2/7日目 瞬殺

「虎子殿、ミリア殿、お呼び立てして申し訳ない」


 五十畳はあるかと思われる広々とした書斎に、虎子とミリアは招かれた。

 その部屋にはファウンテン、虎子、ミリア、そして執事長であるセバスのみがいる。

 ドアは閉められると防音結界が張られ、外界との音声が遮断された。

 更にドアの外には、ファミナとポウラが護衛として立っている――。


 ――明らかに

 キースが中に呼ばれなかったのは、『執事見習い』という立場であるが故に、重要事項に携わることができないから。

 自分がセバスから認められてさえいれば、中に入る事ができたのかもしれない。

 しかし、それもすべては仮説。机上の空論にすぎない。

 

 それでも、キースは妹のために、何か聞こえないかと耳を澄ます。

 しかし、当然のように部屋の中の音は全く聞き取れなかった。

 

 とはいえ、話の内容に関しては、おおよその想像はつく。

 それは、ライアル王子の『成人の儀』に関すること。

 

 ファウンテンはこの国の重要人物。

 元『宰相』として、現在もイリアス王への忠義も篤く、強い信頼も得ている。

 そんな人物が今、王子の成人の儀に備えて『雷凰』を手に入れ、自身の屋敷で管理している。

 そうであれば、その保管方法に関して相談しているのは、まず間違いないだろう。


 もう一歩近づいてみたいところだが、あまり部屋の近くにいると、メイド娘たちに不審がられる。

 彼女たちは、あの執事長の目に適ったスーパーメイドである。

 自分よりも経験値も高く、戦闘能力も遙かに上だ。

 

 ――今、悟られる訳にはいかない。

 キースは部屋を離れ、後の報告を待つことにした。


 事実、キースの勘は当たっていた。

 ファウンテンは虎子とミリアに、雷凰のことで相談を持ち掛けていたのだ。

「……という訳で、虎子殿とミリア殿には当日まで護衛をお願いしたいのです」

「なるほどねぇ。『雷凰』って刀は、それほどの業物かい。売れば数億、使えば無双。そりゃあ悪党どもが欲しがるわけだ」

「でもその計画だと、この屋敷の警護も重要になりますね」

「ええ。奴らは『雷凰』目当てで、ヘルメイズで襲撃をかけてきました。そして残り六日。時間は残されていません。奴らの襲撃に備え、我々も常時厳戒態勢で臨む所存です。その時は、とにかく妻や娘の命を、何としても守らねばなりません」


 『雷凰』よりも『家族』。

 その言葉に、ファウンテンの人柄が出ていた。


「で、どうするんだい? アテはあるのかい?」

「ええ。有るにはありますが……」

 そう言って、ファウンテンは作戦の続きを話す。

 その中で出た男の名前を聞いて、虎子は口を歪めて喜んだ。


「お願いできますか? 虎子殿」

 そう言って虎子に包みを渡す。

 ファウンテンたっての願いに虎子は立ち上がると、包みを自身の次元収納袋に放り込み、「任せときな」と言って部屋を出た。


「あの、私はどうしたら良いでしょうか?」

 ミリアは真剣な面持ちで問う。

 自分も役に立ちたい、そのために何ができるかを確認したかった。

 執事長はミリアに視線を向ける。

「ミリア殿には後ほど騎士団と会っていただきます。それ以外のお時間は、お使いください」

 セバスはドアを開けると、ファミナとポウラを中に入れ、静かに指示を出す。

 ミリアは姉達に案内されて、部屋を出た。


「ファウンテン様、よろしかったのですか?」

 セバスはファウンテンに静かに問う。

 

 ファウンテンは軽いため息をつくと言った。

「事は一刻を争う。私が街をうろつくわけにもいかない。虎子殿たちを信じよう」

「かしこまりました」

 そう言ってセバスも部屋を出た。

 

 ファウンテンは窓際に歩み寄ると王城を見て言った。

 「もうすぐ、始まるか」

 その声には覚悟が滲む。脳裏には、前王が即位する際の苦い記憶が、まざまざと思い起こされていた。


 ※ ※ ※

「大将、いるかい?」

 

 虎子は店のドアを勢いよく開けた。

 相変わらず店には閑古鳥が鳴いており、カウンターの奥で店主ギデオンが自慢の剣を磨いている。


「いつでも来いとは言ったけどよ、こんなに早く来るとはな。こう言っちゃ悪いが、アンタが来ると嫌な予感しかしねぇんだが」

「ふん、いい勘してるじゃないか。くれるかい?」

 虎子はカウンターに身を乗り出し、片肘を付くと袋から包みを取り出して置いた。


 ギデオンは無粋な表情で包みを開け、中に入っていた物を目にすると大きく目を見開いた。

 掌から無意識に汗が滲み、体がぶるっと震えた。

 

「アンタ、なかなかヤバい物持ち込んでくれるじゃねぇか。で、だ?」

「フン、分かってるじゃないか。最短最速、出来るだけ早く頼むよ」

「無茶言ってくれるぜ……だが」

 紫色の包み。そこに刻まれた小さな家紋。

 その包みに手を置いたギデオンは、体を震わせる。

の頼みだ。任せときな」

「アンタ、漢だねぇ」

 虎子はニヤリと口元を歪める。


「コイツは俺のプライドがかかってる。明日の昼、もう一度来てくれ」

 そう言ってギデオンは包みをカウンターの奥にもっていくと、そのまま作業場に消えて行った。


 虎子は店を出ると、甘い匂いに誘われるように街に足を向ける。


 虎子はこの国初めての一人散歩で、思いっきり食い倒れることにした。


 ※ ※ ※


 「ミリア様、こちらになります」

 

 ミリアは虎子を見送ったあと、ファミナに連れられてサファイア部隊の演習場を訪れていた。

 

 結界の張られた地下演習場。

 ファウンテンの居る屋敷と、部隊が暮らす離れの屋敷、その両方から入れる地下通路がこの施設に繋がっていた。


 ファミナの手が壁に埋め込まれた水晶板に触れると、ゴゴン、と重い音をたてて演習場の入り口が開く。

 広い石畳の演習場では、先日まで一緒に旅をした面々と、初めて会う隊員が模擬戦を行っていた。

 特殊な結界の中で行われる演習は実戦そのもので、違うのはそれぞれの身体が周囲に光を纏っていることだった。


「これは……特殊結界演習施設⁉」

 天井に吊らされた大きな魔石を見て、ミリアは思わず声を上げる。

 

 ファミナは隊員の手前、客人に対する言葉遣いで言った。

「はい。こちらは『リイナ様』特製の結界演習施設になります。戦闘中に体力が低下した際、急所への直撃など命に係わる攻撃が加わると、結界が発動、自動的にバリアを張るようになっております。それでも、もし過度の物理攻撃により死に直面した場合は、回復部隊の出番・訓練となります。基本的にはアリナミ王国闘技場と同じ設備で、異なるのは魔導具を使わないため、身代わりになるアイテムが無いという事でしょう」

「つまり……下手すると死んじゃう?」

「そうですね。滅多にないことですが、回復魔法を使う者の訓練にもなりますので、それはそれで」

 あっさりと恐ろしいことを言うファミナの笑顔に、ミリアは軽い寒気を感じた。

 

 なお、先日の旅で寝食を共にした部隊の神官『レマ』は、道中かなりの魔力アップを果たしていた。

 茂三による訓練の成果もあって、仮に隊員が死亡しても、『直後なら蘇生可能』というレベルまで、回復魔法を極めつつあった。

 

 そして、彼女の妹『ルナ』も第二部隊の神官として、姉と共に頑張っていた。

 しかし姉妹が違うのは、姉のレマが僅か数日の旅で、異常なレベルアップを果たして帰ってきたため、多少レベルに差が生まれたという事である。

 それにより、元々回復魔法が得意だったルナは、いつの間にか姉に追い越されてしまった。

 

 その秘密虎子の特訓を姉から聞き出し、姉越えを目指して自身も挑戦したものの、キラーアナコンダの血で全身中毒を起こし、ルナは『自分の道を歩もう』と思い直した。

 それと同時に、一度は殺され、蘇ってきた姉の凄さをルナは素直に尊敬した。


 

「総員、敬礼!」

 隊長フェネルの号令により、隊員がミリアたちに敬礼する。

 ミリアは少しだけ頭を下げ、ファミナはフェネルと同じ敬礼の姿勢を取った。

 全員が敬礼した手を下ろすと、一人の女性がミリアの前に立った。


「初めまして。サファイア部隊訓練場へようこそ。私はフィーベル、『フィーベル・ナイト』。この部隊の『副隊長』を務めている。先日は仲間が危険だったところを救ってくださったと聞く。心から感謝する」

 そう言ってフィーベルは握手を求めた。

 ミリアは慌てながら、両手でその手を握り返す。

 

 サファイア部隊の副隊長。

 クルスト王国近衛隊に並ぶと言われる、ファウンテン侯爵直属の護衛部隊、その第二位。

 

 サファイア部隊は騎士を目指す者にとって、憧れの組織の一つである。

 各国の騎士団と違って『私兵騎士団』であることから、当然給与も良い。

 だが、それ以上にファウンテンの人柄に惹かれ、彼の下で騎士になりたいと望む者が多い。

 そのため、入団試験は非常に難関であると、ミリアは過去に聞いたことがあった。


 主な任務はファウンテンと妻、そして娘のアリアの護衛である。

 十名ずつ第一部隊と第二部隊に分かれ、その実力は拮抗していた。


(この手は……!)

 フィーベルは、ミリアの手を握った瞬間にその実力を感じ取った。

 静かに手を離し、フィーベルは心の中で静かに喜ぶ。


(目だけを見ると自信なさげに見えるのに、握手した手からは気が。この娘なかなか……!)

 ミリアの後ろに控えるのは、ファミナとキース。

 キースも執事長の命令で、訓練場に同行していた。

 

 フィーベルは声を張って言った。

「おい、キース。ミリア殿と立ち合え。模擬訓練だ!」

 その言葉に、キースとミリアが同時に目を大きく開いた。


 ミリアは事前に訓練の話は聞いていた。

 サファイア部隊と、共に訓練をしてみないかと。

 早速のお誘いに、鼓動が早まるのを感じていた。


 一方のキースは、逆に何も聞かされていなかった。

 ただ、執事長から午前中はファミナと共にミリアの護衛任務にあたるように命じられた。

 無論、模擬戦闘など聞いてはいない。

 

 だが、『雷凰』を手に入れる上で、この少女の戦闘力を知ることは必須条件である。

 加えて言うなら、フィーベルは(直轄ではないものの)上司であり、逆らう訳にもいかなかった。

(……これはチャンスだ)

 当然のことながら屋敷に滞在する3名のことは、に調べるように言われている。

 彼女はスナイパーだと聞いているが、果たして……?

 

 キースが口を開くより早く、ミリアが「お願いします」と応えた。

 キースも「かしこまりました」と返答する。

 二人の返事を受け、フィーベルは口元に笑みを浮かべた。


 地下訓練場の中央で、二人は対峙した。

 十メートルほど離れた距離で、それぞれに結界が作動していることを確認する。

 フィーベルが二人の間に立つ。

「此処は実戦を想定した訓練場だ。各々全力で戦え。死んでも生き返らせてやる」

 まるで『これは子供の喧嘩』と言わんばかりの言い回しに、キースは若干の苛立ちを覚えた。

 

(冗談じゃない。僕はガンスナイパーなんかに負けられない!)

 キースはフィーベルを横目で見つつ、ミリアに鋭い視線を向ける。

 そして執事学校での訓練を思い出し、ミリアを分析していく。

 

 ――両腰のホルスターに拳銃。それ以外は丸腰。ナイフも持っていない。

 魔力はそこそこだけど、そんなに強い訳じゃない。

 まさに典型的な『ガンスナイパー』。


 貴族学校では銃の訓練も受けた。

 ホルスターから抜いて照準を合わせ、引き金を引くまでおよそ一秒前後。

 本職スナイパーなら、それより若干早いとして一秒弱。

 既に試合開始に合わせて展開できるよう、物理障壁魔法を心の中で詠唱済みだ。

 あとは試合開始の合図を待てばいい。

 

 フィーベルの手が上がる。

 同時に「はじめ!」の声が聞こえ……。


 

 キースの意識は、そこで飛ばされた。



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