死神少女と孤独な少年

秋雨千尋

ツインテール死神社畜少女

 三日張り込んだターゲットに動き有り。

 大鎌デスサイズを持つ手に力がこもる。


「なんか視線が。うわあっ、金髪ツインテール眼鏡っ子!」


 やばい見つかった。

 死が近い者には姿が見えてしまう事がある。私はローブを深く被り、深呼吸をする。消えろ消えろ私。


「大きい鎌を持ってる! こんなに可愛い死神が迎えに来てくれるなんて、生きてて良かった!」


 ダメだ、生命力に溢れてしまっている。人間こうなるとまず死なない。


「冥土の土産に一緒に寝……ごふぅ!」


 大鎌デスサイズで峰打ちしてその場を去る。

 張り込んだ時間が完全に無駄になった。

 死神にはノルマがある。

 私の班は『週に一魂いっこん必ず狩る事』。出来ない場合は電気ショック。


 え、週に一魂なら楽だと思った?


「出るぞ出るぞ!」

「私が先に目をつけていたのよ!」


 死期の迫る患者や高齢者は死神の激アツスポット。医療従事者より死神の方が多いのが病院だ。

 駅のホームや学校、ブラック企業も多い。自殺の名所は悪霊を手懐けている死神の独壇場。新米の私などは、地道にパトロールして偶発的な死を見つけるしかない。

 日曜の朝に判定が入る。そして今日は金曜。絶望的だ。


 ダメ元で登録している人外派遣会社に向かうと、社長室からうめき声が聞こえてきた。白銀長髪の吸血鬼が、若き美人社長に顎を掴まれて壁に押さえつけられている。


「イケメンに血を吸われたい人は一定数いるけど、味に文句を言われたくないのよ。分かる?」


「腐った牛乳かと思った!」


「パラメータをいじくってHPを一にしてあげようか、かき氷の頭痛で死ねるわよ」


「ぐぅぅ、お、客人の気配。こうなったら直に交渉する。この美貌を前にすれば依頼せざるを得ないだろう」


「自信満々に受けたホストの面接に落ちた時みたいに泣かないでね」


「あの」


「あらイルカちゃん。あなたも一緒にどう?」


 入って来たのは、右腕を包帯で吊った猫背の男子だった。怯えたようにキョロキョロと見回している。

 無理もない。ここは社長が作った異空間。

 どこかのお値段均一ショップのトイレと繋がっているのだ。

 吸血鬼は鏡を見ながら身だしなみを整えていたが、依頼人を見るなり「なんだ男か」とあっさり壁抜けして消えた。


「初めまして。死神のイルカです」


「し、死神?」


「はい。この業界も色々厳しくて。近々亡くなりそうな方はいませんか」


「ボクです」


「はい?」


「ボクを殺してください」



 +++



 一日三回が限界の死神ワープで、日本一高い塔の頂上へ行く。

 雲より高く、街並みは玩具のよう。


「すごい……」


「こんな風に見下ろせば、自分の周りの出来事なんて、ちっぽけだと思えない?」


「きっと、ちっぽけな事なんですよね……他人にとっては」


 彼は包帯で吊られた腕をさすりながら、目を細めた。


「ボクずっとクラスの女子に恐喝されてて、先生に言っても『断ればいい』って相手にされなくて」


「警察には?」


「証拠を提出するように言われて、ボイスレコーダーを仕込んでいたら、バレちゃって、いっぱい、蹴られて」


「親御さんは?」


「ボクの話なんて聞いてくれません。浮気相手の方が大切なんです。いや、違うか。ボクは誰にとっても大切じゃない」


 彼はまっすぐ涙を零した。


「自分を変えたらいいって、よく言いますよね。ボクには無理です。可能性なんかない。彼女達が居なくなっても、引っ越しても、ボクはボクのままだから。一生このまま。誰かに、搾取され続けるんだ」


 私に向かって、深く頭を下げた。


「人生の終わりぐらいは、自分で決めたい。誰かに強要されるんじゃなくて。だから──」



 +++



 日が暮れてきた大きな公園。

 人の気配が少なくなってきた頃、女子高生三人が笑いながら歩いている。


「山田の奴やっと退院かよ、遊ぶ金尽きてマジ困ってたんだよね」


「アンタ蹴り過ぎなんだよ、まあ、あんだけ痛めつけたんだし。十万ちゃんと持ってきてるだろーけどさ」


「新作コスメ買い行こーよ」


 背後のトイレから、黒い影が姿を現す。それは音も立てずに近寄り、三人の耳をナイフで切りつけた。


「いった、え、何……血?」


「ぎゃあああ! なんだよコイツ、変質者!?」


「逃げよ、早く!」


 騒ぐ三人に、散歩中の人達が何人か気付いて近づいてくる。黒マントの吸血鬼はナイフに付いた血を舐め、即座に吐き出した。


「うわマッズ! ドブ川そのもの! とても十代とは思えない。何の価値もない醜いアバズレ共が」


 逃げ惑う三人に罵声を浴びせながら次々と襲い掛かる。周りに血や髪の毛が落ち、あちこちで悲鳴が響き渡る。

 と、そこへー。


「やめろ!」


 包帯で吊った腕を支えながら、彼が飛び出す。というか私が突き飛ばして、声をかなり強化させた。

 周りの人達によく聞こえるように。


「邪魔をするな小僧!」


 吸血鬼は白銀の髪を振り乱しながら、彼にナイフを振り下ろした。



 +++


「先日起きた通り魔事件ですが、死亡した少年は複数の目撃証言から、いじめの犯人を守った形になります。その件についてどう思われますか」


「おそらく、人間が持つ本能かもしれません。たとえ憎い相手であっても、命の危機となれば放っておけない。非常に勇気のある、正義感に満ちた少年です」


「「ご冥福をお祈りします」」


 人外派遣会社の控え室でテレビを見ながら、話題の彼はお腹を抱えて笑っている。その手にもう包帯は無い。


「大人を騙すのって気持ちいいね」


「所詮は他人事だから。美談で泣きたいし、因果応報に笑いたいのよ、真実なんかどうでもいいの」


 そこへシュークリームをもしゃもしゃ食べながら吸血鬼が現れる。


「悪役を演じてやったんだ、報酬はキッチリ貰うからな」


「はいはい。彼の寿命三十年分、山分けね」


「それだけじゃない、クソまずい血を飲んで頭が痛いんだ。可憐な処女がいたら教えてくれたまえ」


「あっ、死期レーダーが反応してる。行くわよ後輩!」


「はい先輩!」


 ターゲットの家に向かうと、マスコミがうじゃうじゃ湧いていた。


「死んだ彼に一言お願いしまーす」


「恐喝した金は彼の大切な進学資金だったらしいですが、遊興費に使って良心は痛みませんかー?」


 既に何人か張ってるけど、新人ボーナスを使い、優先的に中に入らせてもらう。

 いじめの主犯が、風呂場で手首から血を流している。残念ながらあれは本気じゃない。可哀想な私アピールだ。

 帰ろうとした時、後輩が近づいた。


「せっかく助けてあげたのに」


「ヒィッ! 山田!」


「ああ、そんなに暴れると危ないよ」


 慌てた拍子に外に出していた手首が湯船に浸かり、花が咲いたように赤く染まっていく。

 致死量に達したと判断した彼女は気を失い、魂が浮かび上がる。後輩は三日月型に口を開き、迷いの無い動きで刈り取った。



 葬儀場の窓から、中を覗く。

 勇気ある男子生徒にぜひ焼香をと、全国から集まった人達でいっぱいだ。市長や警察署長も来ている。


「死神に自分殺しを頼んだ者は、自分も死神になる。天寿をまっとうしなかった罰。厳しいノルマを課せられるし、ライバルも日々増えていく」


「イルカさんはそんなに綺麗なのに、どうして」


「その話は、また今度ね」


 死期レーダーが鳴り響く。すぐ近くだ。


「さあ、仕事の時間よ!」


 コンビになった死神は、大鎌デスサイズを構えて晴天の空を駆ける。

 孤独な男子はもう居ない。

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死神少女と孤独な少年 秋雨千尋 @akisamechihiro

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