Episode3
大きな揺れが襲う。そう覚悟して身構えた。
けれど揺れは襲うことはなく、鎮まった―――。
「え……地震は……?」
「来なかったの……?」
人々はあっけにとられ、その場から動けずにいた。
「社長……まさかこれ……」
「桜だ……成功したんだ……!あの子……地震を止めたんだ……!」
赤夜の目には、たちまち涙が浮かんだ。
それにつられるように、緋翠もまた涙を浮かべ、彼の肩に手を置いた。
「社長、桜くんを迎えに行きましょうよ!きっと僕たちを待っています。でしょ?」
赤夜はうなずき、向坂の元へと急ぐ。
「向坂さん、もうここから出て大丈夫です。私の弟子が……大地震を止めましたから」
彼はそう言った。だが、向坂らは「は……?いったいどういう……」と頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
それもそうだ。特殊な力を持つ青年が、大地震を抑えたなど理解できる人はいないだろう。
自衛隊員らは無線で通信し、一斉にシェルターの扉を開けた。
暖かでまぶしい自然光が、シェルター内に差し込む。
「町も変わってない」
「地震も来なかった……」
「嬉しいけど、なんで……?」
一歩、また一歩と外に出始める人々。皆が、口々にそう話す。
「社長、桜くんの気は戻ってますか?」
「……いや……まだだ……戻ってない……」
「え……!?なんで……成功したはずなのに……」
「とりあえず、インビジブルに帰ろう。もしかしたら戻ってくるかもしれない」
二人は事務所へと足を進めた。
その間、何かを話すでもなく、ただ黙って歩き続ける。
自分たちの町へ帰ってきた二人。
「やっぱりこの周辺が一番被害を受けているんだ……」
地区が異なるだけで、急に瓦礫が見えてきた。
「さっきのシェルターは県境だからね……あの辺とここでは、かなり距離もある。被害程度が異なるのも理解はできる……」
赤夜はそう言った。
「社長、桜くんの気は……」
首を横に振る彼。大きな体は、小さく見えた。
*
冥界。
桜は暗闇に横たわり、未だ動かない。
〈桜、聞こえますか?〉
ツクヨミは暗闇に現れ、声を掛ける。
だが、返事はない。
〈死んでしまったのですか……?〉
ぴくともしない桜に、ツクヨミはすぐ駆け寄った。
自分には実体がない。もし、彼に何かあっても蘇生術を施す術は持たない。
〈桜、ここに戻ってきてください……〉
声に反応しない桜。
〈“汝、生命を持つ者……今、ここに還らん……”〉
彼はそう言うと、そっと桜に口づけした。
*
「碧……桜は……桜の気が感じられないんだ……もしかしたらあの子は……」
「社長、僕……異界へ行きます。桜くんを連れ戻しに……許可をください」
緋翠は頭を下げる。
だが、赤夜は口を開かなかった。いや、開けなかった。
「もし、碧を異界へ行かせたら……そこで何かあったら私はきっと後悔する。大切な、我が子同然の君たち二人を失ったのかと、一生かけて後悔することになる……私は失いたくはないんだ……大切な人をこれ以上……」
「社長の言いたいことも、思っていることも、全部分かってるつもりです。でも、桜くんを連れ戻せなかったら、僕は……後悔します。だから……」
二人はどちらも譲れなかった。
その時———、懐かしいような、知っているような気配を感じた二人。
「これ……!」
辺りを見回す。
強い光が目の前に降り注ぐ。
「桜くん……?」
緋翠がそう口にした。
光が静まっていく室内。静寂と共に現れたのは、実体を持たず、光の輪郭のみのツクヨミだった。
「ツクヨミ……桜は……?」
〈地震を抑えることには成功しました〉
「それは……分かってる。桜は……?あの子はどこにいる?」
〈冥界に……今も……〉
「早く帰って来いって伝えてくれないか?」
「桜くんを待ってるんだ。成功したんなら、帰ってきてって伝えて?」
〈伝えたいのは、我も同じです〉
「どういう意味だ……」
〈大地震のエネルギーは凄まじいものでした。それを、彼は両手で受け止めた……。この地に降り注ぐエネルギーを、彼は全て受け止めたのです……その代償に、彼は……〉
ツクヨミは話すのを止めた。
「彼は……なに?ツクヨミ、桜くんは……生きてるよね……?」
緋翠の問いかけに答えないツクヨミ。
〈生きてはいます。ですが……あれは生きていると呼べる状態なのかは……我には理解できません……〉
「桜はどうなってるんだ……?」
〈閉じ込められているのです〉
「どこに?」
〈今しがた言ったではないですか。冥界ですよ〉
「冥界に閉じ込められるって……どういうこと?」
〈冥界の……いえ、黄泉の国に囚われているのです。あの大地震のエネルギーを彼は受け止めた。ですが、彼だけの力ではなかった〉
「桜だけの力じゃない……?それって……」
〈彼は、黄泉の住人の力を借りたのですよ〉
「まさか……」
〈ご明察。そのまさかですよ。彼は、イザナミとイザナギ……我の両親の力を借りた。黄泉に残ることを条件に……ですから、今は……彼らのところにいますよ〉
ツクヨミはそう言う。
イザナミとイザナギ、二人の神はこの国を生んだことでも有名な二人。そんな彼らに物を頼み、その見返りとして帰れなくなるなんて……。赤夜はやはり後悔の念に押しつぶされそうだった。
「私が彼を招かなければ……こうなることはなかったな……桜は、今もどこかで普通の人間として、生きていたかもしれないのに」
〈彼は死んではいませんよ〉
「あそこから帰ってこれないなど、死んだも同然ではないか……もし、彼が黄泉の国のものを口にすれば……それはなおさらだ……」
その場に崩れ落ちる赤夜。
そんな彼に寄り添う緋翠。ツクヨミは二人を見ていた。
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