第4話 おととしの雨粒達Ⅰ-3 大咲結弦
BAR comfortは前から気になっていた。
お酒を出す店だろうけど、ビルの階段の前に出されている、看板のカレーが気になっていた。
一人だと恥ずかしかったけれど、今日やっと勇気をもって店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ。」マスターらしき人が、素敵な笑顔で迎えてくれる。
オープン間際で、一番目のお客かと思っていたが、カウンターに男の人がビール片手にスマートフォンをいじっていた。奥には女子高校生らしい女の子が二人。
店を見まわしながらドアから近いカウンターの端の席に腰掛ける。
少し薄暗い照明だけど、小ざっぱりとして滞在しやすい雰囲気で安心した。
低身長の筋肉質の若者が、さっと出てきてメニューを渡してくれた。
たてつづけにカップル2組とカウンターにいた男性の連れらしき人が入店してきた。
メニューを見るとやっぱりカレーはおすすめらしい。
他はビールに合うようなメニューが並んでいる。
「カレーをお願いします。あの、お酒頼んだ方がよいでしょうか。」
「お食事だけでも大丈夫ですよ。お食事だけされて帰られるかた多いです。」マスターが答えてくれる。
「じゃあカレーと烏龍茶のアイスをお願いします。」
奥の女子高生がなにやらカウンターの男を見てささやきあっている。背中で聞き耳をたてるが、何を話しているかは察しが付く。最初にいた男の人は高身長で姿勢がよく、目じりの端で、それがイケメンだということは確認できる。
後からきた男も身長こそはイケメンさん程大きくなかったが、こちらもシュっとした短髪のハッキリした顔立ちで整っている。やさしげな喋り方をしていた。
カレーが来るまではスマートフォンをいじっていようと取り出してみるものの、沈黙すると先週逃げ出すように別れた彼氏がフラッシュバックする。
「ごめんなさい。なんか無理です。」
23時に彼氏の部屋を慌てて服を着て飛び出した。
帰り支度をしている間、彼が「え?」とか「なんで?」とか言っていたような気がするが、とにかく凄い勢いで逃げ出した。
友達の紹介だった。
ちょっとチャラい感じにみえたが、付き合ってみれば落ち着いてて、ユーモアもあるので、すぐ夢中になった。
が、冷めるのも早かった。
彼はよく食べた。
痩せの大食らいで、デートでも尋常じゃなく食べた。
食べている間は、会話も進まない。
そんなことも最初は「ステキ」と見つめていたが、そんな気持ちもすぐ消えた。
お菓子の袋で埋め尽くされる「お菓子の館」(勝手に命名した彼の部屋)には週末の度に泊まったが、いつまでも私の居場所はその片づけをすることでしか、確保することができなかった。
(お菓子以下の扱いね)と感じたのが終わりの始まりだったかもしれない。
コトの前には大量に食べる。精力剤のように。
熱い吐息も食べたものを想像させる。最初は我慢していたが、伝えるべきだった。
ある日、寒気を感じた。
生理的に受け付けられなくなった自分がいて、気持ち悪くなり「無理」発言となった。
そしてその日の夕方、正式に謝罪と「さよなら」を言った。
その時も言いたいことだけ言って逃げるようにその場を立ち去った。
彼がどんな顔をしていたのかもわからない。
(どんな
ほうっとため息をはく。
ため息が深かったのか、カウンターにいたイケメンさんがこちらを振り返る。
あっと慌てて口を塞ぐ私に、イケメンさんはにこっと笑顔をつくり、またすぐ同席の男の方へ向き直った。
(はずかしい・・・。)と思ったタイミングで、カレーと飲み物が提供される。
奥にいた女子高生はいつのまにかいなくなっていた。
気づかなかったが、店は会社帰りと思われる人達で賑わい始めている。
いがいにも個人客もいるので、ホッとする。
カレーをスプーンにすくいとったところで、店に新たな客が一人入ってくる。
パーカーにチノパンにスニーカーだったが、姿勢がよく小綺麗に感じた。
その男はカウンターの中に軽く挨拶すると、イケメンさん達と待ち合わせをしていたようでマスターに案内されて女子高生たちが座っていた奥のテーブルに移動していった。
(あぁ、目の保養が遠ざかっていく。)
いつのまにか、カレーを味合わずに何度か口に運んでいたらしい。
あらためて、カレーと対峙する。
(おいしい。いい店を見つけた。)それだけで、今は幸せだ。
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