4/7日目 それぞれの思惑
キースは日が変わる直前に、奴らの指示通り魔法鳩を空に放った。
『雷凰』の在処を記して。
(ごめんなさい、ファウンテン様――)
飛び去った鳩を見送ったあと、キースは下を向いて歯を食いしばった。
夜明け前。
ミリアは屋敷の屋根の上にいた。
闇夜の中でも、訓練すれば夜目は利く。
静かに風が吹く中、最も高い位置から屋敷と別棟、庭から門の位置まで全てを見渡す。
自分が居る位置から門まで。
ルミナスフラワーまで。
別邸の入り口まで。
全ての距離を頭に入れて、イメージを重ねていく。
――もし、襲撃があった場合どう戦うか。
どこに身を隠し、どう狙撃するか。
銃を使うか、スリングショットにするか。
スリングショットは玉の重さ如何では、銃弾に近い威力を持つ。
しかし連射が効かない上に、銃程の殺傷能力はない。
無論、スリングショットと言えども虎子ほどの怪力でゴムを引けば、恐ろしい威力になるだろう。
しかし、自分には『普通』に引くのが精一杯だ。
敵も防具無しということはないだろうから、たとえ頭部に当てても気絶させるのも難しい。
ならば、今回必要なのは、おそらく『銃』になるだろう。
昨夜、虎子はこっそりと、このスリングショットがギデオンからのプレゼントであることを教えてくれた。
そしてやはり、材料は『あの銃』だった。
ミリアはギデオンを思い出すと、スリングショットを胸前で握りしめる。
彼はどうして、
このスリングショットを作るために、親友の形見の銃を溶かしてくれたのは何故なのか?
親友の銃をなぜか自分が使えるからなのか?
その答えは、考えて続けても分からなかった。
ミリアはスリングショットを持つと、夜空に向けて空撃ちする。
パシッとゴムが縮まり、跳ねる音が心地よい。
なぜ、このスリングショットはこのタイミングで自分のところに来たのか?
どうやってこの武器を活かせるのか。
ミリアは頭の中で、シミュレーションを繰り返す。
皆が気づかぬ間に戻ってきていた茂三は、早朝、再び屋敷を出た。
昨日も一日酒場に入り浸り、朝から晩までどんちゃん騒ぎをしていたらしい。
しかし、ファウンテンから素材代金として大金が入ったギルドカードを、そのまま酒場に預けて「今日の冒険者の飲食代はここから全額落としてくれ」と言ったことから、酒場側も文句を言わなかった。
更に酒場が茂三を黙認する理由がもう1つ。
茂三は新人冒険者に、色々な助言をしていた。
それぞれの武器の使い方から、体捌き、足運び、武術、回復魔法、個人的な悩みごとに至るまで、無料で彼らの相談相手になっていたのだ。
当然のことではあるが、最初は冒険者たちも疑いから入った。
しかしそれらの助言はどれも的確で、すぐに効果を示したことから、彼らは茂三のことを自然とリスペクトし始めた。
茂三はあっという間に酒場の人気者になり、冒険者たちから『シゲちゃん』の愛称で親しまれることとなった。
その日もまた、朝からギルドの酒場は大賑わいだった。
『茂三と一緒に飲んだ冒険者は、タダ飯が食える』という噂を聞きつけ、新人からベテランまでが押し寄せてきた。
今はただでさえ世界中から人が集まっている上に、茂三の大盤振る舞いで、酒場はてんてこ舞い。
ホールのスタッフも増員された。
そんな中、茂三は様々な冒険者と酒を酌み交わし、友達になった。
夕方になると、茂三は「ワシは厠に行ってくるからの。今日は夜まで好きなだけ飲めやあ!」と言ってさらに盛り上げた。
そしてその日、茂三は酒場に戻らなかった。
※ ※ ※
「間違いありません。あのシゲゾウという男は、ただの大金持ちの魔物卸問屋です」
クルスト王国領内の、スラム街の奥にある屋敷。
先程まで茂三と共に酒を飲んでいた冒険者の中の数人が、ある人物の前で跪いていた。
後ろには多くの仲間と思われる者たちも跪いている。
「ただの大金持ちで、その職が希少な魔物卸問屋ということだが、どこに『ただの』が相応しいのか俺には解らんぞ」
そう答えたのは、ワール・ピッギー大臣の部屋でワインを飲んでいた男。
クルスト王国商業ギルド・副ギルドマスターの『エリック・コンマン』である。
エリックは元々Aランク冒険者まで上り詰めたが、50近い年齢を理由に引退。
引退した冒険者仲間から声をかけられて商いを始めたところ、元Aランク冒険者という肩書きもあって商売は大繁盛。
あれよあれよという間に、商業ギルドの中枢に上り詰めた。
そんなある日、ある人物を経由して知り合ったガディ一家の一員から、『ボロい商売』を持ち掛けられ、成功。
更に大きな富を手に入れ、自然とガディ一家の仲間入りを果たした。
多額の上納金の代わりに回ってくる更に大きなボロイ商売は、エリックを始め、ガディ一家の大きな活動資金となった。
『エリックに逆らう者はこのクルストでは商売ができない』と陰で噂が立つほどに、エリックはその地位を確立していた。
エリックはスラム街の巨大な屋敷を偽名で購入し、ガディ一家クルスト支部の集会所としていた。
先日の馬車襲撃事件も、エリックのパイプにより集めた男達である。
巨大な椅子に腰かけ、一段高い位置で足を組み、見下ろすエリック。
その眼力はAランク冒険者としての気迫を失っていない。
「シゲゾウ・キリュウインの『腕』の方はどうだ?」
「はい。酒場での高齢者同士の喧嘩騒ぎを見ましたが、まるで子供の喧嘩でした。むしろ、妻であるトラコ・キリュウインの方はかなりの怪力の持ち主のようで、ジジイの一人を床に叩き込みました」
「ほう。他には?」
「先ほど、妹を人質に取り脅迫しているキースから来た報告では、『雷凰』の所在が判ったようです」
「何⁉」
部下の報告に思わず立ち上がるエリック。
「でかしたぞ! 続けろ!」
「はい。キースの報告によれば、雷凰の所在は屋敷の玄関を入って見える中央階段、その家紋の奥だそうです。ただ、魔法扉になっており、ファウンテンしかその扉を開くことができない。『雷凰』もこの目で見たとあります。実際、盗聴でもそのように聞こえていましたので、間違いないかと」
部下の男はそれだけ言うと、再び頭を下げた。
「ククク。流石はキース。できる執事だな。この件が終わり、ファウンテンとセバスが死んだ後は、この俺が買い取って生涯奴隷として使ってやろう。理由はどうあれ、奴は『国家反逆罪』に手を貸しているのだからな」
そして男の高笑いが屋敷中に響いた。
「クルスト中の『兵』をここに集めろ。計画実行は明後日。花火の上がる時刻だ。あの豚貴族にもそう伝えておけ」
「ハッ!」
兵の一人が立ち上がり、部屋を出る。
その手には『迷彩マント』が握られていた。
ガディ一家は魔導具で姿を消して、この場所に集まっていたのである。
エリックは別の者を見て言った。
「それから地下牢の娘に伝えておけ。『お前がこの件の後も俺の言う事を聞きさえすれば、引き続き兄の命だけは助けてやる』とな。ガキにはそれだけで十分だ」
男の口元には悪意があり、金と欲に支配された醜さに満ちていた。
部下は胸の前に手を当て、傅く。
「かしこまりました。仰せのままに」
次の更新予定
2024年12月25日 22:22
百寿超えたら異世界行脚! 花菱 泰里 @hanabishisou
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