最終章
Episode1
けたたましく鳴り響くサイレン。
人々が逃げ惑う。
どこからともなく聞こえる叫び声。
燃え上がる炎。
まるで、ドラマや映画の世界だ。
それが現実に起こる。
……いや、起こった―――。
「間に合わなかった……」
桜はインビジブルの屋上で、それを目の当たりにした。
「桜くんっ!怪我はない!?」
屋上へと続く階段を駆け上がってきたのだろう。緋翠の息は上がっていた。
遅れて赤夜もたどり着く。
「桜……?」
「……間に合わなかった。抑える方法を考えている間に、まさか……」
屋上から見下ろすと、何棟かの家屋が倒れている。水道管は破裂し、水が溢れる。
「これが……その大地震なのか……?」
赤夜はそう呟く。
「いえ、これは本震ではありません。前震ですよ」
突如として聞こえる丁寧な口調。
「社長、降りてます!」
緋翠がそう叫ぶ。
「ツクヨミ……。桜は?」
「いますよ。この会話も、この者にも聞こえています」
「これが、前震だってどういうことですか!?今の地震、マグニチュードは六,五もあって最大震度は六強ですよ!?インビジブルだって、いつ倒れるか分からない……それなのに、これが前震!?」
緋翠が尋ねる。
「ええ。私は偽りは申しません。数日以内に、もしかすると数時間以内に本震が来ます。それが来れば……この国は海の底へと沈みます。それを止められるのは、この者だけ……」
ツクヨミはそう言った。
「そんな……なんとかしないと……」
「ご武運を……」
ツクヨミは帰り、桜が戻った。
「桜くん……」
「今できることをしましょう!二人は、住民の避難を優先してください!一人でも多く助けないと……」
「桜はどうするんだ……?一緒に行くよな?」
何かを察したのか、赤夜はそう彼に聞いた。
「俺は……ここに残ります。本震を止められるのは俺だけですから、それに……止めるには方法は一つしかないんです」
桜はそう言った。
「桜くん、僕も残る。だから……」
「緋翠さんには緋翠さんにしかできないことがある。俺は地震を、緋翠さんは人の命を守ってください。落ち着いたら……またみんなで、ここに集まりましょう」
桜は階段を駆け下り、どこかへと消えていった―――。
*
「手伝いますから、急ぎましょう!荷物は最小限で!」
緋翠は手伝いが必要な家庭を回っていた。
赤夜は市庁舎へ行き、市長を説得している。
「ですから、時間がないんです!今のは前震で、これから本震が起こるんですよ!」
「根拠がないのに市民を避難させて、何もなかったらどう責任を取るんです?」
「根拠はあります!だから、避難させてください!」
「なら、その根拠を出してください。じゃないと、自衛隊の要請も国への報告もできません!」
「自衛隊とか国とか、そんな悠長なこと言ってられないんです!要請も何も、本震が来たらこの国が沈むんだっ!」
赤夜と市長である郷田の攻防は続く。
「だったら、沈むという根拠、本震が起きるという根拠を提示してください!私だって混乱してるんだ。そこまで言うのなら証拠があるんでしょう!?」
「証拠、根拠……これだから役所仕事は……いいですか!?私の大切な弟子が、息子同然の青年が一人で本震を抑えるために命かけてんだっ!自分の境遇を呪いながら、使いたくもない力使って、見ず知らずの人間の命を守るために、どこかに消えてったんだぞ!?国は!何をしてるんだ!」
部屋の外にまで聞こえるほどの怒鳴り声。郷田は肩を縮めていた。
「社長!自衛隊が来てくれて、市民の避難を!それに消防と警察も来て、市立公園には救護所が!」
職員に止められながら市長室に入ってきた緋翠。手には携帯を持っていた。
「どういうことだ……一体なんでそんな」
「それが……これ……」
彼が差し出す携帯。
「もしもし……」
『赤夜玄一郎さんですね?』
「そうですが……」
『気象庁、災害対策課の大橋です。月詠桜さんからの要請で先ほどの地震を調査したところ、前震であることが判明しました。それに伴い、外部委託している地震研究所の所長に調べてもらったところ、これは極秘ですが……本震が数日以内に起こることも。よって、異例ではありますが事前避難を国に要請しました。本震が起きれば、推定ではありますが、マグニチュードは九,五、最大震度は七強を示す証拠があると。所長はこのことに気づいたあなたたちにお会いしたいと……こちらへ来られませんか?』
大橋はそう言った。
「碧……これ……」
「僕たちと離れた後に、桜くんは先に動いていたんですよ。桜くんはこうなることを見越してた……」
『いかがです?お会いできますか?』
二人の返事は決まっていた。
「これが落ち着いて、本震が止まったらお会いしましょう。その時は桜も連れて行きますから」
赤夜は電話を切り、緋翠と共に市庁舎を去った。
「気象庁が各都道府県へ地震被害予想と本震の根拠を送付すると言っていました。僕たちは市民の避難を手伝いつつ、桜くんを探しましょう!」
「ああ。異論はないよ」
*
「今さっきの震源地はこの辺りだ……」
インビジブルから約二十㎞をロードバイクで移動してきた桜。息は上がり、足は疲労で重くなっていた。
「ツクヨミ、この辺りがさっきの震源地だよな……」
誰にともなく、桜はそう話す。
「この先の山……?どこだよそれ……」
辺りを見回す。だが、そこにあるのは瓦礫と土砂だった。
「ここから西にって言われても……」
ツクヨミの言う通り、西側へと視線を移し歩みを進める。
「……あれが、山……なのか?」
目の前には今にも崩れそうなほど不安定に積み重なる土砂と樹木。そこには山の入り口であっただろう痕跡が残っていた。
「まさか、ここに入れって言うんじゃ……だよな……入るよな……。分かってるって!止めるには俺がやるしかない。分かってるよ……」
桜は足を踏み入れた。
「空気が変わった……?」
足場の悪い山を進んでいくと、
「ツクヨミ……あれ……」
足は自然とその中へ向かっていく。
「ここ……まさか……」
洞窟の中心へと歩みを進めると、小さな祠が置かれていた。まるでそれは、先の地震の影響を全く受けていないように見える。
「これが、ツクヨミの祠……?」
祠の側面には“月読命”と彫られている。
「疑って悪いんだけど……これ、本物なの?」
桜はそれに触れた。
すると、体が急に重くなり立っていられないほどに。
体から光が出たかと思えば、それはうっすらと
「これで信じましたか?」
「うん……ツクヨミってそんな感じなんだね」
「実体がないですから」
「それで……俺をここに来させた理由は?」
「この下が今朝の地震の震源地です。ここから西に繋がるプレート上で、本震が起こる……」
ツクヨミはそう言った。
「それを防ぐにはどうすれば……?」
「あなたには、この下へと行っていただきます。この下には冥界が広がってる。“プレート”とやらにも一番近いですよ」
ツクヨミは微笑んだように見えた。
「ふざけてる?」
「冥界とプレートが同じ場所にあるわけないでしょ。こんな時に冗談辞めてほしいんだけど」
「少しは気がほぐれたかと。桜、冥界に降りればすべてが視え、全てが分かる。あなたなら特に。本震が起こる震源地に先回りして、あなたが地震のエネルギーを吸収するしかないんです」
桜はしばらく考えた。
「理屈は分かった。でも……そのエネルギーを諸に受けたら……俺は死ぬよね?」
「ええ。ですが、私がついてます。答えは……どうします?」
「死ぬって分かってて、やるよって言えると思うか……?でも、ツクヨミがついてるって言うんなら……ツクヨミの力、借りていいよね?」
「ええ。あなたになら、私のすべてを……」
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