2/7日目 レイファイ・クルスト
一方、茂三はクルスト城内の図書館に居た。
荘厳な柱や、歩いても音のしない程フカフカの絨毯。
無数の本が並ぶ、とんでもなく背の高い棚。
結界が張られ、王宮兵士や城内関係者のみが入る事を許されるこの場所に、茂三は深夜から訪れていた。
上のフロアへと続く階段下のテーブルで、茂三は本を山積みにしながら読み続けていた。
「しかし、驚きました。キリュウイン様が深夜、突然現れた時には、正直不審者かと思いましたから」
司書長は茂三の読み漁った書籍の山に目をやると、静かに眼鏡のズレを直す。
「で、いかがでしたか? お探し物は見つかりましたか?」
茂三は深夜、屋敷を抜け出してここへ来た。
ファウンテンの紹介状を持って。
目的はただ一つ。
ミリアの怪我を治す魔法を探すためだ。
茂三は眼鏡を外すと、眉間を押さえた。
「うむ、残念ですが見つかりませんでしたのお。ケガを負った直後なら、いくらでも失われた部分を再生することは可能なようです。しかし過去何年も遡り、安定してしまった傷を治し、失われた部分を再生する魔法の記述はないようですな」
「そうですか。それは残念です」
司書長もどことなく残念な面持ちで、本の一冊を手に取る。
「かつて失われた前腕を取り戻すため、肘を斬り落とし、それより先を神殿で再生したという話は聞いたことがございますが……」
「なるほどのぉ。しかし、その方法ですと、孫の場合は『誰かの助け』が必要になりそうですな」
「ええ。ご自分では不可能でしょう。例えば頭部などですと、その傷を更に深く……と言っても、すぐに骨に到達します。肉芽化した部分を全てそぎ落とし、復活させるのは至難の業です」
「やはりのぉ……」
茂三は深いため息をついた。
司書長はそういえば……と前置きして言った。
「此処より遙か南方の国、魔法王国ウェンデルなら、そのような傷すらも回復させる魔法があるかもしれません。聖女ルミエル様の血を引くウェンデル様でしたら、あるいは……」
聞き覚えのある名前に、ピクッと茂三の耳が反応した。
「聖女ルミエル様?」
「はい。初代イリアス王のパーティーメンバーにして、天才聖女だったと聞きます。その血を引いておられるのがウェンデル様なのです」
茂三は霊界で出会った眼鏡っ娘天使を思い出す。
「ほほぅ。それはぜひお会いしたいものですな」
司書長は少し誇らしげに、微笑みながら言葉を繋いだ。
「この国では『剛』のリイナ、『柔』のウェンデルとも申しまして、ウェンデル様は攻撃魔法より補助魔法や回復魔法に秀でておいでです。逆にリイナ様は、攻撃魔法を得意としておられます。現在はリュウガ様とご結婚なさって、世界のどこかでお暮しになっているとか。リイナ様は怒らせると『大陸が消えてなくなる』とも言われているほどの大魔法使いでございます」
「ほっ、そりゃあ凄いのぉ。会ったら怒らせんようにせんといかんな」
そう言いながら、メモを取り始める茂三。
「余談ではございますが、リイナ様は『結界』の名手でもあられます。隣国アリナミ王国の闘技場に使われている結界などは、リイナ様の魔導具による特別製でございます」
その後も司書長はウェンデルとリイナについていくつかの情報を口にする。
リイナは攻撃魔法を主に得意とし、魔導具の開発が『趣味』。
対してウェンデルは、攻撃魔法こそリイナに一歩譲るが、魔法全般で言えばリイナの師にあたるという事だった。
茂三の思いとしては、ウェンデルという人物と会えるならば、あるいは……とも考えた。
しかし、舞踏会まではあと6日。
時間も少ないうえに、仮にウェンデルと会えたとしても、傷を治す魔法を持っているとは限らない。
愛する孫娘の夢を叶えてやりたい。
しかし、そのためには……。
茂三は自身の両の掌を見つめ、静かに握った。
その後も、茂三は『茂三流・超速読術』で図書館内の全ての書を読み漁った。
ファウンテンの推薦状により禁書に至るまで見ることができた。
中には伝記や地図に至るまで様々な書があったが、茂三はその全てに目を通した。
「お疲れ様でした。茂三様」
茂三が司書長の声で本から目を上げると、既に夕日が差していた。
どうやら時間を忘れて読み続けていたらしい。
「ああ、すまんのう」
茂三は最後のページをめくり、本を閉じる。
やはり目当ての魔法の記載はなかった。
しかし、収穫も多くあった。
ファウンテンには感謝しなければならぬ、と静かに本を机に置いた。
「本日読まれた書物は、我々が元の位置に戻しておきますのでご安心ください」
「かたじけない」
茂三は一度読んだ本を、全て覚えることができる。
しかも超高速で、だ。
ただ、味わいたい本に関してはゆっくりと読み、その世界を楽しむ。
ここで読んだ書籍は、味わうような類のものはほとんど無かった。 それでも一冊だけ、『初代イリアス王』と『勇者レイファイ・クルスト』に関する書物に関しては、ゆっくりと目を通した。
そこには茂三の知らない
この世界に初めて『魔王』という者が現れ、レイファイとその仲間が魔王軍に挑んだこと。
その仲間にルミエルがいたこと。
魔王討伐後、この国クルスト王国ができたこと。
そしてパーティーの解散、そして勇者たちのその後について……。
何より茂三が驚いたのは、レイファイが『未婚』だったという事実。
初代クルスト王となったのは、レイファイの弟であるイリアスだったのだ。
イリアスもまた、兄レイファイと共に魔王を討伐したメンバーだった。
レイファイは間もなく病死し、その後を引き継いだイリアスが王となり、この国の世襲制を作った。
そして現在も、王位についた者がイリアスの名を引き継ぐ。
なぜこのような仕組みにしたのかは不明だが、その当時は親の名を子が引き継ぐことは多かったらしい。
茂三はただ、無言でこの記録を読み、天で働く友への思いをはせた。
読書を終えた茂三は、司書長に案内されながら王宮入口まで歩く。
果てしなく続くように見える廊下は、図書館程でないにしろ足裏しっとり感覚の、高級感を感じさせるものだった。
司書長の後ろを歩きつつ、城の窓から眺めることの出来る景色を堪能する。
王国中央に位置するクルスト城は、国内すべてを見渡せるように高く巨大に作られている。
遠くには働く人々、笑顔で駆けまわる子供たち、これから冒険に出るため移動する冒険者、行商の多くの馬車……。
まるで地球の中世にいるような感覚が茂三を包んだ。
そんな中、廊下の向こう側から現れたのは、漆黒の着物に身を包んだ漢だった。
黒髪に黒い瞳、着物に刀。
まさに昔の日本人を思わせるような『侍』の如き出で立ち。
そして、それに不釣り合いな『魔力』。
茂三は笑顔で漢とすれ違い、影が重なる瞬間「頑張りなさい」と声をかける。
漢は振り向いて茂三の方を向き直り、静かに頭を下げると再び歩きはじめた。
「本当にこの国は面白いのぉ」
茂三は再び窓の外に目を向けると、目を細めて微笑んだ。
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