3/7日目 白馬の王子様

 茂三は気が付くと屋敷の中にいた。

 どうやって帰ったのか、全く覚えていない。

 

 鏡で見た全身は痣だらけで腫れ上がり、顔の形は変わってしまっていた。

 正確に言えば、虎子に襲われた前後の記憶がない。

 

 ただ、いつの間にか服を着たまま大浴場に立っていたので、そのまま服を脱いで湯浴みし、大きな湯船に身を沈めた。

 全身にじわっと広がるあの感覚は、温泉になじみのある日本人で良かったと思う瞬間だ。

 湯が傷口にも浸みたのだが、それはそれで茂三の好きな感覚でもある。

 

 ここで茂三は、秘術『若返りの気功』を使う。

 茂三の体を淡く光が包むと、茂三の身長は150㎝から180cm近い長身に。

 腰まで届く艶やかな黒髪が、美しい顔立ちの引き立て役となっていた。

 それは霊界で虎子と再会した時の『あの姿』である。

 

 かつて地球の王侯貴族の間で、その美貌を取り合ったと噂される伝説の漢。

 女たちに夢を見せる男、通称『ユニコーンのシゲ』。

 

 今回はこの大浴場を思い切り堪能しようと、そう呼ばれた若い頃の姿に戻ったのである。

 

 若い頃の声に戻った茂三は鼻歌を歌いながら、頭にタオルを載せて顎下まで沈む。

 しばらく浸かったあと、(さて、そろそろ出ようか)と立ち上がった。

 

 だが、これが思わぬ形で裏目となった。

 

「誰だっ!」

 ポウラの大声と同時に、風呂場のドアが大きく開かれる。


 そして女は見てしまった。

 これまで見てきた男の中で、『最も美しい男』を。

 彫刻のように無駄がなく、それでいて鍛え上げられた美しい筋肉。

 端正な顔立ちに腰まで届きそうな美しい黒髪。

 そして、女子としては見慣れぬ巨大な剣まで。

 

 ただの男であれば、として瞬殺されていたであろう。

 しかし、世の中にはそれを軽々と超えていくが存在する。


 『ただし、イケメンを除くイケメンに限る』である。

 

「お……お……!」

 『大人しくしろ!』という一言が出てこない。

 警戒心なく、仁王立ちで立つ茂三のを見て、ポウラは思わず赤面してしまった。

 原因は、何よりもその『美貌』だ。

 ポウラのハートは、漢の視線に完全に撃ち抜かれてしまった。


「ん……?」

 湯気の向こう、背に光を受ける女子の顔を確認しようと、茂三が少し目を細める。

 それがポウラには、鋭い『肉食系の王子様』の視線のように感じてしまう。


 これまで数多の男達を見てきたポウラも、ユニコーン相手では思わず硬直してしまった。

 武闘家女子であるが故に、無意識に相手の強さをその体が感じ取っていたのかもしれない。

 さらに男から警戒心も殺気も放たれないことが、ポウラの脳を混乱させた。


 「え……あ……あ?」

 『捕まえないといけない』そう思っているのに、体から力が抜け、それを拒否する。

 

 茂三は、何も考えず女を見る。

 こんな深夜の大浴場に、女が飛び込んできたのだ。しかも――。


「ポウラ?」

 名を呼んでしまったのだ。若い頃の姿のままで。


(あたいの名前を呼んだ……! あたいのことを知ってる? もしかして貴方はあたいの『白馬の王子様』……?)

 

 素っ裸で仁王立ちの漢に『白馬』が似合うかどうかは別として。


 男性経験のないポウラの胸は跳ねあがり、目をハートマークにして気絶した。


 ※ ※ ※


「ポウラ! しっかり!」

 ファミナが鼻血を出したポウラを膝に乗せ、セルンがポウラの肩を叩いて気つけする。


 揺さぶられたことでポウラは意識を取り戻すと、慌てて跳び起きた。


「ハッ⁉ 何であたいはここに?」

 まるで記憶喪失のようなことを、思わず口にするポウラ。

 そして目を見開くと、慌てて立ち上がり、大浴場の中を見渡した。


「あなた、ここで意識を失っていたのよ。大丈夫?」

「そんな……それじゃ白馬の、もといは⁉」

 自分が気絶した理由を把握できていない女子は、混乱する頭を手で抑える。

「それなんじゃが……」

 虎子に首根っこを掴まれた茂三が、遠い目をしながら申し訳なさそうに説明しようとしたところ、割って入ったのはセバスだった。


「ポウラ、あるじのお客様です」

「お客さま?」

「身長190cm前後、筋肉質で長髪の男性ですね?」

 セバスがそういうと、ポウラは静かに頷いた。

 

「その方はファウンテン家を秘密裏に助けてくださる『とある一族』の方でしてね。その存在は国家機密。皆とはなるべく接触しないよう、訪問はに伝えられていたのです。まさか大浴場で見つかるとは、私の失態でした」

「そ、そんな方だったのですか」

 セバスの言葉は当然『嘘』なのだが、ポウラはセバスの言葉を信じ、驚きを隠せなかった。


「しかも彼は、催眠術の名手でして。あまりの技量の高さに通称『ユニコーン』と呼ばれていました。目が合った瞬間、鼓動が早くなったり強く胸が打ったりしませんでしたか?」

「し、しました!」

「でしょうねぇ。それにかかってしまうと、中には失神する娘もいるそうなのです」

 そう言ったセバスの視線は、茂三に向けられる。

 全て嘘のはずなのに、恐ろしいところで正解をついてくるセバス。


「ユニコーン様は、今どこに?」

「彼はもう、この屋敷を出られました。他の者たちにも気づかれぬよう、秘密の通路からお帰りになられました」

 

 ここまで聞いて、虎子が掴んだ茂三に顔を近づける。

「で、アンタは何か見てないのかい?」

 虎子の『余計なことは言うな!』という無言の圧。

 茂三は小さくなり、心の中で謝罪しながら言った。


「ワシ……寝てたんで」


 こうして今回の件は虎子と茂三から『お騒がせ謝罪』という形で、ファウンテンに伝えられることとなった。


 

 

 夜が明け、新聞をはじめとした伝達物が届くころ、キースは屋敷の門に向かう。

 そこには赤い封蝋が押されたキース宛の手紙が挟まっていた。

 

 人目を気にしつつ、キースはその場で手紙を開ける。

 そこには『妹』の眠る写真が入れてあった。

 そして、もう一枚の紙には妹に関する脅迫文、そして最後に『雷凰の保管場所を探せ』と書いてあった。

 キースは写真を少し乱暴に胸ポケットに押し込むと、残りの手紙を魔法で燃やした。


 朝食は意外なほど静かだった。

 虎子はいつもと変わらず、黙々と朝食を食べ続けている。

 対して、いつもメイドにちょっかいをかけようとする茂三は、恐ろしく静かに食事をとっていた。

 顔は変形し、唇は腫れ上がっている。

 

 心配したアリアがファミナにこっそりと原因を聞くと、「茂三様は酔い過ぎて酒場でケンカし、虎子様が制裁されたとのことですよ」と耳打ちされた。

 

 虎子は最後の肉を食べ終えると、サンドバッグを担いで「んじゃ、ちょっと行ってくるさね」と立ち上がる。

 アリアは思わずどこへ行くのかと尋ねると、虎子は言った。


「食い倒れて来るのさ。まだ屋台の半分も回っちゃいないんだ。あと四日で食いきれるか心配だよ」

 そう言って笑うと、上機嫌で出て行った。

 

 キースはその背中を見て昨日感じた圧を思い出し、身震いした。

 

 あれから妹のことが心配なのにもかかわらず、なんの手掛かりもない。

 こちらから情報が漏れるばかりで、入ってくることが何もないのは非常に苦痛だった。

 

 ※ ※ ※

 

 虎子は街の中をうろついていた。

 『成人の儀』が近いという事もあり、街は更に多くの人出でにぎわいを見せ、高級そうな馬車が列をなして城を目指す。

 中でも一際虎子の目を引いたのが、隣国『アリナミ』王国だった。

 

 アリナミ王国。

 世界最大級の闘技場を2つ持つ、冒険者と闘技者の国である。

 冒険者を引退した戦士たちや、戦うのが好きな現役の闘技者も多く参戦する。

 ちなみにクルストの王とアリナミ王は、初代イリアス王時代からの親戚となる。

 

 その馬車の窓越しに、二十歳前と思われる金髪縦ロールの美女と、虎子は目が合った。

 二人は口の端を静かに上げ、互いに思った。

『この娘、なかなか強いねえ……!』

『このお婆様、強いですわ!』

 と。

 

 

 雑踏の中、虎子は人通りを抜けて、裏通りを進んだ。

 しばらく歩くと、表通りの賑わいが嘘のように感じるほど、静かな店の戸を開ける。

 表にはこの国の言葉で「準備中」と書かれた、居酒屋のようなプレートがかかっていた。


「大将、居るかい?」

 店の中に虎子の声が響く。

 ギデオンの店には相変わらず人気が無い。

 だが、一流の武器が並ぶこの店を、虎子は気に入っていた。

「ああ?」

 カウンターの奥の作業場から、前日と変わらぬ服、焦げた作業エプロンを身に着けた、ギデオンが姿を見せる。


 ギデオンは眠たそうにあくびをしながら、カウンター内側の椅子に腰かけた。


「おいおい、まだ昼まで大分時間があるんじゃねぇか?」

 ちらり、と時計を流し見て、カウンターにいる女に不平を漏らす。

 

 虎子は何かを感じ取ったのか、ニヤリと笑うと言った。

「ふん、アタシはせっかちなんだ。でもアンタのことだ。……できてるんだろう?」

 目を細め、肘をついて乗り出す。

 

 ギデオンも不敵に笑うと、いつものように葉巻を口にくわえる。

 そして火をつけずにニカッと笑うと、カウンター下から木箱を取り出した。

 

 長さは2メートルほど。鍵がかけてあり、それをギデオンが外す。

「確認しな」

 虎子は木箱の鍵を外し、ふたを開けると、そのまま静かに閉じた。


「アンタ、本当に天才だねぇ」

「ババアに褒められても嬉しくねぇな。じゃ、あとは頼んだぜ。落とすんじゃねえぞ」

「子供のお遣いじゃないんでね。心配無用だよ」

 そう言って店を出ようとする虎子。

 その背中を見た時、ギデオンは突然何かを思い出して呼び止めた。


「婆さん待ちな! 忘れてたんだが、こいつを持って行ってくれ」

 そう言ってカウンターに置かれたもの。

 それは『スリングショット』だった。

 見覚えのある銃のようなグリップ、そしてリストロックが付いている。


「パチンコ?」

 虎子は正式な名前を知らなかったが、存在は知っていた。

 ギデオンは本体の横に、金属玉の袋を複数置く。それぞれ中身の金属が異なっている。

「『スリングショット』だ。コイツは言わずもがな『不人気商品』でな。殺傷能力も弓より低いし、一般的にはオモチャみてぇなモンだが、こいつは俺のだ」

「いいねぇ……。話を聴こうじゃないか」

 

 虎子は再びカウンターへと戻った。


 


「じゃ、しっかりミリアに渡してやってくれよ。今のアイツには役に立つかもしれねえ」

 店の前で見送るギデオン。

 虎子は振り返ることなく片手を上げると、再び大通りに向かって歩きはじめた。


 ギデオンはその背中に一抹の不安を覚えながらも、前日から積み上げられた眠気に襲われ、店の中に戻って鍵をかけた。


 

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