情に俺は言われたとおり、【収納ストレージ】からヒールア草と水筒を取り出した。


「ありがとうございます。お茶は……すみません、捨てますね」


 伊勢崎さんは水筒を逆さにし、中のお茶を排水溝へと流し込む。


 そして空っぽになった水筒の中にヒールア草をぎゅっと押し込んだ。


「えっ!?」

「うぎゃっ! なにやってるのイセザキ!? もったいないわよう~!」


 声を上げた俺とマリステル。だが伊勢崎さんは、それを気にすることなく水筒を俺に向けた。


「旦那様、とりあえず今は何も言わずに見ていてください。次は……この水筒に水を入れてもらえますか?」


「わ、わかった。水か……ええと、水道水でいいのかな……?」


「はい、それで問題ありません」


 言われるがままに俺は【収納ストレージ】から、以前から溜め込んでいる水道水を水筒へ、直接ドボドボと流し込んでいき――


「……はい、もう結構です。ありがとうございました。あの……」


 伊勢崎さんは水道水がたっぷり入った水筒の蓋を閉じると、上目遣いに俺の目を見つめた。これは魔力供給のお願いの合図だ。それくらいはわかる。


 俺がそっと片手を繋ぐと伊勢崎さんは目をつむり、もう片方の手で水筒を頭上に掲げた。そして唱える。


「【創薬クリエイト・ポーション】――」


 ――その瞬間。伊勢崎さんを中心にまばゆい光が広がっていき、神秘的な光が研究室全体を真っ白に染め上げたのだった。



――後書き――


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