206 お宅訪問2
『も~、遅かったじゃないのよう!』とのマリステルの抗議の声を
ちなみに伊勢崎さんは、俺がお城に連絡に向かったのを察した様子。さすがだね。
やがてたどり着いたのは、この要塞の中でも最も高い高台だ。そこには立派な物見台がそびえ立ち、少し離れたところに石造りの小さな一軒家がぽつんと建っていた。どうやらこれがマリステルの家のようだ。
「さあ着いたわよん。ここが私のお・う・ち! ほら、入って入って~」
マリステルにぐいぐいと背中を押され、俺と伊勢崎さんはつんのめりながらマリステル宅へと足を踏み入れた。
バタンと扉が閉まり、外の光が遮られ一層薄暗い室内。部屋の中央には大きめのテーブルと椅子が置かれており、正面と左手には別室の扉が見える。
壁際には小さな魔道コンロやキッチン用品が並んでいるけれど、それらはほとんど使われた形跡はない。魔道コンロの隣に備え付けられた棚にもいくつかの食器が置かれているだけで、ほとんどスカスカの状態だった。
なんとも殺風景で生活感もなく、まるでテレビでみたミニマリストの部屋のよう。それが俺が見たマリステル宅の感想だった。
派手でいい加減なマリステルだし、もっと足の踏み場もないようなゴチャゴチャした汚部屋を想像していたんだけどなあ。そうじゃなくて安心したような、ちょっと肩透かしのような、変な気分である。
「それにしても……ええと、なんというか、こざっぱり? 整理整頓? された部屋ですね?」
なにか部屋の感想を言ったほうがいいだろうと、なるべくオブラートに包んで伝えてみたのだが、それを聞いたマリステルは片眉を上げて笑った。
「ふへ? なによう、マツナガ。そんな気を使わないで何もない部屋だなーって言えばいいのよん。今まで一か所に定住することがなかったしぃ、いつでも移動できるように必要最低限のモノしか揃えてこなかったから、それに慣れちゃってるのよねえ」
どうやらコレがマリステルのデフォルトのライフスタイルらしい。気分を悪くした様子もなく、ホッとひと安心だ。
「それに
家に着いたらゾンビでお出迎え。そんな賑やかしはまっぴら御免である。
「お部屋の明かりをつけるわねえ」
ふとマリステルは呟き、指をパチンと鳴らした。
すると突然、辺りからボッボッボッボッと低い音が響き、壁際に青白い炎がずらりと浮かんだ。
「えぇ……なんかすごく怖いんですけど……」
というのも、青白い炎を近くで見るとうっすらと人の顔に見えたりするし、耳を澄ませば『オォォォォォォ……』と怨念のこもったような声が聞こえたりする。
コレって絶対、人魂だよね? 明るさと引き替えにホラー感が強まりすぎである。
「あのう、マリステルさん。これならまだ真っ暗闇のほうがマシなんですけど……」
「あら、そうなの? かわいいところあるじゃない、うふふっ」
くすくす笑いながらマリステルは再び指を鳴らし、人魂が一斉に消え去った。そしてすぐさま壁際にあったスイッチをポチッと押す。
すると今度は天井に吊らされた魔道ランプから人工的な光がほのかに灯った。
「コレなら文句ないでしょお? 私はさっきの方が落ち着くんだけど、お客さんに合わせてあげるわん」
「そ、そうですか、どうも……。ところでさっきの人魂もマリステルさんの魔法なんですか? そういえば人魂と歩いているって苦情もありましたけど」
「そうよう、アレも私の魔法。死霊術ってのは死体からお人形ちゃんを作るだけじゃないことは、マツナガだって知っているでしょう?」
「えっ? ……あっ、ああ……。そういえばマリステルさんがデカい幽霊を召喚したこともありましたね。エルダーリッチっていうんでしたっけ? 伊勢崎さんにあっという間に倒されたので、存在をすっかり忘れてましたよ」
「言ってくれるじゃないのマツナガ……。アレが私の奥の手だったんだからねえ!? 召喚するためにどれだけ苦労したことか……!」
マリステルがこめかみに青筋を立てながら恨みがましく伊勢崎さんを
「あっ、でもリビングデッド以外にも召喚したりできるなら、薬草採りの時に戦えたんじゃないですか?」
「旦那様、死霊術には日に当たると効力を発揮しないものがあるのです」
「そういうこと~。お人形ちゃんは実体があるからそれほど影響はないんだけどねえ。霊体はどうしても力が弱まっちゃうのよう」
ふうん、魔法にもいろいろあるんだなあ。相変わらず異世界はわからないことだらけである。詳しく知りたいところなんだけど、伊勢崎さんもあんまり深くは教えてくれないんだよね。常識に縛られるとよくないとかなんとか言って。
……と、そこでマリステルがパンと手を叩き、無機質な部屋に乾いた音が鳴り響いた。
「まっ、おしゃべりはこれくらいにして食事にしないかしらん? 私ぃ、実はもうお腹ぺこぺこなのよねえ」
「ああ、いいですね」
「私も問題ないわ」
「わかったわあ。それじゃあんたたちはここで待っててねえ。私が今から用意してくるから~!」
マリステルは俺と伊勢崎さんに着席を勧めると玄関へと向かった。わざわざ俺たちを家に招待してくれたのだ、なにを食べさせてくれるのか結構楽しみ――
「んじゃ今から食料庫の食べ物をかっぱらってくるわ~♪ 昨日、兵士ちゃんたちがこの辺を荒らしていた魔物を狩ったって言っていたのよねえ。たぶんもう解体されてるだろうしぃ、今は食べごろのお肉になってるから――」
「待ってください」
「ぐえっ!」
俺は家から出ようとしたマリステルの襟首をガシッと掴んだ。伊勢崎さんも呆れたようにマリステルを見つめる。
「マリステル……あなたさっき旦那様からきつく言われたのをもう忘れたの?」
すると本当に今思い出したかのように、マリステルが目を泳がせた。
「あっ、あー! そうか、これはもうダメなのねえ!? ……あーでもーそうなるとぉ、もう外の屋台も閉まってるし、要塞の中にある食堂にいくしかないわよう? あそこに行くと兵士ちゃんたちの目が気になって落ち着かないのよねえ。魅力がありすぎるのも考えものだわん♪」
そう言いながらもまんざらでもないらしく、色っぽく髪をかきあげるマリステル。だが、これまでの状況から察するに、問題行動を起こさないように戦々恐々と見張っているだけのような気がしないでもないけど、それはあえて言うまい。
しかし俺だって兵士に注目されながらの食事は勘弁してほしいしなあ……。それならもう仕方ないか。
「わかりました。それじゃあ今日は俺が食事を出しますよ」
「あら、そう? なんだか悪いわねえ。【
なぜか俺の股間に目を向けるマリステル――を無視してメニューを考える。
「うーん、そうだなあ……。伊勢崎さんはなにか食べたいものってないかな?」
「わっ、私も旦那様が出してくれたものならなんでもっ! なんでもいいですっ! パッ、パパパパパクッといきます!」
真っ赤な顔で同じように股間を見て張り合う伊勢崎さん。まったく参考にならない。あとさすがに女性二人から股間を凝視されるのは恥ずかしいので止めてほしい。
さて、【
しかし……もともと相原の異世界観光予定だったし、観光なら現地のものを食べたほうがいいだろうってことで、食事は用意してこなかったんだよね。
それなら……やっぱりアレしかない。伊勢崎さんには申し訳ないけれど……。
俺は断腸の思いでアレを取り出した。すると――
「――えっ、えっ? なにこれ、なにこれえ!?」
俺が【
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