3/7日目 死守すべき場所

 ミリアは午前中、サファイア騎士団と訓練に励んでいた。

 

 ミリアは騎士団との訓練課程で、自分の弱点を忌憚なき意見を以て知りたいと願い出た。

 その思いに応えるべく、サファイア騎士団は代わるがわるミリアと実戦形式で修業に励む。

 

 その過程で、銃の『音』も問題点の1つではないか? という意見が出た。

 ミリアの実弾銃、しかも『マグナム型』にはサイレンサー消音器がない。

 弓がこの世界でとされる理由もそこにある。

 火薬の破裂音はどうにしても目立つ。

 ましてや雪山で爆音を立てようものなら、雪崩を引き起こす可能性もある。

 

 その他、超遠距離からの狙撃ならともかく、一発で仕留められない場合、標的ターゲットに気付かれることがある。

 もし近くに近接戦闘の得意な敵がいたら、それこそ危険だ。

 ミリアの身体能力は高く、ナイフで接近戦もそこそこ戦えるが、相手が武闘家や剣士では劣勢にならざるを得ない。

 銃が使えないとなった場合、ミリアの戦闘力ではAランクの猛者相手に接近戦は危険だった。

 

 無論、それはどのスナイパーでも同じことだが、今回予想される敵がである以上、そこは考えておかねばならなかった。

 今まで目を背けていた現実が、一流の騎士団を相手に突きつけられる。

 ミリアの悩みは時間が経つことに増していくようだった。

 

 

「ミリア、居るかい?」

 昼飯前、虎子は意気揚々と訓練場のドアを開けた。

 まるで下町のオッサンが知り合いの家のドアを開けるような感じであったが、そこは誰も気にしなかった。

 

 虎子に対し、兵士が一斉に敬礼する。

 虎子はサンドバッグ型次元収納袋を床に下ろすと、ミリアを見つけて手招きした。

 口の周りには、ソースやケチャップ、その他いろいろ食べた後が伺える。


「お婆ちゃん? どうしたの? 訓練場に来るなんて珍しいね」

 ミリアは虎子に駆け寄ると、口周りが汚れているのに気付き、自身のハンカチでそっと拭った。

 嬉しそうに目を細める虎子は、ミリアの頭を優しく撫で「すまないね」と伝える。

 ミリアも嬉しそうに目を細めた。


「そうそう。今日、街でこんな物をもらってねえ。アンタにあげようと思って持ってきたのさ」

 そう言って取り出したのはギデオン謹製『魔改造』済み、例の『スリングショット』だった。

「これ……スリングショット?」

 この世界でも、実はスリングショットは珍しくない。

 冒険者でもない青少年や、金のない一部の冒険者が、鳥類向けの狩猟道具として使うくらいではあるが。

 

「アタシの故郷じゃこいつは『パチンコ』って呼んでるけどねぇ。ほら、玉もこんなにあるんだ」

 そう言って子供の頭ぐらいの袋を、三つ取り出す。

 中を開けると、15mm前後の球が、『軽い金属』、『少し重い金属』、『非常に重い金属』の三種に分けて入っていた。

 兵士たちも興味深そうに集まってくる。


 ミリアはスリングショットを手に取る。

 心地よい重量感、そして見覚えのあるグリップに目を見開いた。

(これは――‼)

 瞳を閉じ、胸の前でギュッと抱きしめる。

 そしてゆっくりと目を開いて、やさしく微笑んだ。

 

 その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「ありがとうお婆ちゃん。とっても嬉しい。にも感謝しなきゃだね」

 ミリアは微笑みながら、グリップを握る。

 自分の手にぴったりのサイズ感、そして本体に刻まれた『J・Ⅽ・G』の文字。

 ミリアはこのスリングショットを知っていた。

 そう、これはきっと『あの銃』だと。

 

 

 団長フェネルは、ミリアのスリングショットをまじまじと眺めると言った。

「これなら、音はしないんじゃ?」

 ミリアは「確かに!」と立ち上がる。

「金属玉なら後で回収もできますし!」

 と喜んだ。

 ――何か話がズレてるような? と団員の誰もが思ったが、敢えて口にはしなかった。


「あ、でも……」

 ミリアは少し困ったように虎子に言った。

「これ、お婆ちゃんが使った方がいいんじゃない? お婆ちゃん攻撃魔法とか使えないし……」

 そう言って、おずおずとスリングショットを渡そうとする。

 しかし虎子は、掌でそれを押し返した。

「アタシには要らないさ」

 そう言って、縦拳で強く握った親指を勢いよく弾く。

 次の瞬間、訓練場の天井に大穴が開いた。

 

 パラパラと崩れ落ちる破片。

 虎子が空けた穴からは、太陽の木漏れ日が差し込んでいた。

 団員は大きな口を開けて、皆一様にその思考を止めた。


 

『指弾』。

 通常指で何かを銃弾のように弾き出す技である。

 時に、地球でもこのように空気を弾くだけで、強力な武器にする者たちがいた。

 虎子もその一人。

 もしこれが鉄球を弾き出していたら、どんな恐ろしい武器と化すのか想像もつかなかった。


「な? 要らないだろう?」

 その言葉を否定できるものは、その場に誰一人いなかった。


 

 訓練場での爆発は、屋敷内で執務にあたっていたキースには驚きの出来事であった。

 爆発と同時に屋敷が少し揺れた。

 魔力結界が張られたあの場所を、魔法で破壊することなどできないはずだ。

 もし破壊できるとしたら『物理攻撃』という事になるのだが、騎士団の中にはである強固な訓練場を、わざわざ攻撃する者などいないからだ。

 

 かといって、この騎士団がうろつく屋敷の中を、真昼間からガディ一家が襲撃するとは思えない。

(まさか――⁉)

 キースの脳裏にはガディ一家以外の『第三の勢力』という言葉が浮かび上がり、不安を胸に訓練場の真上まで全力で駆け抜けた。


 

「こ、これは一体!?」

 キースは目の前の状況を『信じられない』という表情で動きを止める。

 

 整えられた庭に、大穴が空いている。

 穴の奥、十数メートル下の訓練場にはセバスが居り、騎士団から事情を聴取していた。

 こんな穴は騎士団の誰かか、彼らに匹敵する強さを持つ者がスキルを繰り出さなければ空きようがない。

 

 キースが穴の淵に立つと、セバスは下りてくるようキースに指示を出す。

 キースは穴から飛び込み、浮遊魔法で瓦礫の上に静かに着地した。

 

 セバスの横にキースが立つと、セバスはミリアを見て言った。

「今の爆発は、の持っていた魔導具の暴発だったようです。それを無作為に虎子様が触ったところエネルギーが暴発。結果、この様な事態になったようです。まあ、大切なお客様にお怪我が無くて幸いでした」


 ふう、と一息つくとセバスは騎士団に言った。

「土魔法を使える皆さん、早急にこの天井の修復をお願いしますね。それから虎子様、今回は幸い天井の上は庭でしたので良かったですが、屋敷の下ですとファウンテン様や使用人たちにけが人が出る場合もございます。今後はご注意くださいませ」

 そう言ってセバスは軽く跳躍すると、手を後ろに組んだまま天井を飛び越え外まで出た。


「キース、あなたも速く来なさい。執務に戻りますよ」

 何事も無かったかのようにセバスは歩き出す。

「ちょ、ちょっと待ってください。私は浮遊魔法は使えますが、飛翔魔法は使えませんので回って上がります」

「やれやれ……執事たる者、この程度の高さくらい跳べなくてどうしますか。修行不足ですねえ」

 そう言うとセバスは行ってしまった。キースは慌てて後を追う。

 

 騎士団はセバスの思わぬ身軽さに驚き、「執事ってあんなに跳ぶモノなのか?」とどよめきが起こった。


 

 夕食後、茂三を除く面々が、ファウンテンによってロビーに集められた。

 玄関には鍵が掛けられ、人払いが行われた後、ファウンテン一家の三人、執事とメイドの五人、虎子とミリアが居た。


 玄関を入ってまっすぐ進むと、屋敷の二階へ続く左右に分岐した中央階段に辿り着く。

 左右の階段の中央には、ファウンテン一族の家紋が大きく彫られていた。

 

 ファウンテンは家紋の前に立ち、階段下に集まる面々に言った。


「今日、皆に集まってもらったのは他でもない。数日後行われるライアル様の成人の儀において、献上する予定の刀を、皆に見せる為である」

 その言葉にメイド三人、そしてキースとミリアに緊張が走った。

 キースは無言で胸のペンダントに視線をやり、軽く握りしめる。

 

 セバスはファウンテンの横に立つと皆の方に視線を向ける。

「皆さん、いえ執事とメイド達は知っておりますが、この家紋の奥は『隠し金庫』となっております。金庫はファウンテン様にしか開けることができず、入る事もファウンテン様なしには不可能です」

 そう言ってセバスはファウンテンに目配せすると、主人ファウンテンは静かに頷いた。

 セバスは言葉を続ける。

「皆さん、ご存知のようにファウンテン様は現在、『成人の儀』に備えて当屋敷で『雷凰』を保管しておられます。しかし、賊がその雷凰を奪おうと躍起になっており、事実、ヘルメイズでは襲撃されました」

 

 キースはファウンテンの言葉に耳を傾け、息をのんだ。

 そして、心の中で「言うな!」と叫ぶ。

 しかしセバスの言葉は、キースの望みを正面から砕いた。

「今回、皆様にこの場をお見せするのは、この奥に雷凰が保管されており、賊が襲撃してきた場合は、この場所を『死守』することが第一条件であることを知っていただくためです」

 そう言ってセバスが後ろに退くと、ファウンテンは家紋に自分の手を置いた。

 魔力に反応した魔法鍵が外れ、家紋の壁は音をたてて開いた。

 キースも初めて見る隠し通路。

 階段となってさらに奥、地下へと続いている。

 キースは思わず、ごくりと息をのんだ。


「皆さま、奥へどうぞ」

 セバスに促され、ファウンテンに続いて進む。

 一分ほど下った先に、それはあった。


 結界に囲まれた特殊なガラスのケースに入れられ、鞘に納められたまま安置される名工・エストの刀――『雷凰』。


「これ以上は進まないことをお勧めします」

 そう言ってセバスが雷凰の近くに歩み寄ると、『パシッ!』という音と共に稲光がセバスをけん制した。

 

『雷凰』は雷の魔力を帯びた刀で、使い手を選ぶ。

 相応しくない者が触ろうとすれば、雷撃をもって威嚇する。

 そのため、輸送にも『魔封箱』が必要だった。

 

 多くの者が雷凰を手に入れようとしたが、その特性上、これまで扱える者はいなかった。

 それでも、コレクションとしての価値は高く、その価値は計り知れない。


 キースは刀から放たれる雷の魔力に、息を飲む。

 自身には雷属性の魔力はない。

 迂闊に触ろうものなら、刀に焼かれてしまうかもしれない。

 

 そもそもこの場所に、一人で入るのは不可能。

 鍵は、ファウンテン侯爵と、その血と魔力を引くアリアだけだ。


 最後にセバスは言った。


「皆さま、万が一襲撃があった場合、何としてもこの場所だけは死守してください。話は以上になります」

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る