Episode4

〈感傷に浸っているところ申し訳ないのですが……両親はそこまで悪い人間ではありませんよ……?彼は期限付きで黄泉の国に囚われているだけです〉

 ツクヨミのその言葉に、二人は目を丸くさせる。

〈この作戦を遂行するには、プレートの上部……つまり、黄泉の国に行くのが成功の鍵でした。彼は、黄泉の国へと降り立ち、作戦を遂行し、成功させた。ですが、彼自身のエネルギー消費量は凄まじいもので、直後は起き上がるどころか、動くこともままならなかったのです。このままではこちら側になど戻れない。ですから、両親が出した条件を飲み、あちらに残ることになったのです。いわば……エネルギー回復の治療ですよ〉

 彼はそう伝える。

「じゃあ……桜くんは……」

〈治療が済み次第、こちらに戻ってきますよ。まあ、彼が黄泉の国を居心地良いと感じなければ……ですが〉

「ツクヨミって……性格悪いって言われない?」

〈最近言われますね。黄泉の国でも彼に言われましたから。では、またの日を……〉

 ツクヨミは言いたいことだけを話すと、そそくさと還っていった。

「そっか……帰ってくるのか……そっか……」

 赤夜はほっとしたのか、体の力が抜けていた。

「社長、桜くんは絶対に帰ってきます。言ったでしょう?だから、その日まで二人で待ってましょう。ね?」

「そうだな……」

「そうと分かれば、我々もやることやらないとですよ」

 緋翠は掃除道具を手に、赤夜に突き出した。

「社長も、片付け手伝ってくださいね?いつもは僕と桜くんで掃除していたんですから」

 緋翠はそう言うと、リビング兼応接間の片づけを始める。そんな彼の背をじっと見ている赤夜。

 碧、ありがとう……。そう心の中で伝えた。きっとこの言葉もお前にはわかっているんだよな……と。緋翠はあえてそれには反応を見せず、ただ淡々と掃除を進めていく。



 片付けが済むのに、丸二日かかった。

 資料や機密が多い、インビジブル。取り扱いには注意が必要なものばかりで、正しく収められていた。それが地震によりすべてが混じった。それを元に戻すのは骨の折れる作業だった。

「やっと終わった……」

 緋翠は片付けが済んだリビングに寝ころんだ。

 そんな彼の真似をするように、赤夜もまた隣に寝ころぶ。

「碧、この際……我々の居住区と応接間を完全に分けるとしようか……」

「まさか、引っ越すとか言いませんよね!?」

「ここはそのまま残すが、新居兼新社屋を建てようと思うんだ。というか……骨組みは出来ているというか……」

「社長!そんな大事なこと、僕にも桜くんにも言わずに進めてたんですか!?」

「言ったら断られるかと思ってさ。言えなかったんだよ」

「せめて相談とかできますよね!?」

 緋翠にそう言われ、赤夜は照れているような表情で「私から二人へのサプライズだったんだよ」と呟いた。

「社長……ありがたく受け取ります。そのサプライズ。だから、桜くんが帰ってきたときに、そこで新しい日を過ごせるように、しっかりと、そしてちゃちゃっと建てましょう!ね!」

 緋翠は笑顔だった。そんな彼を見て、赤夜もまた笑顔を見せる。

「お前は本当に……」

 彼はその言葉の先を口にはしなかった。しなくとも、緋翠には分かっているだろう。

 そして、翌日。

「碧、これを見てくれるか?」

 赤夜が机の上に広げたのは、新居兼新社屋の設計図だった。

「これ……」

「ああ。ここが応接間だ。メインとなる場所だから広く取ってある。そして、顧客情報や見られてはいけない資料などはこの書斎にしまっておくことが出来る。中には大きいキャビネットを置く予定しているんだ。ここはキッチン、お客様のもてなしはもちろん、我々もここで食事を作って食べられるようにしようと思ってる。食事はできるだけ一緒に摂りたいからね。そしてここは……」

 赤夜は指さし、止まった。

 彼の指の先には約七畳の“桜の部屋”がある。

「ここは……」

「桜くんの部屋、ですよね?七畳って今より少し広いですけど……」

「うん……」

 彼の目は潤んでいた。

「社長、桜くんなら大丈夫ですよ。必ず帰ってきますから。だから、待ってましょう?絶対大丈夫……」

 そう話す緋翠。まるで、自らを落ち着けるような言い方だった。



〈桜……傷は癒えてきましたか?〉

 優しい声が聞こえる。

「だれ……?」

〈我はイザナギ……〉

「いざなぎ……?」

 桜は目を開ける。辺りは真っ暗で何も見えない。

「ここどこ……」

 少しずつ目が暗闇に慣れ始める。

 暗闇の中にうっすらと浮かびあがったのは、水の中に沈む自らの体だった。

「え……」

 不思議だ。息ができる。目を開いても沁みることがない。けれど体は動かせない。

 もがいても動けない。まるで何かに縛られているように……。

〈今はまだ動けませんよ。あなたの体は動かせる状態でないですから〉

「俺は戻らないと……社長や緋翠さんが待ってくれてるはずなんだ」

〈仮にそうでも、あなたはあちらへ行けるほどの体力はないですよ?今無理して戻ろうとすれば、確実にこちらの住人になります〉

「けど……」

 どこからか聞こえる声は、まだ続ける。

〈慌てなくとも、彼らはずっと待っておられますよ〉

 そんな声と同時に、暗闇に光が差した。

 地震の被害に遭った社屋の片づけをしている二人の姿。

「……無事だった……」

〈あなたが地震を止めたからですよ〉

 その言葉に口元を緩ませ、桜は再び眠りについた―――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る