写真一枚分の因果

野森ちえこ

姉と妹、請負人とターゲット

 女が暮らすマンションの一室に男はいた。

 飾り棚の片隅に置かれているのは、シンプルな木製のフォトフレーム。そこそこ年季がはいっていそうなそれに飾られている写真もまた、いくらか色褪せている。

 写っているのは二人の少女。女とその妹だという。

 当時十五歳と十三歳。仲よさそうに腕を組んでいる二人を、男は見るともなしに見ていた。女のゆるやかな視線も写真に向けられている。


「妹はなんでも私のものを欲しがったわ」


 その声にこめられた温度は高くもなく低くもなく、女は平坦に姉妹の歴史を語った。

 幼いころから『お姉ちゃんなんだから』と、自分のお小遣いで買ったマンガもお気に入りのシャーペンも、すべて妹に差しだすことを親に強要されたという。

 地味でおとなしい自分よりも明るく甘え上手な妹のほうが愛される。それはきっと自然なことなのだろうと、女はつきつけられた現実をわりとあっさり受けいれた。


「それに、妹には妹のいいぶんがあったのね」


 女の家ではなにかと妹が優遇されていたが、服だけはサイズアウトした姉のおさがりをあてがわれることが多かった。そのあてつけだったのだろうか。

 おなじおさがりでも自分からもらいにいったほうが気分よくいられる。だから服以外も『お姉ちゃんのおさがりで我慢してあげる』というのが妹の理屈だったらしい。


「でも、物ですんでいるうちはまだよかったのよ」


 やがて妹は人まで欲しがるようになった。姉の友人、そして恋人を。それが叶わないとなると、今度は破壊しようとした。姉の人間関係を壊すことに執念を燃やすようになった。


「かなしかったけれど、なぜかしらね。戦おうとは思わなかったの」


 女自身の言動より妹の裏工作を信じるならそれまでの関係だったのだろうと、やはり女はあっさり受けいれたという。

 ただ後から考えれば、執着心を手放すことで自身の精神を守っていたのかもしれないと、女は他人ごとのように自身の過去を分析した。


「とにかく何度かそんなことがあったものだから、私は就職を機に妹と縁を切ったの。結果的に実家とも縁を切ることになったけれど、それでよかったと思ってる。大切な相手ができるたびに関係を壊されていたら、いずれ妹を憎むようになっていたかもしれないものね」


 しかし姉がいなくなったことで、妹の欲しがりグセは他人に向けられるようになってしまったらしい。

 めぐりめぐって、妹への恨みが姉である女のもとに持ちこまれた。運命のいたずらというやつだろうか。皮肉なものだと男は軽く息をもらした。

 女が実家を出るときに、一枚だけ持ってきたという姉妹の写真。そのなかで穏やかにほほ笑む姉と、にっこりと姉と腕を絡めている妹。そこには憎悪も屈託も感じられない。どこにでもいる、仲むつまじい姉妹のように見える。


「いいのか?」

「ええ」


 短く問うた男に女も短く答える。そして「ミイラとりがミイラにならないようにね」と、冗談とも本気ともつかない笑みを浮かべた。この先、実際に妹と接触し、罠に誘いこむのは男の役目だ。


「心にとめておく」


 掴めない女だと苦笑しながらその細い腰を引き寄せれば、女は抵抗することなく男の首に両腕を絡めた。

 男が女と組むようになってそろそろ二年になる。

 二人は裏の世界で破壊屋、あるいは破滅屋と呼ばれている。

 彼らはただ壊すだけでなく、ターゲットにとびっきり甘い夢を見せてから破滅させるのを流儀としていた。そして、引き受ける依頼は復讐のみ。

 役割分担はターゲットによって変わってくるが、筋書きをつくるのはいつも女だ。そして、女が描く綿密なシナリオにそって仕掛けをはりめぐらせ罠に誘いこむ。

 二人はターゲットを天国から地獄へと突き落とす、復讐請負人だった。


「いつかこんな日がくるんじゃないかと思ってたの」


 いつになく好戦的な女のまなざしに男は目を細めた。

 今も部屋に飾っている写真一枚分の思いというものがどんなものなのか、男には想像もつかない。


「楽しみね」


 今回のターゲットは女の妹。格別に甘く、ひときわ危険なシナリオになりそうだ。


「そうだな」


 女を見ていると、もしかしたら男自身がなにかのターゲットなのではないかと思うことがある。恨みならば売れるほど買っている。もっともそれは女とておなじだろう。

 いつか互いをターゲットにすることがあったら——それはそれで面白いかもしれない。


「悪い顔してる」

「お互いさまだ」


 唇が触れあう距離で言葉を交わす男と女の傍らで、フォトフレームに飾られた姉妹が笑っている。


     (了)


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