これは忘却の物語。
星進次
第1話
これは忘却の物語。
幸せとは共に生きる人が、そばにいて生きているということ。
満ち足りているということ。
xx年 記録10日目 ----------
どのくらい長い間旅をしただろう?
始まりがいつかわからないので、記録を取ることにした。
どのくらい一緒にいたか覚えていない。
長い髪をした少女と俺は雪原を歩き、魔物をただひたすらに倒している。
彼女の名前も何もわからない。
俺は彼女を守るためだけに生きている。
右から来た魔物を斬りつけた後、返す刀で上から飛び降りてきた魔物を倒す。
彼女の匂いに釣られて、とめどなく新たな魔物が現れる。
彼女は動くことが出来ない。
指の一つも体を動かすことが出来ない為、彼女を背負って当てのない旅をしている。
ある町で言われた話だ。
記憶の魔女によって感情の記憶を消されたからだろう。
身体が動かないのは、身体の動かし方の記憶を失っているからだろうと言った。
そして、彼女の方が先に記憶を失っただけで、俺もいずれ忘れてしまうだろうとのこと。
俺に彼女の記憶はない。
村で生きていた記憶が最後だ。
その記憶に彼女はいなかった。
だとすると、いずれ身体が動かなくなり、死んでしまうだろう。
彼女にはあらゆる魔物が引き寄せられるかのように人である俺よりも狙われる。
四つ脚歩行の魔物が飛びかかる。
何十匹といる集団の攻撃は止むことはない。
俺の指が飛ぶ。
俺の身体は五体満足ではない。
連日の戦闘により、かなり疲弊していた。
夜に魔物は襲ってくる。
場所は問わず街中にも集まってくる。
昼の間に休息と装備を整える。
xx年 30日目---------
記憶がごっそりと抜け落ちる感覚があった。
生きる気力になっている記憶のなくなる感覚。
数日前の彼女の事を覚えていない。
見えない何かが追ってきているようだ。
彼女は記憶が戻る可能性があるのか?
今日も同じように、魔物を狩り続ける
この所ヤケに魔物の数が増えた気がする。
まるで何者かが行手を阻むかのように。
記憶が混濁する。
何の為に戦っていたのだろう?
記憶が完全になくなる前に、なんとかしないと。
xx年50日目---------
相変わらず街中で寝るわけにはいかなかった。
山の中腹をなるべく選ぶ。
記憶は以前より薄くなっている。
闘い方すらも忘れてしまうのだろう。
彼女の今の意思の無さを見ると、そんな感覚に囚われる。
気力で繋いでいた意識が薄れていく。
もうダメかもしれない。
魔物が咥えているのは、俺の左腕食いちぎられたものだった。
少しずつ目的に進んでいくしかない。
記憶は依然として変わらず、少しずつではあるが失っている。
記憶の魔女のいる場所は分からない。
だが、魔女は近くの森にいるという事が分かった。
xx年52日目---------
やあ、私を探しているのはお前達だね。
まだ若干記憶は残っているようだね。
私は未来を見ることのできる魔女。
この先を知りたいのかい?
少しだけなら教えてあげよう。
戻った方がいい。
この先に望む結果はない。
望んだ未来はあるけど、それは望んだ結果ではないということだ。
自分の大切なものを失ってでも、望んだものを手に入れたいかい?
俺はうなづいた。
少し魔女は困った顔をした後、彼女を見てニコリと笑って言った。
そうか。では何も考えずにただ進めばいい。
やがて時間が解決する。
xx年80日目---------
東の谷に魔女が住んでいるという話を聞き、尋ねてみる。
私は対価の魔女さ。
自分の大切なものを失ってでも、取り戻したいものがあるのかい?
はい、彼女の記憶を取り戻したいです。
これは、これは、ははっ。
そうか、記憶の魔女か。
はい、彼女の記憶を取り戻せますか?
そうさね。
記憶には記憶しかないからね。
貴方の今持っている記憶全てを彼女に与えれば、対価として彼女は記憶を取り戻すだろうね。
だが、いいのかい?これは彼女が望んだ事なのかい?
彼女は喋り方の記憶を失っているから、喋れないようだけど?
はい、いいんです。
俺は彼女が幸せであれば、それだけで。
分かった。
では、お前と反対に彼女は記憶を取り戻していくように魔法をかけた。
可能ならお前は時の魔女に会うといい。
xx年105日目---------
彼女に表情が現れた。
最初はきっと喜んでくれるだろうと思っていた。
だが彼女の目には涙が溢れていた。
何故?
辛いのだろうか?
身体が動かせない。
自分の記憶もない。
謎の男と旅をしているからだろうか?
そして俺は対価として、表情を失っていた。
彼女に話しかけることは出来るが、彼女は身体の動かし方を失っている為、うなづくこともできない。
正しい判断かもできなかった。
あと少しで、彼女は回復する。
自分が死んでも彼女を助けてみせる。
xx年110日目---------
時の魔女を探して歩く、遂に対価の魔女と契約した魔法が、闘い方の記憶を奪う
右脚を魔物に食われ、左脚にも噛みつかれ。
動けなくなった瞬間
彼女は俺が持っていた剣を奪い、魔物を次々と倒す。
対価の魔女は俺が失うことで、対価を彼女が得られるようにしてくれている。
良かった、俺が失ったものは大きかったが、彼女は生きることができるようになった。
そして、俺は喋ることも、笑うことも、動くことも出来なくなった。
--------- エピローグ -----------
xx年112日目
時の魔女、助けて。
彼女は時の魔女の元に辿り着いた。
おや、久しぶりだね、記憶の魔女。
彼を助けたいの。
そうか。
時間を少しずつ戻してあげる。
自分で助ける方法を探してきな。
ただ、そうなるとお前も失う物があるんじゃないか?
これは忘れられた話。
一人の好きな人が命を賭して、私を助けようとした話。
そして、私が彼を助けようとした話。
時の魔女の力は一日ずつ時間が戻る。
運命を変えることができるなら、そこから時間が進み出す。
xx年逆行110日目---------
彼が魔物に襲われる。
早く助けないと。
身体が動いた時には遅すぎた。
魔物を倒すが既に彼の両足は引きちぎられていた。
xx年逆行105日目---------
さらに時間が戻る。
声を出して、この先に進まないでと言いたいけど声が出ない。
対価の魔女が、私と彼を繋いでいる。
だから、彼から声を奪わない限り、声を出すことが出来ない。
私は泣いた。
涙だけは出る。
彼の表情を奪ってまでやりたかったのは泣きたいことなんかじゃない。
また、時間が戻る
xx年逆行80日目---------
私は対価の魔女さ。
自分の大切なものを失ってでも、取り戻したいものがあるのかい?
(やめて!)
はい、彼女の記憶を取り戻したいです。
これは、は、はっ。
そうか、記憶の魔女か。
(そう、だから助けなくていい!)
はい、彼女の記憶を取り戻せますか?
そうさね。
記憶の対価には記憶しかないからね。
貴方の今持っている記憶全てを彼女に与えれば、対価として彼女は記憶を取り戻すだろうね。(そんなことは望んでいない!)
だが、いいのかい?これは彼女が望んだ事なのかい?
(そう!望んでないの)
彼女は喋り方の記憶を失っているから、喋れないようだけど?
(そう!)
はい、いいんです。
俺は彼女が幸せであれば、それだけで。
(私の幸せは貴方が生きてることなの!)
分かった。
では、お前と反対に彼女は記憶を取り戻していくように魔法をかけた。
(また、助けられなかった)
可能ならお前は時の魔女に会うといい。
再び時が戻る
xx年逆行52日目---------
やあ、私を探しているのはお前達だね。
まだ若干記憶は残っているようだね。
私は未来を見ることのできる魔女。
この先を知りたいのかい?
少しだけなら教えてあげよう。
(未来の魔女は分かってる)
戻った方がいい。
この先に望む結果はない。
望んだ未来はあるけど、それは望んだ結果ではないということだ。
自分の大切なものを失ってでも、望んだものを手に入れたいかい?
(そう彼に言って!)
彼はうなづいた。
少し魔女は困った顔をした後、私を見ると何かを悟ったようにニコリと私に笑って言った。
そうか。では何も考えずにただ進めばいい。
やがて時間が解決する。
(時間は解決してくれなかった。。。)
(未来が見えているのに、わざと進めと言ったの?)
さらに時間が戻る。
xx年逆行30日目---------
私は魔女。
魔物は私の魔力に引き寄せられる。
彼は必死で私を守る。
食事をしなくても魔女だから生きていける。
だから、私を捨てて行って。
彼には届かない。
私は動けなくなっている。
対価もなければ、身体の動かし方の記憶もない。
かろうじて魔力の操作は出来る。
時折魔力を強くして、魔物を増やし、諦めてもらうようにもしてみた。
今ならまだ彼の身体は大丈夫。
しかし、効果はなく、彼は諦めなかった。
時間が戻る、時間が戻る、時間が戻る
xx年逆行10日目---------
ある町で言われた話だ。記憶がないのは記憶の魔女によって記憶を操作されたからだという。
身体が動かないのは、身体の動かし方の記憶を失っているからだという。
(私がその記憶の魔女、自分で自分に記憶を失う魔法をかけた?)
彼女の方が先に記憶を失っただけで、俺もいずれ忘れてしまうだろうとのこと。
(私は彼にも忘却の魔法をかけた?)
私に彼の記憶はない。
xx年逆行0日目---------
時間が戻る。ここは?私に記憶がある。
やっと全ての記憶が戻った。
記憶を消す魔女が彼の記憶を消したらしい。
それは私の事だ。
私には好きな人がいた。
ただ、私は魔女として長く生きすぎた。
見た目には変わらなくとも、魔力の量がそれを示している。
もうすぐ死んでしまう私は彼に忘却の魔法をかけた。
万が一にも再び出会わないように、私と会っても数日で私を忘れるように魔法を念入りにかけた。
どこかで幸せに生きてほしい。
誰かと新しい人生を生きて欲しい。
そして、忘却の魔法をかけた私が最初に感じたことは、喪失感だった。
心苦しくて耐えられない。
私は私にも魔法をかけた。
だけど、魔力のほとんど無くなった私がかけた魔法は、意図しない暴走をして、私は全てを忘れた。
感情も動くことも忘れた私を彼は見つけ、記憶もないのに、ただ優しく助けようとしてくれた。
そうだ。
私はたとえ死ぬとしても、彼の側から離れるべきではなかった。
幾度繰り返しても、彼は私のことを知らなくても私を助ける為に、自分の身を犠牲にするだろう。
未来の魔女は戻れと言った。
彼の未来は終わる未来だった。
だけど私を見て言った未来は進めだった。
彼女に取っての未来は、私が時の魔女に会って、過去に戻っている私だったのかもしれない。
だから、進めと言った。
時(逆行)が解決してくれた。
同じ道は歩まない。
今日彼は私の所にプロポーズをしに来る。
私は彼の手を取り、死ぬまでの日をただ静かに生きようと思った。
これは彼と世界が忘れられた忘却の物語。
これは忘却の物語。 星進次 @puchirouge
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます