第5話

   

「今日のゲストは、サイドドラゴンさんです。ネット動画の歌い手経由でデビューした、新進気鋭のアーティストで……」

 テレビの画面には、どこかのスタジオらしき場所が映し出されている。

 俺がよこりゅう先輩について回想する間に、ミュージックビデオの映像は終わっていたらしい。

 先ほどのバラードの担当歌手なのだろう。司会者の女性に紹介されて登場したのは、黒のスーツで身を固めた男だった。「新進気鋭のアーティスト」という割には老けており、頭のてっぺんも少し薄くなっている。ただし、その顔には見慣れた面影があって……。


「サイドドラゴンって『サイドドラゴン』か……! よこりゅう先輩じゃないか!」

 テレビに向かって、俺は大声で叫んでしまう。

 歌声から彼が思い浮かぶのも当然だった。よこりゅう先輩その人が、あれを歌っていたのだ!

 たった今、司会者は「ネット動画の歌い手経由でデビュー」と言っていた。つまり「合唱みたいな団体競技をする時間はない」という理由で、よこりゅう先輩は、個人で歌う道を選んだのだろう。

 時間のある時に一人で歌って、動画としてネットにアップ。それがプロの目にまり歌手デビューという経緯のようだ。


「そうか……。よこりゅう先輩、ちゃんと歌い続けてたんだ……。合唱は卒業しても、歌うことからは卒業してなかった……」

 嬉しくて嬉しくて、目が潤むほどだった。

 同時に、我が身を振り返る。

 よこりゅう先輩みたいに、大学を卒業したら趣味も卒業。そう思って、完全に音楽から離れた生活を送っていたが……。

 考えてみたら、大学時代も俺は、よこりゅう先輩ほど合唱を頑張っていなかった。これでは卒業なんておこがましい。むしろ中退というべきではないか。


「よし! ならば俺も、よこりゅう先輩を見習って……」

 もう無為に過ごすのはそう。

 改めて決意した俺は、パソコンを立ち上げて、近隣の市民合唱団を探し始めるのだった。




(「大学を卒業したら趣味も卒業」完)

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大学を卒業したら趣味も卒業 烏川 ハル @haru_karasugawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ