Episode3

 大きな揺れが襲う。そう覚悟して身構えた。

 けれど揺れは襲うことはなく、鎮まった―――。

「え……地震は……?」

「来なかったの……?」

 人々はあっけにとられ、その場から動けずにいた。

「社長……まさかこれ……」

「桜だ……成功したんだ……!あの子……地震を止めたんだ……!」

 赤夜の目には、たちまち涙が浮かんだ。

 それにつられるように、緋翠もまた涙を浮かべ、彼の肩に手を置いた。

「社長、桜くんを迎えに行きましょうよ!きっと僕たちを待っています。でしょ?」

 赤夜はうなずき、向坂の元へと急ぐ。

「向坂さん、もうここから出て大丈夫です。私の弟子が……大地震を止めましたから」

 彼はそう言った。だが、向坂らは「は……?いったいどういう……」と頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 それもそうだ。特殊な力を持つ青年が、大地震を抑えたなど理解できる人はいないだろう。

 自衛隊員らは無線で通信し、一斉にシェルターの扉を開けた。

 暖かでまぶしい自然光が、シェルター内に差し込む。

「町も変わってない」

「地震も来なかった……」

「嬉しいけど、なんで……?」

 一歩、また一歩と外に出始める人々。皆が、口々にそう話す。

「社長、桜くんのは戻ってますか?」

「……いや……まだだ……戻ってない……」

「え……!?なんで……成功したはずなのに……」

「とりあえず、インビジブルに帰ろう。もしかしたら戻ってくるかもしれない」

 二人は事務所へと足を進めた。

 その間、何かを話すでもなく、ただ黙って歩き続ける。

 自分たちの町へ帰ってきた二人。

「やっぱりこの周辺が一番被害を受けているんだ……」

 地区が異なるだけで、急に瓦礫が見えてきた。

「さっきのシェルターは県境だからね……あの辺とここでは、かなり距離もある。被害程度が異なるのも理解はできる……」

 赤夜はそう言った。

「社長、桜くんのは……」

 首を横に振る彼。大きな体は、小さく見えた。



 冥界。

 桜は暗闇に横たわり、未だ動かない。

〈桜、聞こえますか?〉

 ツクヨミは暗闇に現れ、声を掛ける。

 だが、返事はない。

〈死んでしまったのですか……?〉

 ぴくともしない桜に、ツクヨミはすぐ駆け寄った。

 自分には実体がない。もし、彼に何かあっても蘇生術を施す術は持たない。

〈桜、ここに戻ってきてください……〉

 声に反応しない桜。

〈“汝、生命を持つ者……今、ここに還らん……”〉

 彼はそう言うと、そっと桜に口づけした。



「碧……桜は……桜のが感じられないんだ……もしかしたらあの子は……」

「社長、僕……異界へ行きます。桜くんを連れ戻しに……許可をください」

 緋翠は頭を下げる。

 だが、赤夜は口を開かなかった。いや、開けなかった。

「もし、碧を異界へ行かせたら……そこで何かあったら私はきっと後悔する。大切な、我が子同然の君たち二人を失ったのかと、一生かけて後悔することになる……私は失いたくはないんだ……大切な人をこれ以上……」

「社長の言いたいことも、思っていることも、全部分かってるつもりです。でも、桜くんを連れ戻せなかったら、僕は……後悔します。だから……」

 二人はどちらも譲れなかった。

 その時———、懐かしいような、知っているような気配を感じた二人。

「これ……!」

 辺りを見回す。

 強い光が目の前に降り注ぐ。

「桜くん……?」

 緋翠がそう口にした。

 光が静まっていく室内。静寂と共に現れたのは、実体を持たず、光の輪郭のみのツクヨミだった。

「ツクヨミ……桜は……?」

〈地震を抑えることには成功しました〉

「それは……分かってる。桜は……?あの子はどこにいる?」

〈冥界に……今も……〉

「早く帰って来いって伝えてくれないか?」

「桜くんを待ってるんだ。成功したんなら、帰ってきてって伝えて?」

〈伝えたいのは、我も同じです〉

「どういう意味だ……」

〈大地震のエネルギーは凄まじいものでした。それを、彼は両手で受け止めた……。この地に降り注ぐエネルギーを、彼は全て受け止めたのです……その代償に、彼は……〉

 ツクヨミは話すのを止めた。

「彼は……なに?ツクヨミ、桜くんは……生きてるよね……?」

 緋翠の問いかけに答えないツクヨミ。

〈生きてはいます。ですが……あれは生きていると呼べる状態なのかは……我には理解できません……〉

「桜はどうなってるんだ……?」

〈閉じ込められているのです〉

「どこに?」

〈今しがた言ったではないですか。冥界ですよ〉

「冥界に閉じ込められるって……どういうこと?」

〈冥界の……いえ、黄泉の国に囚われているのです。あの大地震のエネルギーを彼は受け止めた。ですが、彼だけの力ではなかった〉

「桜だけの力じゃない……?それって……」

〈彼は、を借りたのですよ〉

「まさか……」

〈ご明察。そのまさかですよ。彼は、イザナミとイザナギ……我の両親の力を借りた。黄泉に残ることを条件に……ですから、今は……彼らのところにいますよ〉

 ツクヨミはそう言う。

 イザナミとイザナギ、二人の神はこの国を生んだことでも有名な二人。そんな彼らに物を頼み、その見返りとして帰れなくなるなんて……。赤夜はやはり後悔の念に押しつぶされそうだった。

「私が彼を招かなければ……こうなることはなかったな……桜は、今もどこかで普通の人間として、生きていたかもしれないのに」

〈彼は死んではいませんよ〉

「あそこから帰ってこれないなど、死んだも同然ではないか……もし、彼が黄泉の国のものを口にすれば……それはなおさらだ……」

 その場に崩れ落ちる赤夜。

 そんな彼に寄り添う緋翠。ツクヨミは二人を見ていた。 

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