2/7日目 諜報部隊の男
「キース!大丈夫か?」
誰かが呼ぶ声が聞こえ、キースはゆっくりと目を開く。
同時に激しい痛みが頭を駆け抜け、思わず頭を押さえる。
「動かないで」とルナが回復魔法をかけてくれた。
額を押さえたキースの手に、紅くベトリとしたものがまとわりついた。
(……血⁉)
これが意味するものを理解するまでに、数秒必要だった。
「……負けた?」
――この僕が?
その自問に対して、フィーベルが答えた。
「ああ。目にもとまらぬ早打ちでな。お前の手が上がるより早く、彼女は
そう言ったフィーベルの目は、強力なライバルを見るそれになっている。
キースは戦いを邂逅する。
ミリアの手は確かに、合図まで銃のそばに構えられていた。
そして合図と同時に動いた右手は、視界に捉えることができなかった。
「
フィーベルの言葉に対し、キースの口からは何も出てこない。
悔しさよりも、想像を超えた速さに感動すら覚えていた。
「ミリア様は……?」
キースのうつろな問いかけに、その答えとして轟音が届く。
マグナムの発射音に、キースの視線が引き付けられる。
視界には、見たことのない『ガンスナイパーの世界』が拡がっていた。
フェネル相手にミリアが一定の距離を保ち、銃を連射している。
ミリアは軽やかに横に飛びながら、空中で引き金を引く。
フェネルは銃口から弾丸の軌道を読み、剣で防ぐ。
フェネルが飛び込もうとすると足下を狙われ、フェネルが姿勢を崩した一瞬で排莢、新しい弾をリロードする。
なぜかフェネルからはあまり仕掛けていない。
どうやらミリアに主に攻撃させているらしい。
だが、直線的な弾丸攻撃はフェネルには通じていなかった。
訓練された動体視力に、さらに身体強化が加わり、傍から見ているといくら撃ってもまるで当たる感じがしない。
しかしキースはこの後、ミリアのガンスナイパーとしての才能に目を見張ることになった。
ミリアはあらぬ方向に銃口を向ける。
床、柱、天井を利用し、跳弾で攻撃し始めたのだ。
しかも、直線的な攻撃と跳弾の攻撃を織り交ぜている。
「くっ!」
フェネルの表情から余裕が消える。
今度は凌ぐだけで精一杯になっていた。
「彼女、粗削りだが恐るべき才能だな。跳弾の角度を見切っているうえに、フェネルの動きを完全に読んで撃っている」
次々と四方八方から襲い来る跳弾。
下手をすれば自分にも被弾の可能性がある。だが、ミリアはそれでも撃ち続けた。
その攻撃をしのぐフェネルもすごかったが、それを走りながら撃ち分けるミリアの技量も大したものだった。
(すごい……っ!)
キースは、自身のガンスナイパーに対する認識を改めた。
※ ※ ※
日が落ち始め、屋敷の部屋に灯りが灯り始めた頃、キースは帰ってきた虎子を迎えるために門へ出ていた。
虎子は屋台で食べ歩いていたようで、体から美味しそうな匂いがたくさん漂っている。
ライアル王子成人の儀を控え、クルスト王国は今、一週間にわたる前夜祭の真っ最中だ。
各国から行商、貴族、王族が訪れ、お祭り騒ぎとなっている。
キースは自身が
奴らの指示で、虎子の行動も把握しなければならない。
「お疲れさまでした。こんな時間までどちらへお出かけだったのですか?」
おそらく『屋台』であることは間違いないのだが。
虎子はサンドバッグの中から、小袋に入ったクッキーを取り出して、キースに握らせた。
虎子に片手を掴まれ、掌にクッキーを置かれた瞬間、キースはこれまでにない戦慄と恐怖を覚えた。
まるで、猛獣に頭から噛みつかれ、
虎子はキースに向けて、ニヤリと笑う。
「男が女にいらん質問なんかするもんじゃないよ。これをやるから黙って食っときな」
その目も口調も笑っていたが、握られた腕から伝わる恐怖に、キースの全身の細胞は硬直し、汗を噴き出した。
ごくり、と喉を鳴らし、静かに頷く。
その様子を見た虎子は、満足げな顔でルミナスフラワーに囲まれた道を歩み、屋敷のドアを開けて入って行った。
いつまでも震えながら呆然と立ち尽くすキースに、ポウラが近寄って来た。
「あん? お前、何してんだ?」
キースは何とかポウラに首を向ける。
「あの……このクッキー、やっぱり食べなきゃダメですかね?」
「はあ?」
キースの謎質問に、ポウラは困った顔をした。
その夜、キースは魔法鳩に手紙を結んで空に放った。
そこには汗滲む文字で、こう綴られていた。
『訪問客三人のうち、警戒すべきは銃使いミリア。ババアは大食い、ジジイは変態』
と。
※ ※ ※
「ほっほっほっ。そろそろ姿を見せてもええんじゃないか?」
王宮を出て徒歩十分。
まっすぐスラム街に向かった茂三は、周囲の気配がなくなったところで立ち止まった。
茂三の問いに応える者はおらず、静寂がしばらく続く。
茂三は「やれやれ」とキセルを加え、『何か』を詰めた。
マッチで火をつけると、怪しげな黒い煙が立ち上る。
中身が赤く燃えたところで、茂三はキセルの先端を加えたままくるりと90度倒す。
そして、キセルをくわえたままニヤリと笑うと、『プッ!』と思い切り中身を飛ばす。
キセルの中身は路地に面した建物の壁に着弾。
ボンッ! と音をたてて炎上した。
壁の一部の景色が歪み、炎の中から人が現れた。
それは全身黒尽くめの男。
特徴があると言えば、茂三と同じ小柄な身長であることぐらいか。
「で、ワシになんか用かの? 生憎、男のストーカーは募集しとらんのじゃが。あ、
「シゲゾウ・キリュウインだな?」
「流石にワシの名前は把握しておるか。で、もう一度聞くが何用かの?」
「……」
男は無言のまま、黒いフードを脱ぐ。
そこには思ったより高齢の男が笑みを浮かべていた。
「俺は『ガン』。クルスト王国諜報部隊の者だ。あんただろ? 王子の弟子入り断ったのは。その実力を知りたくなって、会いに来ちまった」
諜報部隊。
その名を聞き、茂三の口元が怪しく歪む。
まるで楽しみを必死に隠す時の、子供のような笑顔。
「なるほどのお。で、この出会いはワシに何かメリットがあるんかの?」
「俺に勝てば、世界中の裏情報を手に入れることができるようになるだろう。勝てれば……だがな」
「ほっ。そりゃぁ凄い。例えば、世界中の王妃たちの『3サイズ』なんかも手に入るんか?」
「……望むならな」
茂三の質問に毒気を抜かれるガン。だが、直ぐに持ち直す。
「で、いつ始めるかの?」
「もう始まってるさ。俺が姿を現した時点でな」
「ほうか」
キセルの中にまた何かを詰め、茂三が「ぷかぁ」と煙を吐いた瞬間、ガンの影が消えた。
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