3/7日目 ジジイの喧嘩

 虎子たちがファウンテンの家に来て、二日目の夜が更ける。

 

 時計の針は日付を跨ぎ、刻は深夜1時30分。

 メイドのポウラは、屋敷内の見回りに従事していた。


 この屋敷にはファウンテン親子と執事長セバス、見習のキース、そしてメイド三人娘が住んでいる。

 加えて現在は、虎子と茂三、そして孫娘のミリアの三人が滞在している。

 その他の屋敷のスタッフは、少し離れた『離れ』の屋敷に住んでおり、主人の夜食が終わると、静かに離れに戻っていく。


 つまり今夜、この屋敷にいるのはわずか11名。

 それ以外の人間がこの屋敷にいる場合、それは明らかな『侵入者』という訳だ。

 

 ちなみにこの屋敷の巡回は『交代制で』ある。

 今夜はポウラが担当している。

 

 ちなみにファミナ、セルン、ポウラの三人は、それぞれが『剣・魔法・武術』に秀でた才女である。

 無論、本業以外のジャンルであっても、そこらの冒険者には引けを取らないほどの腕前を持つ。

 セバスの実力は不明だが、部下のキースも執事学校ではかなり上位の力を持っていた。

 

 そんな武術に長けたポウラは今、大浴場の前で気配を消したまま立っていた。

 

 大浴場のお湯は魔石循環方式で、絶えず入れ替わっているため、夜中に清掃する事はない。

 むしろ、主人であるファウンテンが夜業務を終えた後、ゆっくり入れるように夜中でも湯は張ったままだ。


 しかし、ファウンテンは食後に入浴済であり、主人が入浴する間は、セバスが入り口の外で立っている。

 他の家族もまた然りだ。

 

 そしてガーネット部隊を率いる『レイク』を除くファウンテン家族には、戦闘の才はない。

 彼らなら気配で分かる。

 

 だが、今この風呂に入っているのは明らかに『男』だ。

 聞いたことのない声で、鼻歌が聞こえてくる。

 しかも少し酒臭い。

 

 キースでもセバスでもない。

 使用人が主人と同じ風呂を使う事はないからだ。

 彼らには専用の風呂が部屋についている。


 では、何者なのか?

 侵入者か? そんな奴が鼻歌歌いながら浴槽に浸かっている? ――ありえない。

 ではただの酔っぱらいがこの屋敷に間違えて入った? ――それもあり得ない。

 そんな気配があれば、屋敷へ踏み入る前に自分たちが止めるし、そもそもあの門を酔っぱらいがどうやって超えるのか。


 つまり、この奥の人間は私たちに気配を悟らせることもなく大浴場に侵入し、脱衣し、鼻歌を歌いながら余裕をぶちかませる程のの可能性がある。

 そんな人物に一人だけ心当たりがあるが、その人物は百歳超えの高齢者。こんなではない。


 どうする? セバス執事長や姉達を呼ぶか?

 否、呼んでいる間に逃げられるかもしれない。

 ならば選択肢は1つ。


 『自分が捕まえる』だ。


 ここでドアを思い切り開け放ち、『誰だ!』と叫ぶ。

 そうすれば姉達も気づいて、すぐに駆け付けるだろう。

 万が一自分が倒されても、姉やセバス様が何とかしてくれるはずだ。


 ポウラは気配を消したまま、愛用の武器であるメリケンサックを装着。

 

 そして静かに、大浴場入り口のドアに手をかけた。

 

 

 ※ ※ ※

 時は少し遡り――。

 

「ったくアンタ、バケモンだな」

 黒ずくめの男・ガンは地面にうつ伏せに叩きつけられ、十手の紐で両腕を拘束、首元を押さえつけられていた。

 その顔面は血で赤く染まり、四肢の関節は靭帯を斬られ、身動きを取ることができなかった。


「ほっほっほっ。おぬしも強かったぞい。久々に気持ちが燃えたわい。ワシに防御させた男は30年ぶりじゃよ」

「そいつは褒めてもらってるのかい? それとも冥土の土産か?」

 茂三の言葉にガンは苦笑いする。

 

 茂三は十手の拘束を外すと、抑え込んでいたガンの背中から降りた。

「どういうつもりだ? 俺を殺さないのか?」

「ほっほっほっ。そんなことをしたら、欲しい情報が手に入らんじゃろ?」

「あ? 3サイズっての本気だったのか?」

「まぁ、それも欲しくないわけじゃないが……、それよりもっと聞きたいことがあるんじゃ」

「OK。だが情報は1つだけだぜ。2回目からは有料だ」

「ケチじゃのう」

「諜報部の情報は、時に命より重いんでね。で、なんだ?」

 ガンは茂三に最初から殺意が無かったことを悟り、苦笑しながら言った。

「じゃぁ教えてもらおうかの」


 茂三はガンにをした。

 

 

 その後、茂三とガンは意気投合して、冒険者ギルドの酒場で飲みまくった。

 機嫌がよくなった茂三は、その場にいた冒険者たちに大盤振る舞い。

 「飯の支払いは全部ワシに任せろ!」と言い出したのだ。

 

 更に「新人冒険者にはいつでもおごってやるから、ワシに言ってこい!」とのたまう。

 その言葉に酒場は異常な盛り上がりを見せた。

 茂三は酔っ払い、空いたテーブルの上で、ふんどし姿で踊り出した。


「ったくお前さん、何者だよ。イカレてるぜ」

 あっという間に冒険者たちと仲良くなり、心を掴んだ茂三に、ガンは笑顔で嫉妬の目を向ける。

 

 そして、静かに自身の両手両足に意識を向けた。

 先程まで身動きが取れぬほど、バッサリと斬られた靭帯は、もう痛みの一つもない。

 非常に高い武力と、恐ろしく高い回復魔法の融合。

 これほどまでのレベルにはお目にかかったことがない。

 

「ガハハハ! ガンちゃんもしっかり飲まんとな!」

 そう言ってジョッキにワインを流し込む。

 まだ少し麦酒が入っていた器からは、麦酒の苦い匂いとワインの甘い匂いが入り混じって、混沌カオスな香りが漂ってくる。

 ガンはジョッキを見て顔を引き攣らせた。

 

「で、お前さん何モンだ? ファウンテン公の恩人で、あのミリアって子の祖父で、バケモンみたいに強いってのは知ってるんだが」

 あきれ顔で酒臭い息をフゥと吐きだすと、麦酒ワインを煽った。

 ガンがジョッキを空にし、ドンとテーブルに置くと、茂三は笑って言った。

「ワシか? ワシは正義の味方で、ヌシの親友ダチよ」

 その言葉に一瞬ガンは拍子抜けし、そして少しはにかむ。

「だ……親友ダチ? そんな恥ずかしい台詞よく平気で言えるな」

 友達が少なかったのかどうかは分からないが、ガンは恥ずかしそうにそっぽを向く。

 その頬は酒のせいか照れなのか、赤く染まっていた。

 

「ほっほっほっ。ワシの生まれ故郷の有名な言葉でな、『昨日の強敵てきは今日の親友とも』という言葉があるんじゃよ。おヌシとワシは命をかけてうた仲。これはもう、親友以外の何者でもない」

 真顔で、それでいて楽しそうに、茂三はハッキリと断言した。

「フン。ぬかせ」

 ここまで言われると少し気恥しかったが、ガンも悪い気はしなかった。

 

「ところでガンちゃん、もう一つ聞いてもええかの?」

「あ? 何だよ」

 茂三の質問に、ガンは右手を開いて何かを要求する仕草をする。

 

「何じゃ? この手は」

「あん? 決まってんだろ? 情報料だ。二回目からは有料だって言っただろ? 高いぜ」

 ピシッ……と二人の間で空気が張り詰める。

 

「ガンちゃん……ワシら親友じゃろ? まだ質問の内容も聞かんと金を要求するんか!?」

 茂三のコメカミに、青筋お怒りマークが浮かび上がる。


「こっちも商売なんでねぇ。金の前じゃ親友とかそういうのは『二の次』なんだよ!」

 負けじとガンを飛ばす。

 

「ほう、言うてくれるのぉ。ならおヌシの飲み食い分は、自分で払えや!」

「あ⁉ ジジイ、キタネェぞ! おまえが驕るっていうから食ったのに!」

「やかましい! ワシはダチには驕るが、守銭奴には驕らんわ!」

「守銭奴だぁ……? 言うじゃねえか! この変態スケベジジイが!」

 二人の目が見開き合い、超至近距離でのガンの飛ばし合いと化す。

 二人の『気』のぶつかり合いでギルドの食堂中がカタカタと震えだし、冒険者は二人の迫力にたじろぐばかりだった。

 

 一触即発のそんな雰囲気の中、先に目をそらしたのは茂三だった。

「ふっ……ガンちゃん。さっきの言葉には続きがあるんじゃ。特別タダで教えてやろう」

 急に冷静になった茂三に、毒気を抜かれたガンも思わず気を抜く。

「な、何だよ」

「『昨日の親友ともは今日の敵』じゃあ!」

 茂三の放ったパンチが、ガンの顔面を捕らえる。

「ってーな! ふざけんなジジイ!」

 今度はガンの一撃が、茂三の横っ面を張る。


「むう! かかってこい小僧!」

「ざけんなジジイ! 冥土に送ってやる!」

「もう行ってきたわ!」

「もう一回行け!」

 その場で茂三とガンの取っ組み合いが始まった。

 

 顔を引っ張り合い、頭突きをし、鼻に指を突っ込み、耳を引っ張り。

 子供のような喧嘩が続く。

 

 周囲の酔っぱらいも「いけー!」とはやし立てるが、それは突然の終わりを迎えた。


「何やってんだい?」

 その声にピタッと茂三とガンの動きが止まる。

 

「ギルドから、アンタが暴れてるって連絡をもらってねえ……。いい身分じゃないか。朝から姿くらまして、アタシに内緒で飲み放題食べ放題……おまけに施設の修理代の請求書付き……ってか」

 虎子から恐ろしいほどの気が放たれる。

 素人でも視認できるほどの『闘気』。


「あ、いや、そのワシは……親友ダチと楽しく酒を飲もうと……な! ガンちゃん!」

「え? あ、そう! 俺らはダチで……」

 そう言ったガンの前腕に、虎子の手が伸び、掴まった。

(うっ……動けなっ……!)

「ガンちゃん、逃げ……!」

 茂三が言いきる前に、虎子の丸太のような腕で放たれたラリアットが、ガンの首を捕らえる。

 

 ドゴンッ‼

 

 後下方に恐ろしい勢いで叩きつけられ、ガンは後頭部から肩までが石畳にめり込んだ。

 意識を失ったガンの体がクニャッと崩れ、地に倒れる。


 「ジジイのダチなら連帯責任だろ」

 冷めた眼がガンを見下ろした。

 

「タフネスなガンちゃんを一撃で……!」

 茂三の背中を悪寒が奔る。

 

 修羅の視線が、茂三に向けられた。


「ば、婆様! 話を……‼」

「問答……無用!」

 修羅がその腕を拡げ、茂三に近づく。

 

 その後、茂三の阿鼻叫喚がギルドに木霊した。

 

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