第6話 おととしの雨粒達Ⅱ-2 大咲結弦

 私の今一番気になる人。目の前にいるこの人。

comfortのスタッフでアルバイトの、西尾さん。

西尾さんは、週末バイトに立っていて、アルバイトの無い日も割と客として来ているらしく遭遇確立は高い。

彼に会いたいが為にこの店に週1~2回は食事をとる。

彼の声は低くて小さい。無表情で、お世辞にも接客に向かないタイプだと思うものの、狭いホールを軽やかに移動する姿が綺麗で、それに姿勢がよいので身長が高く見える。

お会計に立ったとき、実際は思っていた程高くはないことを知る。170㎝あるかなってところかな。はっきりしていて、切れ長の目に色気を感じる。


 西尾さんは友人らしき人達と飲んでいる日もあるし、ノートパソコンを持ち込んで、スクリーンに向かってなにやら作業をしている日もある。

この前入店すると初めてノートパソコンをたたいていた手を止めて、軽く会釈してくれた。頭の先だけコテンと前に倒す感じ。

(きゃー。オフの西尾さんが私に挨拶してくれた。)顔に熱を感じる。恋をすると味わえるこの高揚した感覚がたまらない。

私は大きな会釈で答える。

それから二言三言挨拶程度の話を交わしてくれるようになった。


 そして今日。どうやら彼は1つ年上の専門学生で、住んでいる家もH駅近くであり、近くに住んでいることを知る。時間帯は違うものの通学駅も一緒だった。

「F駅に行くんだったら大通りは遠回りだよ。神社を横切った方が近いですよ。」

「じゃあcomfortも神社を通った方が近いんですね。」

こんな会話にも気持ちが高まって、心臓の音がやけにうるさい。

(落ち着け、私。)


 いつも一緒に飲んでる人は幼馴染で、H駅の向こうを南下した、南地区に住んでいたらしい。同じスタッフの啓さんと呼ばれるいかつい男性も2つ上の先輩らしい。

「啓ちゃんは、昔不良だったんだ。」マスターと会話を楽しんでいた幼馴染の桐生さんが3つ席を離れたカウンターの端から教えてくれた。

「啓さん、震え上がるほど怖かったよな。」西尾さんが同意する。

「私も一時期南地区に住んでいたんだよ。」と、マスター。

「マスターもなんですか?皆さん南地区繋がりだったんですね。」

この和気あいあいとした空間は、小さなコミニティーだったことに驚く。


 しばらくして、昔は怖かったという啓さんが合流し、マスターと桐生さんと話し始めた。

気を使ってくれたのか、西尾さんが南地区の話を私にしてくれる。今日は沢山話をしてくれる。


 F市内の南地区と呼ばれるその地域は、同じ市内でもH駅の線路を挟んで、西側と南側は、いきなり古い住宅や田園風景が見られるようになっている。

市内の南側を流れる川沿いを南地区と総して言い、小高い小さな山が地区の中心にぽつんとあるらしい。その山を中心に田畑や民家が点在し今でも農家中心となっている。山の北側の一部は古い住宅地となっているらしい。

「で、南地区があまり開発が進まないのは、その山が開発の手がつけられないらしいからなんだよ。」「人を呪う信仰があったらしいんだ。祟られるらしいよ。」

一瞬ゾクッとして息を飲む。

「っていっても、ありもしない迷信だろうけどね。町内会で管理している小さい神社があるだけで、子供のころは遊び場だったよ。」

無口そうな西尾さんの事が聞けて嬉しい。


 いつのまにか、桐生さんは突っ伏して眠ってしまったようだ。今日はだいぶ酔っているらしい。

マスターが啓さんに今日はあがるように指示をだしている。

「私もそろそろ帰ります。お会計お願いします。」

「かしこまりました。」

お会計をしている私の後ろを、千鳥足で桐生さんが店を出ていく。

続いて啓さんも慌てた様子で店をでていった。


 「ありがとうございました。」西尾さんの心地よい低音の声が今日はたくさん聞けて満足・満足。一週間の疲れも吹き飛んだように足取りがかるい。

店を後にすると、階段を下りた所で、西尾さんも降りてきた。

「啓さんが一人で大丈夫か気になって。・・・でも大丈夫そうだな。」

「あぁ、なんとか歩けてますね。」二人の背中にめを移す。

ちょっと焦った。自分を追いかけて来てくれたのかと思ってしまった。なんだかはずかしく、耳に熱がこもってしまっている。

「それじゃあ・・・。」ペコリと挨拶をして、大急ぎでその場をたちさろうとする。

「あの・・・。」少し大きめの声で呼び止められて、びっくりして振り返る。

「俺と付き合ってもらえませんか。」

「えっ。」

ストレート過ぎる。

私は聞き間違えてはいないか。

いつもの無表情のまま、真っすぐこちらを見て返事を待っている。

予想もしなかった突然の展開に、沸騰した頭のなかは、えっ?の文字が羅列し、日本語がでてこない。多分、今口を開けば、とんでもない文法の言葉になってしまう。

でも、早く答えたい。なんて言葉を返せばいいの?がんばれ私、がんばれ私の語彙力。あぁ、目まいがしてきた。


 「隆ちゃん!」突然背後から男性の声。振り返ると早歩きで息を切らせた、美馬さんが、スマホ片手に近づいてきた。

「美馬?」

美馬さんが私に気づいていないかのように画面を開く動作で西尾に詰め寄る。

「この記事見てくれよ。」


おっと?この話は中断か?



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水溜まり @shihou

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