Episode Final

 地震の発生から二か月が経過した―――。

 桜は未だに還らず、新社屋も完成した。

「碧~今日の夕飯なんだが、カレーにしてもいいか~?」

 一階のキッチンから赤夜の声が聞こえる。

「カレーにするのはいいですけど、カレールウを使ってくださいよ?」

 二階から翡翠の声が降る。

「あ、やっぱりそう思う……?」

「当たり前じゃないですか!何回失敗したら気が済むんですか!」

 緋翠はおどけて言う。

「いや、実はさ……」

 その言葉に嫌な感情が沸き起こる。

「まさか……」

 どんどんどんと階段を駆け下りる緋翠の足音。

「……うそでしょ……?」

「いや~その……リベンジを……」

 キッチンには、カレーの材料と共に小麦粉まで置かれていた。鍋にはもちろん、小麦粉が入っている。

「小麦粉から作るのはやめてくれって何度も言ってるじゃないですか~」

 緋翠は散らかったキッチンを片付けながらそう言う。

「リベンジしたかったんだけど……やっぱり上手くいかないものだね」

「この世にはカレールーという便利なものがあるじゃないですか。それを使いましょうよ」

 彼はそう言うと、キッチン下の引き出しを開け、保管していたカレールウを手に取る。

「これで作りましょうって」

 二人がそんな会話をしているその時———。

 懐かしい気配を感じた。

「これ……」

 二人は慌てて“インビジブル”から飛び出る。

 辺りを見回しても、はいない。

「まさか……」

「そのまさかかもしれませんよ!?」

 二人はどちらからともなく、走り出した。

 向かった先は旧社屋。

「桜~!」

「桜くん!」

 大声で呼び続ける二人を通行人は目で追う。

 彼らは全く気にせず、呼びかけ続けた。

「……ん……っ」

 屋上からほんの小さな声が聞こえる。

 二人は互いに顔を見合わせると、慌てて屋上へと駆けあがる。

 今にも崩れそうな階段を駆け上り、ドアノブに手を掛ける。

 屋上への扉を開くと、そこには懐かしい気配が漂っていた。

「……桜くん……?」

 コンクリートの床に横たわったままの桜の姿。

「桜……?」

 緋翠は彼に歩み寄り、そっと体に手を触れた。

「……温かい……」

 桜の肩に手を触れた赤夜は思わずそう呟く。

「社長……」

「桜……聞こえるか……?私たちが分かるか?」

 そう声を掛けると、彼の体は動いた。

「……社長、緋翠さん……遅くなって……すみません……ただいま帰りました……」

 彼は振り絞るように、そう言った。

「いいんだ……ちゃんと帰ってきてくれたから……いいんだよ……」

 込み上げる嗚咽を押し殺しながら、赤夜は横たわる桜を抱いた。

「桜くん……遅すぎだよ……待ちくたびれちゃったよ?」

「緋翠さん……口から出てる言葉と心の中の言葉……違いすぎますよ」

 彼は小さく微笑んだ。

「力はそのままなんだね」

「そうみたいです……というか、強くなってるような気がするんですよ……」

「コントロールはまた教えるから」

「頼もしい教育係ですね……」

「桜くん……」

 緋翠は、桜の教育係として一緒に行動していたことを思い出した。桜はそれをずっと覚えていたのだ。その彼の気持ちに、胸が熱くなる。

「社長……カレー……作ってくださいよ……」

 桜はそう言うと、眠りについた。

 今度は、赤夜の腕の中で、子どもみたいな寝息を立てながら……。


「おかえり……桜」

「桜くん、おかえりなさい」

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インビジブル~月詠桜と封印された力~ 文月ゆら @yura7

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