第5話

 帰路に就いた希は自分の異常な動揺に気が付いた。心臓は拍動し、首筋には寒気が走って不快な汗が湧出している。胸元には不快な圧迫感があり、それが呼吸を変速的に乱していた。

 彼女はなぜ自分がここまで動揺しているのか分からなかった。

 男の言葉を到底信じることは出来ない。発光体が自分を連れ去り、子供を孕ませたなどあまりに荒唐無稽で馬鹿げている。息子の3歳の誕生日に迎えが来るなど、あの男が自分を怖がらせるためについた嘘に違いない。

 だが、心の一部が早く子供のもとへ帰らねばと訴えている。いわばそれは本能だった。子を心配する母としての本能だ。

 17時頃、託児所に寄った時には既に息子の姿はなかった。

「ああ、諒介君なら旦那様がお迎えに来られてましたよ。4時前ぐらいでしたけど」

 という保育士の語った通り、自宅に戻ると、玄関には夫と息子の小さな靴が揃えてあった。

 リビングからは白っぽい明かりが漏れている。

 希はただいま、とわざと大きな声で呼びかけリビングの戸を開けた。



「何があったか、覚えていますか?」

 刑事はまだ意識を取り戻して、数日も経たないうちに希の入院している病室までやってきた。

 刑事の質問には覚えていないの一点張りで通したが、ある時点までは詳細に記憶していた。

 しかし、あれをどう説明すればいいのか彼女には分からなかった。

 リビングのドアを開けた時、希の眼についたのはダイニングの上に置かれた諒介の通園バッグであった。その隣には裁縫用の道具箱が置かれ、縫製しようとしたのか針と赤い糸が息子の名札に絡みついている。

 爪先に何かが触れ、足元を見ると、1枚の紙切れが落ちていた。

 三つ折りにされた薄いブルーの紙。

 DNA鑑定書だ。

 リビングでは夫が項垂れて座っていた。

 ソファに掛かったブランケットの不自然なふくらみに気づき、希はそれを無造作に剥ぎ取る。その下からはうつ伏せになった息子が現れた。

 息子は首元に扼殺された赤い跡を残し、死んでいた。

「あなたの旦那さんは息子さんに手をかけた。あなたが帰宅した時にはすでに死んでいたはずです。その後、その後です、問題は。その後、旦那さんはどうされたのですか?」

 そう、その後だ。

 突如として眩い光が窓から差し込み、希は反射的に目を閉じた。

 しかし、彼女は目を閉じる寸秒の間に窓の外にいたものをしっかりと捉えていた。

「光……」

 窓の外には巨大な白い、光の玉が浮遊していた。

「光? どういう意味です、それは?」

「すみません、まだ記憶の錯乱が激しい状態ですので……今日はこの辺りで」

 担当医が刑事を制止し、病室から退室させる。

「状況が状況ですので、無理して答える必要はありませんよ、望月さん。自分の中で整理がついた後、ゆっくり話していけばいいんですから」

 希は何も答えず、窓の外を見る。青い空には雲一つない。

「今は、お二人が無事であったことが何よりも重要なんですから」

「2人……?」

「ええ。希さんと、ですよ」



おわり

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托卵 諸星モヨヨ @Myoyo_Moroboshi339

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