第5話 おととしの雨粒達Ⅱ-1 秋月啓
「3月も、もうおわりだね。秋月君がいなくなるのは、寂しいよ。」
営業終了間近のconfortでマスターが残念そうに言ってくれる。
お客もあとは、カウンターで食事をとっている常連の女性一人だけだった。
彼女が来ると西尾は浮足立つ。無表情で平静を装っているつもりだろうが、俺達にはバレバレだ。
「4月からはスーツだね。」
「これからは客として通わせもらいます。」改めて深く頭を下げる。
高校の時まで腐っていた自分が、一年留年して迄入学した大学をなんとか卒業する事ができた。就職も決まった。
高校の時に出来たまともな彼女が、留年中も励ましてくれた。1年早く社会人になった彼女は今も寄り添ってくれている。
親父はろくでもなかったが、大学に進む金をなんとか工面してくれた。
武骨と呼ばれる自分が飲食店で接客のアルバイトを続けることが出来るようになっていた。なんだかこの4年間の時間は、感慨深い。
「
ああ。
確かにお前の親父の会社に入社する。気に入らなかったが、自慢出来る経歴がない自分が、そこそこの建設会社に口利きしてもらえるのはありがたかった。
何より早く自立して安定した暮らしを手に入れたいと考えていた。そして、早く所帯をもちたい。
桐生は卒業してすぐ桐生建設に入るだろう。跡継ぎであろう兄貴も働いている。そして、来年、後から入社をした彼は、俺がどんなに努力していても電光石火のように役職を飛び越えていくだろう。一生見下されて生きていくことになる。
だが、そんなのどうでもいいんだ。怖がられて人を寄せ付けなかった自分にはもう戻りたくないのだから。
「本社の営業部なんですよ。年の離れた兄貴がいるんです。これで安心です。」
酔っ払いは、うんうんとうなずきながら言った。「兄貴には啓ちゃんのいいところ話しておきましたから。」「若い時苦労した話とか・・・」「老人にやさしいとか・・・」「バイト代で母親に贈り物したとか・・・」「配膳の手際がいいとか・・・」「彼女大好きとか・・・」
「なにを、恥ずかしいことをいってるんだ!勘弁してくれ。」あわてて桐生の話をさえぎる。
「それに、配属先もう決まってるのか。いっていいのか、それ。」
「全てしってるんです△$#、、。つづきは、啓さんちで飲み直しながらハナシmア◇s#・・・。」
マスターがクスクス笑っている。
「ちょっと早いけど、桐生君とあがっていいよ。」
嘘だろ、
西尾の方振り向き助けを乞う。が、同時に西尾が首を振り「無理!」と一言。こんな時は年上扱いしてくれない。薄情な奴だ。
桐生はまたテーブルに突っ伏して黙ってしまった。
仕方がないので、マスターに挨拶して帰り支度をサッとすませる。
「すみません。先にあがります。お疲れさまでした。」
ホールに出るところで、最後の女性のお客の会計を西尾がしている。
西尾が「あっ。」という。慌てて「啓さん。あいつ今出てった。」
慌てて店の外に出ると、ふらふらと階段をおりていた。
「危ない!」と桐生を抱える。
「大丈夫ですよ」ちどりあしで言う。
仕方がない。泊まらせよう。
アパートはバイト先の目と鼻の先だ。
きっとこの様子なら黙っていても爆睡してくれるだろう。
「楽しみだなぁ。」
小さい声で、聞き取れなかったが、
「えっ。あーはいはい。」聞こえたふりをして答える。
酔っ払いは少年のようにクスッと笑った。
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