第311話 三巻発売記念SS 「ハリエンジュ」

 初夏に白く綺麗な花が咲く。

 その花が咲くのは5月から6月頃。


 私は15歳のデビュタント後、ハリエンジュの花が咲く頃にお茶会の招待を受けた。


 日本ではほとんどの人がアカシアと呼んでいたその白い花は小枝いっぱいに房状に垂れ下がって咲く。

 何に似てるかと問われたら藤っぽいかな? と思う。


 前世の記憶を辿れば、日本の長野県あたりではアカシア(ハリエンジュ)の天ぷらを食べるそう。


 川で捕れた鮎を食べてその近くに咲いてる白い花を持って帰って天ぷらにみたいなコースが定番だったとかなんとか。


 実際のところ、アカシアはアメリカから日本にその花が入って来た時、昔の人に誤訳されたというか、後から本物のアカシアが見つかったから偽……ニセアカシアなんて不名誉な名前になってたり。


 でも結局通りのいいアカシアの名で呼ばれたりしてて少しややこしい。


 真のアカシア属は、オーストラリア原産の黄色花の灌木で「ミモザ」とかになる。

 こちらもまるくて黄色いかわいい花で女性の日とかによく贈られている。


 とにかくハリエンジュは白くて綺麗なお花。


 1本の木で1週間から10日くらいしか咲いていないからタイミングが合わないと採って食べることはできないという。



 とにかくだから行くしか無かった! 花を貰いに!

 そこは花を見に来ませんか?と誘ってくれただけで天ぷらにしようだなんて一言も言われてませんが!

 オリーブオイル持参で!



 ちなみにハリエンジュの花の天ぷらの味はほとんど無くて、仄かな甘味だという噂。


 薬効もあるけどほとんど香りを楽しむものみたい。

 それか、楽しむのは季節かな。


 どうしてか我々人間、スミレの砂糖漬けとか薔薇のジャムとか花のような美しいものって食べたくなるのよね。


 美しいものをわざわざ選んで食べなくても親の遺伝で私は今、十分綺麗なんだけど食べれるものなら食べてみたい。


 せっかくなので私は白い花が映えるよう、グリーンのドレスでお茶会に向かった。


 お茶会では適当にお茶を飲みつつ、庭園に咲くこの白い花は本当にいい香りですねーとか、エレガントに歓談し、社交をこなした。


 そしてそこの領主にお土産にハリエンジュのお花をねだったら、



「河川敷とかそこかしこで咲いていますから、好きなだけ持って行っていいですよ」

「ありがとう存じます! ちなみに川で鮎なども少しいただいても?」

「もちろん、どうぞ」



 と、いうようにお許しを得た!


 川でのバーベキューのお許しももらった。

 鮎とアカシア両方いただく。


 そして河川敷に来て早速ハリエンジュをみつけて猫の霊獣のアスランに乗って花の咲いた房をハサミで切る。



「お嬢様、私もお手伝いします。どのくらいの長さで切ればよろしいのですか?」


 護衛騎士のラナンが剣を手に手伝いを申し出てくれた。



「天ぷら鍋に入るサイズの枝を数センチ長く切る感じよ!」

「かしこまりました」


 皆が協力してくれて、花房が沢山集まった。

 良い香りの花いっぱいで嬉しい!

 一旦インベントリに収納する。


「さて、次は鮎よ! そこの川でいただくわ!」

「ティア様、川魚は今から釣るんですか?」



 今回のお茶会はメイドにも同行してもらってるから素朴な疑問を投げられた。



「それだと釣れなかった時にあれだから、ここは……魔法で、風か水魔法を使える方! お願いできるかしら!? 領主の許可はいただいていますから」



 同行してくれた騎士にチートな魔法でお願いする。



「はい! お嬢様、何匹くらい必要ですか?」



 当家の騎士のレザークやラナンが前に出てきてくれた。



「お父様達へのお土産込で20匹くらいでいいのでは?」

「かしこまりました」


 風魔法と水魔法スキル持ちの騎士達が数人手助けしてくれて、無事に20匹くらいの鮎もゲット。


 こちらはシンプルに塩焼きでいただく。



 さて、ハリエンジュの方は花房にかたくり粉の薄衣を軽くつけて、余分な衣を振り落とす。


 そして油で揚げる。

 ハリエンジュは油に入れるとフキノトウの天ぷらのようにふわっと広がった。


 衣が固まったらすぐに取り出し、盛り付ける。

 そして出来上がった料理をテーブルの上に並べ、騎士達と一緒に食べることにした。


「皆、食べる際はこの塩で、あ、軸を残して花だけ食べてね!」


「はいお嬢様! この花、いい香りですねー」

「そこはかとなく甘味があるような」


 ほんとだ! ほのかに甘い!


「えーと、確かハリエンジュの花には利尿作用、解毒作用、解熱作用、便秘改善に効果があると言われているのよ」

「まあ、お嬢様以外にもこのお花を食べる人がいるんですね」


 メイドは驚いた顔をしている。


「え、ええまあ、ね」



 ここの領主は見た目と香りを愛でてるだけのようだったけど。

 日本人は口に入ればたいてい食べちゃうから……。


 そんな感じで本日の私達は初夏の味を堪能しました。


「川の側の食事もオツですね! ギルバート殿下も来れたらよかったのに」


 私の護衛騎士の一人が塩焼きの鮎を堪能しつつそう言った。


「ギルバートはシエンナ様からの依頼で他の社交パーティーに連れて行かれたの。

多分後で一緒に行きたかったと嘆くから、せめてお土産分は取っておくわ」

 

『ギルバートは残念だったねぇ』


 リナルドもハリエンジュの天ぷらを食べながら言う。


「また次の春にでも、一緒に来ればいいわ」



 私は爽やかな風の吹く河川敷で、彼の瞳の色にも似た、美しい青空を眺めながら、そっとつぶやいた。










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【完結】異世界転生したら辺境伯令嬢だった 〜推しと共に生きる辺境生活〜 @nagi228

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