シャバドゥビタッチ

 二月の終わり、僕と彼女は彼女の実家にレンタカーで向かう。群馬県のとある有名自動車メーカーがある街のはずれに彼女の実家はある。


「ジャンピング インザスカイ!

 高くはばたけ 大空をかぎりなくぅ

 バーニング フィンガー

 夢をつかもう すべては光かがくぅ

 あいげっと ビクトリ~!」


 車内には、大変楽しそうな彼女のアニソン熱唱が響き渡っていた。楽しそうで、とにかく可愛い。本当に楽しそうな彼女を一生見てられるなぁと思う。親バカならぬ彼氏バカって感じだ。


 運転はたまにしかしないので、少し心配だったけれど、道もそこまで混んでいないし安心した。市内を通り過ぎ、どんどん景色に田んぼや畑が増えていく。なだらかな坂道を上ると、彼女の父親が営む自動車整備工場が見えてきた。


「ただいまぁ。ちちー。元気だったぁ?」


 車を降りた彼女はいの一番に、出迎えてくれた父親の元へ駆け寄る。ちなみに彼女のお父さんはスキンヘッドでサングラスしてて、巨漢でめちゃくちゃ怖い外見をしている。同棲の許可をもらいに訪れた際は、正直殺されるかと思った。


 彼女は父親とひとしきりジャレあうと、今度は母親の元へと走っていった。彼女の父親と目が合い、頭を下げる。


「お久しぶりです」


 腕を組んで仁王立ちした彼は本当に怖い……。サングラスの奥の眼光が光ると、彼は口を開いた。


「I am not your father...but....お義父とうさんになってあげてもいいんだからね!!」


 曖昧な笑顔で「あはは…」と僕は対応する。なんのネタかわからないので、彼女の解説がないといつも苦笑いするしかない。


「……まぁ、おふざけはこれくらいにしよう。ガレージに来たまえ」


 たぶんハタから見たら、ヤクザに絡まれているようにしか見えないだろうな。僕は彼のあとについてガレージに入る。


「頼まれていたものだ」


 10センチ四方の箱を渡される。僕はそれをうやうやしく受け取ると、彼に大きく頷いた。



◆◆◆



 こたつで、父と並んで、母のご飯が出来上がるのを待つ。四半世紀ものの生粋の貴人である母に、彼氏のコーナビー写真を送ったところ、大変な興奮のしようであった。私は残念ながら、母の貴腐DNAは受け継がなかったが、彼氏のコーナビーには確かに大興奮したので、とてもわかりみが深い気持ちである。


 いまその母は、台所で「コーナビー! コーナビー!」と言いながら、彼と一緒に楽しそうに料理をしている。本当にあの人、どこまで人間ができてるんだろう。めっちゃ笑顔で対応してるし。人間じゃないのかもしれない。光の巨人的なやつかも。


「娘よ」

「なんじゃ、父よ」

「お前テンパると、何しでかすか、わからんから先に言っておく。内緒にしろと言われたが」

「ほほう。申してみよ、父よ」

「今度のお前の誕生日に、奴はプロポーズしてくる」

「……なん……だとッ!」

「逃すなよ。あれ以上のSSRは来ない」

「……フッ……委細承知よ。あれは完凸かんとつ状態で排出されたSSRだ」

「もはやバグだな」

「それな」


 父と二人でお茶を啜った。



◇◇◇



 3月3日、ひな祭り。彼女の誕生日。


 夕ご飯はビーフシチューに、鯛とサーモンのカルパッチョ。こたつの上に並べると、彼女はとても喜んでくれた。食べ始める前にバースデーケーキのキャンドル消しをしようと、電気を消してキャンドルに火がともったケーキを運ぶ。


 彼女がフーフーと、蝋燭を消す。全部消えてから、僕はクラッカーを鳴らして部屋の電気をつける。


「誕生日おめでとう! 誕生日プレゼントはこれです!」


 そう言って、僕はプレゼントを隠していたベランダの窓を開けた。


「クハッ!! 換気ファン付きの塗装ブース!!」


 良かった。めちゃくちゃ喜んでくれてる。付き合って初めての誕生日にあげた有名ブランドのアクセサリーは死ぬほど反応微妙だったし。


 僕はホッと胸をなでおろす。彼女が段ボール箱を開けている間に、ケーキを冷蔵庫にしまいに行った。そして、台所に隠していた例の箱を取り出す。


 言うぞ。よし! そもそも同棲するときに「結婚の前提で」って言ったし、彼女が断る可能性はほとんどないとわかっていても、緊張でヤバイ。


 塗装ブースを組み立てている彼女の前に正座して座る。彼女も「ん?」と不思議そうな顔で僕の方を向いてくれた。


「ぼ……僕と結婚してくださいッ!!」


 心臓の音をバクバクさせながら、彼女に箱を渡す。彼女は神妙な顔で箱を受け取ると、箱の蓋を開けた。


「……うわぁああ!!! ライダーマスク・マギぃぃいいい!! 変身リング!!」


 ガバッと彼女は立ち上がると、リングを室内灯に照らしたりして、大喜びしている。


「なにこれ! すごい! すごい! 作中のままじゃん!」


 あ……これ、もしかして、僕の言った言葉、完全に飛んでるな……。


「あ……うん。お義父さんに頼んで作ってもらった……」

「ちちぃ、さすがだな! いい仕事してくるぜ!」


 夢中になって指にはめて、変身ポーズをとって遊んでいる彼女を見ながら、指にはめてくれたってことはOKなんだろうし、可愛いからまぁいいか、と僕は思った。


(完)

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僕の彼女はオシャレがわからない 笹 慎 @sasa_makoto_2022

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