子供でも知ってる理論だ


すす煙の中に佇む

欠けた時計塔の頂上

こっからだと街の様子がよく見える。


「ここがちょうどいいな」


空の様子も確認できるし

静かで集中もしやすい


これから行う作業を考えれば

まさにうってつけな環境だろう。


オレはこの国全体に

魔法障壁を張る気でいた


オレだっていつまでも

ここに留まるつもりはねえ

とっとと国を出るつもりでいる


そうなった時


またさっきみたいに

空襲を仕掛けられたら

街に残ってる奴らには為す術がねえ


せっかく体張って助けた命なんだ

無駄に散らしてやることもなかろうよ。


とりあえず空からの爆撃を防ぐ

徒歩での出入りは制限しない


ついでに

外からは中の様子が見えないようにして


オマケに

ひと工夫を加えておいた。


無論これは大魔法に

分類されるものだが


展開しきるのに

時間はそう掛からない

特別な手順を踏む必要も無い。


ただ、その分

使用者への反動がデカい


具体的に言えば

身体が結晶化しちまう。


そうなったらもう

命は助からねえ


結晶化した部分から

徐々に全身が腐っていき

やがて惨たらしく死ぬんだ。


ほとんど自爆みてえな

最悪な魔法なんだが


しかし


オレに関して言えば

この魔法はズルが効く


なにも反動を受け取るのは

人間でなくてもいいんだ


別の何かに肩代わりさせて

負担を擦り付けるやり方ってのが

大抵の魔法には効くんだ。


オレはこのやり方を

代理魔法と名付けている。


オレは左手の中指にある

鈍い灰色をした刻印から

無骨なデザインの短剣を取り出した。


そしてその短剣の内部に

代理魔法の細工を始めた


障壁を貼るための

術式が組み上がっていく。


それは数秒で完了した

さして大変な作業でもねえ。


間髪入れず

オレは大魔法を発動


手の中の短剣から

一筋の光が天へと打ち上がった


そしてコンマ数秒後

稲光のようなものが

地上全土に降り注いだ。


「こんなもんか」


オレはその結果を見て

魔法の成功を確信する。


一見するとただ

強い光が生まれただけに見えるが


この手に持った短剣の状態が

全てを表している。


短剣は切っ先から柄にかけて

丸ごと全部が結晶化していた。


もしオレ自身が今のを

生身で行使したなら


こうなるのは

自分の方だったって事だ


成功、失敗に関わらず

問答無用で死が待っている


命と引き換えに障壁を貼る

なんてコスパの悪い魔法なことか。


オレは結晶化した短剣を

小指の白い刻印に収納した


コイツはコイツでまだ

利用価値が残ってるんだ


滅多に補充できるものじゃねえから

きっちりと回収しておかないとな。


やることは

コレで全て終わった


あとはオレもさっさと

この地獄から脱出するだけだ!


「——っらァ!」


オレは時間を惜しんで

欠けた時計塔のてっぺんから

助走をつけて飛び降りるのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


国から出る前に

空襲の第二波がやってきた

早めに障壁作っといて正解だ。


しかも今度は最初の時に比べて

明らかに敵機の数が多い


危なかった

もしあれを最初にやられていたら

いくらオレでも仕留めきれなかったろう。


オレはそれを横目に

崩れた街を駆け抜けている


やがて


空からの爆撃が始まった

無数の爆弾がまるで雨みてえに

規則正しく落ちてくる。


だが今はもう

そんなものは通用しねえ。


落ちてきた爆弾は

地上に到達する前に

何も無いはずの空中で炸裂した。


「——うわっ!?」


あまりの爆音に

そして異常な光景に

何人かが驚きの声をあげた。


通らない

ひとつたりとも

地上には落ちてこない


幾重にも折り重なった爆撃は

ただの一度も成功しない。


だが本来

いくら障壁といっても

耐えられる限度は存在する。


あの規模の攻撃を

あの頻度で繰り返さされたら

もって数分ってところだ。


それじゃ意味がねえ

単に時間稼ぎにしかならない。


オレが求めてんのはそんな

刹那的な守りではなく

もっと恒久的なものだ。


だからオレは

あの魔法障壁に工夫を加えた。


蓄積し続ける爆撃のダメージ

それはいつか限界を迎えるだろう


生じたエネルギーは必ず

どこかで消費される必要がある

完全に衝撃を消すことは不可能だ。


しかし


だというのならば


その生まれたエネルギーを

受け止めて耐えるのではなく


しまえば——


ドォォォン!


腹に響く重低音

砕け散る鉄の船たち


奴らは自らが与えたダメージを

丸ごと返されて内と外から爆裂した


飛び散る鉄の破片

爆炎にまみれながら

無様に墜落してくる機体


「ハッハー!いい気味だ!


子供でも知ってる理論さ


自分のした事はよぉ

返ってくんだぜ


そっくりそのままよぉ!」


墜落してきた船は

その機体すらも障壁に阻まれ


またしても

激突により生じたエネルギーを返され

粉微塵に弾け飛んでいく。


何万という数の火花が散り

空に幻想的な光景を映し出していた。


まるで夜空のスクリーンに

精霊たちが宴を開いているよう。


その光景に目を奪われた者は

少なからず存在していたという……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


街を抜けて

オレは人里離れた森に逃げていた。


途中


面倒事に巻き込まれることも無く

ここまで非常に順調にやってこれた


ふざけやがって

あの国気に入ってたのによ

気に入らねえぜ戦争ってヤツは


「……クソ、気分が悪ぃ」


目に焼き付いて離れない

火炎に飲み込まれる街並みや

瓦礫に押しつぶされて死んだ人間


爆発に巻き込まれ

形が残らなかった女


パニックになり

自ら命を絶つ男


慌てて走って転び

抱えた子供を自分で

地面に叩きつけて殺しちまった

泣きわめく哀れな母親


地獄だ

あんなものは地獄だ

ふざけんじゃねえよ


ちくしょう

クソ気に入らねえ


イライラが募る

不快感が高まる

憎悪に肩を引かれ始める。


……このままでは良くない


「——落ち着け」


オレが冷静さを失っても

何もいいことはねえんだ。


やれる事をやれる時に、だ

今オレがやれる事ってのは


自分の身を守ることだ

起きた事にキレることでも

復讐心に焼かれることでもねえ。


逃げることだ

この国から脱出する


そのためにオレは

こんな森に来たんだからな。


「……よし」


心が落ち着いたのを確認して

オレは右手の人差し指にある

赤色の刻印から巨大な鞄を取り出した。


金具を外して

鞄を開ける


そして中から


たくさんの文字が書かれた

古びた用紙を一枚掴んで

鞄を刻印に戻して収納した。


これは緊急時に使う

転移魔法用の材料だった。


枚数に限りがあるうえ

補充するのに手間がかかるから

そう滅多に使えるもんじゃねえが


こういう緊急時には

非常に役に立ってくれる。


オレは少し

派手に魔法を使いすぎたからな


徒歩で国から出ようとすれば

確実に面倒事が起きる予感がある。


そんな博打は打てない

ここは惜しむ場面じゃない。


転移先はニールファリア国

そこにある隠れ家のひとつだ。


古びた用紙を床に置く

そして一番上の文字に指を触れて


最後の一文字まで

丁寧になぞっていった。


その作業が終わると共に


オレは

このクソッタレな国から

一瞬にして転移を果たすのだった……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——とまあこのように


この魔法使いが緊急時に

逃げ込む先はひとつしかない訳だ


分かったかな?諸君」


「なるほど!」


「さすが隊長!」


いけすかねえ声と

馬鹿みてえな声が聞こえた



一瞬だけ視界がブラックアウトし

再び世界が開けたその瞬間に


転移した先で


オレの目に

飛び込んできたのは


隠れ家があったはずの場所が

軍隊により囲まれている光景だった


家は、どこにもなくて

そこはただ木々に囲まれた


森であったのだ


「やあ、世界最後の魔法使い

きみを捕らえるのに国ひとつ


燃やしてしまったじゃないか

随分と手間をかけさせてくれるね?」


隊長と呼ばれた女が

そんなふざけた口調で

オレに向かって語り掛けてきやがった——。

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