空飛ぶ鉄の船


店じまい


夕暮れにそれは始まる

と言っても特になにも

する事はねぇんだが


今日も

これといって特に

何も無かった日だった。


「金だいぶ溜まってきたな」


売上を数えながら

ひとりつぶやく


オレはこの国を出るつもりだった

いつまでもこんな所で


クソつまらねえ店構えて

腐っていくつもりは微塵もない

オレには叶えたい目標がある。


魔法を

人間たちにとって

身近な存在にしたいんだ。


このままいけば

オレの消滅をもって

魔法というものは世界から消える。


それはあまりにも勿体ねぇ

出来ることなら一般化したい


もちろん

魔法ってもんが仮に

世間一般に出回ったとして


暮らしを豊かにする以上に

破滅や死、そして暴力をもたらすだろう

幸せになる奴の何十倍も不幸を産むだろう。


だが


人間という生き物の性質上

一度それの良さを知ってしまえば

おいそれと切り離すことは出来ない。


つまるところ呪いだ

オレは人類を呪おうとしている


電気や機械そして炎

現在に至るまで人間達が

生み出してきた様々な発明


それらは全て

あまたの不幸を作り出し

そして数多くの幸せを産んだ。


オレは魔法ってもんを

そういう風にしたいんだ


当たり前に生活に入り込むものとして

この世界に広めたいと思っている。


オレ以外の魔法使いどもは

その事を禁止事項と定め


己が研究した魔法を

誰に伝えることも無く

徹底的に孤独に滅んでいった。


だがオレにとっては

そんな事はどうでもよかった。


歴代魔法使いどもの

くだらねえ教えを打ち破り

人類に呪いをかけようとする者


それがオレの正体だ。


オレがこんな店をやっているのは

資金稼ぎであり身を隠すためであり


退屈しのぎ

そして実験を兼ねている。


人間は

自分が理解できない

超常的な現象に際して


それを受け入れられるか?

またどの程度なら大丈夫か?


それを確かめるための。


「よし、こんなもんか」


片付けが終わった

これにて店じまいが終了した。


テントから外に出る

そこは辛気臭い路地裏だ

当然人目なんてありゃしねえ


だから

魔法が使える。


オレはテントに向かって手をかざす

すると今までそこにあったはずの

薄紫色に輝くテントは姿を消し


代わりに

かざしたオレの手の中指に

同じ色合いの線が浮かび上がった。


物質を無質量化し

そして携帯する魔法


便利で使い勝手がよく

またデメリットもねえ


オレが七年かけて作り出した

旅のお供とも呼べる魔法だ

他の指にも色の違う線が浮かんでいる


その全てが

今やったみたいに

何かが収納されている


一度


それを使うための基礎を

作り上げちまえばあとは

起動するだけで事が済む


反復に優れている

特別な能力は要求されない

子供でも老人でも使う事が出来る


それが魔法だ


ただ、問題は


その為のメソッドの確立が

常人には到底不可能という点だ。


魔法はそもそも

難しいもんなんだ


高い知能と知識

そして発想力が求められる


今日に至るまでオレ以外の誰も

魔法を継承しようとしなかった

そんな偶然があるわけがねぇ


誰かはそれを試しただろう

だが、出来なかったんだ


受け継げる人間が

ただの一人も存在しなかったんだ。


ならば、と

オレは考えた


もし人間がダメでも

機械にだったらどうだ?と


作り出したメソッドを

機械に刻印することで

より確実な反復を行える


反動が人間に返ることもない

きわめて安全で量産が可能となる


はずだ。


「問題はそのための足掛かりが

今んとこゼロってとこだが……」


どれだけ理論が完璧でも

掲げる思想が素晴らしくても


実現に足る資金も設備も

手元には一切ない


こんな小銭稼ぎをしてた所で

夢には遠く及ぶはずもない。


完全な手詰まり

オレが言う退屈ってのは

そういう意味だった。


「とりあえず酒でも飲むか」


くよくよ悩んでても始まらねえ

とりあえずなにか動くことだ


そうすりゃ案外

すんなりと物事が運んだり

するもんなんだよ


オレは


路地裏を後にした。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


酒を浴びるように飲みたくて

酒場に向かっていた時のこと


オレは


「——ん?」


たった今

通り過ぎた男の運命が

明日で終わりを迎えるのが見えた。


オレは占いの館をやっていない

日常から常に人の運命を見ている


何かのきっかけになりはしないか?


と、一縷の望みに賭けて

毎日絶やすことなく続けていた。


本来なら

運命を好き勝手に覗き見る

なんてことは出来ない


覗かれる本人の了承

または申し出があって初めて

指定された部分の運命を見る事ができる


その枠組みから外れて

なんの縛りもなく力を使えば

それは大した効力を発揮しない


またこの魔法は

自分自身が関わる運命を

見ることが出来ない


便利なように思えて

案外使い勝手の悪い魔法なんだ。


そんなわけで

日課としてそれを続けていたら


無視できねえもんが

この目に飛び込んで来やがった


オレは振り返る


背の高い男の背中が見える

彼は明日の朝自ら命を絶つ

死因はありきたりな首吊り



理由も経緯も不明だが

オレは確かにその光景を見た

見ちまった以上は無視できねえ


オレは迷うことなく

こんな人のど真ん中で

魔法のひとつを行使した


「コレでいい」


オレは男に

縄抜けの魔法を掛けてやった

こうすることでアイツは


何度やっても

首を吊る為のロープを

上手く結べなくなるはずだ


効果が続くのは丸一日

つまり明日の昼まで大丈夫だ。


オレにできるのはここまで

もし首吊りが失敗したとして

それでもまだ死のうとするのなら


オレはもう手を出さねえ

そこから先は本人次第だ。


自分が関わる運命を見れない

それはつまり自分の行いが


そいつにどんな影響を与えるのか

確かめることが出来ないということだ


まったく

不便もいいとこだぜ


「あーあ、酒って気分じゃ

無くなっちまったな、クソ」


覗き見なんてするもんじゃない

オレは少しだけ反省するのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


さて


酒を飲まねえとなると

オレにはやることが無い


ツラのいい男を引っ掛けて遊ぶか

新しい魔法を研究するかしかない


だが今日はどうにも

そういう気分にはなれねえ


オレは手持ち無沙汰になって

街中に設置された椅子にかけて

夜風に当たってボーッとしていた。


「無気力だぜちくしょう」


何もやる気が起きない

随分と気が抜けてしまっている


ついに退屈に耐えかねて

精神がぶっ壊れでもしたか?


だとしたらまあ

それはそれで良いかも知れない

デカい野望を意気込んではいるものの


アテが無さすぎるあまり

正直オレは少し疲れていた


なんの光も見えねえ

第一歩が踏み出せない


道がない


きっとこういうのを

絶望と呼ぶんだろうよ


「いっそ王国のど真ん中で

派手なプレゼンでもかますか?」


時には思い切りも必要だろう

叶えようとしている夢の規模が規模だ


後先のことを考えず

行動することだって

時には必要なはず。


「よし、そうと決まれば——」


オレは

その先の言葉を

吐ききることは出来なかった。


何故か


それは

音が聞こえたからだ。


遥か上空から

微かに響く重低音


それも一つじゃない

もっとずっと多くだ


風を切り裂きながら

何かがこちらに迫ってきている。


アレは


あの音は


その時

音が増えた


直前に聞こえてきていた

風を切り裂く音ではなく


もっと別の


まるで


かのような——


「——おい、まさか……ッ!」


次の瞬間


この繁栄した夜の街は

けたたましい爆音と共に


多くの命

多くの建物を巻き込み


幾重も、幾重も

決して止むことの無い


爆発が


一切合切何もかもを

無慈悲に蹂躙していった!


鳴り止まない

鳴り止まない


散る命は絶え間なく

何十と繰り返される爆撃


それは天から降り注ぐ

あれは神の怒りか?


いや違う


地上に爆音と死を撒き散らしたのは

空飛ぶ鉄の船、人間が生み出したモノ!


「——空襲だああああああっっ!!」


誰かが叫ぶ声を

間一髪展開が間に合った

爆風避けの防壁の中から聞くのだった……。

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