207 突撃!お宅の晩ごはん
俺がマリステルに差し出したのはカップラーメン。
領都への旅路の際、外で景色を眺めながら食べるカップラーメンに憧れて箱買いしたものの、三日ほどで飽きてしまい、そのまま【
マリステルはそんなカップラーメンを手に取り、好奇心の塊のようなギラギラとした目つきで様々な角度から見回している。
「へー、ほー、ふううん? 私の知らない文字だわあ……それにガラスのように透き通ってるのに柔らかい紙……カサカサして不思議な感触ねえ……シェルキゴキ虫の羽に近いかしらん? 人族ってこんなモノを作ってるのねえ~」
「そ、そうですね。でも一般には行き渡ってないと思いますよ。俺は人族の中でも特に珍しいものを取り扱ってますから。それでレヴィーリア様にもお目通りが叶ったくらいで」
「ふーん。人族っておバカばかりだと思ってたけど、あんたたちみたいな化け物だっているしぃ、案外捨てたモンじゃないのかもしれないわねえ。……それでコレ、どうやって食べるの? 中身を食べることくらいはわかるんだけどお」
「はい、これはこうしてですね――」
と、外装フィルムを外して、上蓋をペリペリ剥がしてみせた。
「えぇぇ……このカチカチした物を食べるのお? 黒パンよりも硬くな~い?」
「もうひと手間ありますよ」
「ああ、なるほどぉ、お湯でふやかすのねえ!? 干し肉なんかも同じ――あっ、なんかいい匂いしてきたカモ! ねえマツナガ、もう食べたっていいかしらん!?」
たった今、閉じたばかりの上蓋を剥がそうとするマリステル。その手をぺちりと伊勢崎さんが叩いた。
「待ちなさいマリステル、まだよ。あと180数えなさい。……いえ、500くらい待ったほうが美味しいかも……」
「へえ、伊勢崎さんはちょっと伸びたのが好きなんだね。俺は逆に少し硬めが好きなんだけど――というか、伊勢崎さんも普段カップラーメンを食べたりもするんだ?」
「はい、たまにですけど。お婆様が『ロックにはジャンクな刺激も必要なのさ』とおっしゃってまして。ふふっ」
「ああ、なるほど……」
妙に堂に入った仕草でカップラーメンをすする大家さんの姿が目に浮かぶようだよ。
「ちょっと! あんたの婆さんの話なんてどうでもいいわよう! それで? それで私はどのくらい待てばいいの~!? というか500も待てないってばあ!」
今にも上蓋を開けようとしている手を伊勢崎さんに掴まれたままマリステルが叫ぶ。
「それなら今回はアレンジを加えず、180にしましょうか」
「180数えればいいのね!? わかったわあ! イチサンシゴロクシチハチ――」
◇◇◇
――というわけで三分経った。早口気味だったけど、まあ細かいことは言うまい。
「もういい? いいのよねえ!? もう食べる、我慢できない! 今から食べるわよう!」
と、ペリリと上蓋を剥がしたマリステル。彼女は部屋の棚から取ってきていたフォークをカップの中に突き刺すと、そのまま豪快にすくい上げて口の中へと入れた。
「あっちゅい!」
「そら熱いでしょうよ……。はい、お茶もどうぞ」
俺は棚から陶器のコップを持ってきて、【
マリステルはそれを無言でグビグビと飲み干すと、今度はフォークに絡んだ麺をふうふうと吹いて冷ます。
そして慎重に口の中へと運び、もぐもぐと
突然立ち上がると、家中に響くような大きな声を上げた。
「おいしっ、おいしい! なにコレェ! すごくすご~く、お~い~し~い~わ~よ~~!!」
悩ましげに自らの身体をかき抱くマリステルの頬は恍惚で赤く染まり、切れ長の目は大きく開かれ、その瞳は潤んでキラキラと輝いている。料理漫画なら完全に服がはだける確定演出だよ。
「ツルッとしているのに食べたらモチモチとした食感の麺に、香ばしい香りがたまらない濃厚なスープがたっぷりと絡み合ってえ! 食べれば食べるほど、もっと欲しくなっちゃうのよう! ああ、駄目っ! こんなの知らないっ! すごいの、すごすぎるわあっ! ズルッズルズズズズズズズズルー!」
ひと通り感想を言ったマリステルは、席に戻ってひたすら必死に麺をすすり続けた。とりあえず気に入ったようでなによりだね。
そしてそんなマリステルの様子を、どこか満足げにウンウンとうなずきながら眺めていた伊勢崎さんが俺に笑顔を見せた。
「さすがは旦那様のカップラーメンですね! あのマリステルがご覧の有様です!」
「い、いや、アレはただのカップラーメンだからね……。悪いけど伊勢崎さんも今晩はカップラーメンで我慢してくれるかな」
「我慢するだなんて、そんな。私は旦那様の用意してくれた物ならなんだって嬉しいです。……あっ、そうだわ。今回は私も硬めの麺を試してみますね?」
くすりと笑い、楽しそうに目を細める伊勢崎さん。カップラーメンしか用意できなかったおっさんにも気配りを忘れない、本当に優しい子だよ。
◇◇◇
――そうして俺たちも遅ればせながらカップラーメンを作り、一口二口と食べ始めた。
するとすでにスープまで飲み切り、ようやく食の感動と興奮状態から戻ってきたマリステルが、再びカップラーメンの容器を手の中で遊ばせながら口を開いた。
「うーん、何度見てもこの容器って不思議ねえ。水は通さず、軽くて、
「ええ、いいですよ。なんなら俺たちが食べた後の容器も引き取りますか? あっ、でも出どころは言わないでくださいね。これは俺の商売のタネなんで」
「もちろんよう! マツナガの不利になるようなこと、私がやるわけないじゃなあい! ありがとうマツナガ、愛してるわあ、チュッチュッチュッ~♡」
そうして投げキッスを繰り返すマリステルだが、その投げキッスを遮るように伊勢崎さんが俺の前に身を乗り出し、じっとりとマリステルを見つめた。
「旦那様、ご安心ください。
「もうイセザキったら、無粋なこと言わないでよねえ。首輪なんて無くたって、私はマツナガの味方よう~」
「フン、どうかしら」
プイッと顔をそむける伊勢崎さん。そんな彼女を面白そうに見つめながらマリステルが言葉を返す。
「それにしても~、ごちそうするつもりがごちそうになっちゃったし、良いモノも貰っちゃったしぃ、さすがに申し訳ない気分になっちゃうわねえ。ここはやっぱりマツナガに身体でお礼を――」
再び顔を向けギッと
「……と、それは今後の楽しみにするとして~。とにかく私としては、お返しにあんたたちに何か与えてあげたいのよねえ。だから~……そうねえ、あんたたちポーション作りに来たんでしょう? 錬金術なら私も少しは学んでいるし手伝ってあげられると思うのよう。ちょっと向こうで作っていかな~い?」
そう言って隣の部屋を指差すマリステル。
「あっちの部屋には地下があってえ、私の研究室になっているのよん。いろんな機材も置いてあるから、きっとポーション作りに役立つわよお」
「おお、いいですね。助かります!」
マリステルの提案に、俺は身を乗り出して答える。
伊勢崎さんはポーション作りに自信があるようだったが、機材については何も聞いていない。おそらくそちらの用意はまだのはず。それならここを使わせてもらったほうがいいだろう。
「ですが、旦那様……」
伊勢崎さんは眉をわずかにひそめ、あまり乗り気ではない様子。だがここは押し切らせてもらおう。
「ね、伊勢崎さん。せっかくの厚意なんだし、ありがたくお世話になろうよ。その方が早く出来るだろうしさ、ね?」
「そうしておきなさいってイセザキ。私にお礼させてくれたっていいでしょお?」
そんな俺とマリステル、二人の顔を伊勢崎さんはなぜか眉尻を下げ困ったように交互に見つめる。
やがて彼女は諦めたかように小さく息を吐くと、
「そ、そうですね。それでは使わせてもらいましょうか……」
と、ぎこちない笑みを浮かべたのだった。
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