Episode2
「社長!こっちは終わりました!」
「私のところももう終わる!」
二人は自衛隊、消防、警察と協力しながら住民の避難を進めていた。
「社長、桜くんと連絡は……」
赤夜は首を横に振った。
「赤夜さん!」
名前を呼ばれ振り向くと、自衛隊員の向坂が立っている。
「この地区はシェルターへの避難が完了しています。お二人も早く!」
「我々はシェルターへは行きません」
「なぜです!?全員の避難が約束です!お二人が入るまでは、シェルターの扉は閉じませんよ!?」
向坂はそう言う。だが、二人の決心は固かった。
「もう一人、私の大切な弟子が外にいるんだ。彼をおいて、我々だけ避難するのは私はしたくない。申し訳ないが……分かってくれますか?」
赤夜のその言葉に、向坂は心を動かされる。
「なら、その弟子の方を迎えに行きましょう!今はどちらに?」
その言葉に、緋翠も反応した。
「多分……
「社長……まさか……」
「桜が言っていた“止めるには一つしか方法がない”って言葉。あれは……異界へ行くことだった……桜の気をもう感じない……」
赤夜は膝から崩れ落ちた。
「社長!諦めてどうするんです!?桜くんが死ぬはずない……そうでしょ!?約束したじゃないですか、インビジブルで会おうって。桜くん、約束は守る男ですから大丈夫ですよ」
緋翠は震える体を必死に抑えながら、そう諭す。
だが、自分の中にも最悪なビジョンが浮かぶ。頭を振りそれを飛ばそうとするが、影のようにまとわりつく。
「向坂さん、社長を連れて中に入ります。手を貸してください!」
彼は緋翠の言葉に大きくうなずいた。
赤夜を抱え、シェルターへと向かう。
「離してくれ!桜を迎えに行く!」
「無理ですよ!異界に行った桜くんをどうやって見つけるんですか!?気を感じないってことは、冥界ですよ!?我々がそこに行くということは、死を意味する。僕たちには無理ですよ!」
大声を上げる緋翠。
「碧……私は彼に言ったんだよ。味方だからって……守るからって……。あの子だけに……こんな負担を……」
桜がいなくなったことで、赤夜は焦燥感に苛まれていた。
「社長、僕は桜くんを信じてます。必ず、戻ってきますよ。だから、今はシェルターへ行きましょう。ね?」
向坂は、赤夜を抱えるように歩く。
*
「ツクヨミ、いるか?真っ暗だ……光はないのか?」
どこを見ても暗闇の冥界。
「冥界って天国とさほど意味は変わらないよな?天国はいつも明るくて、花や木があって、水もあって、亡くなった人たちは痛みや辛さから解放されて……って嘘?真っ暗なんだけど……」
〈あえて明るくしていないだけですよ〉
「どういう意味?」
〈明るくして取り乱されては困りますから〉
「だからどういう意味?」
〈ここは冥界ですよ?
ぞっと寒気がした。
「あ……うん、意味は分かった。場所に着くまでは暗いままにして」
〈ええ。そのつもりです。今は明るくしませんよ、だってあなたの目の前には体が溶けかけた死人が立ってるんですからね。視たら卒倒しますよ〉
ツクヨミは声を明るくそう告げる。
「お前って……性格悪いだろ。だから“夜”しか任されないんだろ?」
〈人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。夜を任されるのは重要なんですから。姉さんは……アマテラスは自分と正反対の世界を任してくださった。それだけですよ〉
二人は会話を続けながら暗闇を進む。
〈あと少しで明るくしますよ。そろそろ目的地ですから〉
「ありがとう、カーナビさん」
〈かあなび……?〉
「神はカーナビを知らないってことを初めて知ったよ」
ツクヨミはそこから数メートル進んだ時、暗闇に光を灯した。
〈我が手に光を……〉
彼がそう声にすると、冥界には温かな光が広がる。
「あんたって本当に月の神なんだな」
〈お褒めのお言葉、ありがたく受け取ります〉
光と共にツクヨミが消えた。
*
「扉閉めます!扉付近から離れてください!」
向坂の声がシェルター内に響く。
避難した人々のどよめきがこだまする。
「本当に地震が来るのかな……」
「なんで?」
「だって事前避難するってことはそう言うことなんじゃ……」
「でも来るって確証はないし……」
「さっき自衛隊の人の無線が流れてるの聞こえてさ……」
シェルター内にはそんな声があちこちから聞こえてきていた。
「碧……本当に止められると思うか……」
「社長……?どうしてそんな……」
「この地震よりも大きい揺れを、桜一人で……」
普段の赤夜とは全く異なる。緋翠は不安を押し殺しながらも、笑顔だった。
「桜くんなら大丈夫ですよ。絶対やり遂げて、疲れた~って帰ってきます」
*
「ここがそのプレート上……?」
〈ええ〉
「ここに力を放出させろってこと?」
〈あなたの力が引き金となり、エネルギーは爆発します。その返ってきたエネルギーをあなたが受け止める。それだけです。あとの小さい揺れなら、地上に届くかどうかの程度ですから〉
「簡単に言うけどさ……」
〈そのために、力をコントロールする訓練を受けていたんでしょう?あの二人は地上で、あなたが成し遂げるのを待ってる。それに応えなければ……。そうでしょう?〉
ツクヨミは桜にそう言う。
「これは……俺しかできない……よし、正確な場所を指示してくれ」
桜の瞳は決意の色を表している。
〈その場所から左方向に五歩、次に上方向に三歩……そこが震源地となる場所です〉
ツクヨミに指示された場所に立つ桜。
「確かに……何かは分からないけど、波動みたいなのを感じるよ……これが、今にも噴き出しそうなエネルギーってことか……まさか、本当に冥界とプレートが近いとは思わなかったよ……」
〈冥界はどこにでも繋がっていますから〉
「成功すると思う……?」
〈しなければ沈むだけ。神の我には関係ありませんが……人間や動物は困るでしょうね〉
「嫌な言い方だな……」
〈“性格が悪い”ですから〉
タイミングを計る桜。
その体には今までよりもはるかに強大な力が溜め込まれていく。
〈一分以内に放出すれば成功率は高くなりますよ〉
あと少し……あと少しだけ……もう少し……今だ―――!!
これまでにないほどの力を、地面へと流した桜。
「……っは……はぁ……はぁ……どうだ……いけたか……?」
〈まだ分かりませんよ。成功したかどうかは、エネルギーが返ってきて初めて分かります〉
ドォォォォォォっと響く轟音。地面が波打ち、やがて大きな揺れへと変わるその瞬間、放たれたエネルギーを受ける。
「ツクヨミ、ここには黄泉の国の人間がいる……そうだよな?」
〈ええ。それがどうかしましたか?〉
「俺に力を貸してくれたりはしないかな……到底、一人で受け止められるエネルギーだとは思わないんだ。だから彼らの力を貸してもらえないかと思ってさ」
〈頼まれれば貸すでしょうね。ただし、条件は付きつけられると思いますよ〉
どんな条件が付きつけられたとしても、この作戦……下手したら死ぬ……恐怖に押しつぶされそうな自分を、必死に奮い立たせる。
「条件か……わかった。ツクヨミ、頼めるか?」
〈かしこまりました。そのように彼らに伝えます〉
ツクヨミはそう言い残し、どこかに消えていく。そしてしばらくして戻ってきた。
〈力を貸す代わりに……〉
「だと思ったよ。でも、それでいい。ありがとう……。ツクヨミ、生きてたら……また会おうな……」
〈ええ〉
「それだけかよ……」
大きく地面が沈み、膨らんだ!
「これか!」
放出されたエネルギーを両手で受け止め、自らの体を通す。
とてつもない圧迫感……押しつぶされそうな苦しさ、この世のすべての痛みを一身に受けているのではないかと疑うほどの猛烈な痛みが、体に流れる。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
ほんの数秒間のはずのエネルギー。長い時間に感じられる。
*
地震です!地震です!強い揺れに注意してください!
至る所で鳴り響く、緊急地震速報の警報音。そして、シェルター内にも警報が流れる。
「やっぱりきた!」
「うそ……ほんとに……」
人々は叫び声を上げる。
「落ち着いてください!シェルターは安全ですから!」
自衛隊、消防、警察が声を張り上げる。
「社長……」
「桜は……ダメだったのかもしれない……」
*
「うわぁぁぁぁっ!もう少し……もう少し耐えろ……!」
*
恐怖に震える市民と、桜を信じる二人。
シェルターは今にも張り裂けそうな空気が漂っていた。
緋翠の手元の携帯には、赤い画面に白い文字で表示が出ている。
【揺れ到達まで六秒……五秒……四秒……】
携帯を持つ手に力が入る。
「社長……お会いできて、本当に最高でした……」
「碧、私もだよ。桜にも伝えたかったな……。また、三人で会おう」
【揺れ到達まで三秒……二秒……一秒……】
人々の叫び声が最大になったその瞬間———。
*
「……っは……」
両手から流血し、真っ赤に腫れあがり、桜はその場に倒れた。
倒れた桜が動くことはなかった―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます