モノを殺す魔法


なんの前触れもなく

地上に地獄が顕現した。


火の海

死体の山

積み重なる瓦礫


どこを見ても真っ赤で

粉塵が舞っている。


あんなに綺麗だった街並みは

もう見る影もない。


真っ黒い煙と火の粉

そして耳をつんざく悲鳴


空を見上げれば

空飛ぶ鉄の船が

無数に列を成して飛んでいて


その一機一機から

数え切れないほどの爆撃が行われている。


そんな中で



オレは出来る限り

爆風やら熱やら煙やら

身体に害になるものを遮断して

何とか無事で居られた。


「奴らこの国を滅ぼす気か!?」


明らかに無差別に攻撃してきている


目で見えないくらいの高度から

無感情にボタンを押すみてえに

爆弾を落としてきやがる


その結果誰が犠牲になろうとも

何が壊れようとも関係ない

そんな意思を感じる。


……気に入らねえ


ああ、気に入らねえ


「人様の国を

火の海にすんのは勝手だがよ


こんな胸糞悪ぃ光景を

よくもてめぇオレに見せたな」


人目なんてどうでもいい


どうせみんな

自分の命守るので精一杯だ

人のこと見てる暇なんてねぇだろ


誰かの思惑があって

どんな理由があろうとも


空からよ

一方的によ


自分たちは少しも傷つくことなく

人を文化を歴史を踏みにじって

何もかも壊して燃やし尽くして


こんなクソみたいな光景を

このオレに見せやがったヤツらに


……教えてやるぜ


人生ってもんはな

そう上手いこと行かねえってことをよ


「——シッ!」


上空を睨み付けたまま

顔の前で腕を横に振った

見据えるのは空飛ぶ鉄の船


死を撒き散らす兵器に向かって

オレは強力な魔法を行使した


一秒、二秒、三秒と経ち


やがて


ギィィィィ!!


という


耳を覆いたくなるような

不快感に満ち溢れた音が

天高くから鳴り響いた


それも一度や二度ではない

何重にも重なり合っている。


阿鼻叫喚だった民衆は

その音がなにか分からずに

パニックを起こしている


これ以上自分たちに

なにをする気なのか?


彼らの頭にあるのは

きっとそんな疑問だろう。


……だが彼らは気付いていない

目の前の驚異に脅えるあまりに

全体像を見れていない


だから分からないのだ


……魔法には種類がある

それぞれで意味合いも難易度も

何もかもが異なっている


一様に分類することは

まずもって不可能だ。


中でも


危害を加えうるモノ

行使により破壊が生じ

あるいは人命が損なわれるものは


十年

血を吐くような修練の末に

ようやく構造を理解出来るかどうか


そんなレベルだ。


仮に理解出来たとしても

一歩間違えばその魔法の効果は

いつでも自分にはね返ってくる


常に危険と隣り合わせ

誰かを傷付ける意思には

相応のリスクが伴うのだ。


歴代の

力のある魔法使いでも

ほんの少しの歪みのせいで


自分が使った魔法に逆らわれ

殺されるという話も珍しくは無い。


と、


「お、おい、なんだあれ……?」


誰かが

逃げることも忘れてそう言った


何に対してか?


この場において自分の

命よりも大切な事があるのか?


当然

その男の声は

逃げ惑う人々の耳には届かない


だがそれも

ほんの少しの間だけ


直ぐに誰もが

その男のように


呆然と空を見上げて

魂が抜けたように立ち尽くす事になる。


自分が見ている光景が

あまりにも夢のようで

理解が追いつかないからだ。


オレが使ったなは死の魔法


生物、無生物に限らず


オレはそれを

頭上に見える全ての船に対し使った。


故に

彼らが見ているものとは


つまり


「……なんだアレ」


さっきまで

空の高いところから

一方的に死を振りまいていた


無慈悲な鉄の船が

この目に映る限り全て


地上に向けて

落ちている光景


モノを殺す魔法


オレは船そのものを

機能ごとぶっ殺してやったのだ。


落ちてくる

沢山の質量の塊が


今までのことが全て

嘘であるかのように


そこにも

あそこにも

何処かしこにも

ただ真っ直ぐ落ちてくる。


このままじゃ

爆弾が降ってくるよりも

酷いことが地上で巻き起こっちまう


そいつは

あんまりだ


だからオレはもうひとつ

別の魔法を行使した


その効果は物質の変換


物体を別の物体へと

そっくり置き換える魔法


その結果

ゆっくりと墜落してくる

二十機を超える鉄の船は


一瞬にして水へと変換され

地上へと降り注いだ。


天から降り注ぐ水は

燃え盛る地上の炎を消し止め

被害の拡大を抑えていった。


「——魔法?」


その一部始終を見てい民衆のうち

誰かが、ボソッと呟いた。


魔法と

確かにそう言った。


真っ赤だった地上は

今や暗い闇に覆われている


一部ではまだ火が残っており

そこだけがヤケに明るく輝いている。


そんな中で

オレに対して視線が集まった


……まあこうなるよな

初めから分かってたことだ


「そうだよ、魔法だよ今のは」


「まほう……」


石が投げつけられたり

迫害を受ける空気ではなかった


みんな


受け入れられない現実に際して

脳がエラーを起こしてるって顔だ。


ならこいつはチャンスだ

強い意志を持って呼び掛けりゃ

民衆の動きをコントロール出来る。


オレは自分の喉に

拡張の魔法を掛けた


そして


「てめぇら!とっとと逃げやがれ!

せっかく拾った命を捨てる気か!?


またすぐに次が来るぞ!

捨て置け!命以外は捨て置け!


オレに構ってる暇があるのか!?

自分以外に関心を向けてる場合か!?


逃げろ逃げろ!今のうちに

国を離れて遠くに行きやがれ!」


国中に聞こえるよう

これまでの人生でもなかなか

出した事がないくらいの大声を


血管が破裂しそうになりながら

強力な意志を持って響き渡らせた。


「……あ、ああ!

逃げる、おい逃げるぞ!


みんな逃げろ!

国を捨てて逃げるんだ!」


オレの気持ちは

彼らに伝わった


すると人々は

それまでが嘘みたいに

脱兎のごとく駆け出した


中には

瓦礫に埋まった奴を助けたり

血を流して苦しむ奴を治療したり


自分の命よりも

他人を優先させる奴もいた。


「……これでもう大丈夫だな」


あとは


放っておいても

民衆を率いるものが出るだろう

この混沌とした現状にありながら


それでも正気を失わず

目的をもって行動する

勇敢な人間は少なからず居るだろう。


奴らは馬鹿じゃねえ

頬をぶっ叩いて気合いを入れてやりゃ

すぐに立ち直って行動を始めるもんだ。


あとはもう大丈夫だ

オレはオレのことに専念できる。


「うぇ……クソ、喉が痛てぇな


こりゃ……ゲホッ……

数日は尾を引きそうだぜ……」


身体に働きかけて

機能向上を図る魔法は

得られる恩恵のぶん反動もデカい


おいそれと

使えるもんじゃねえ


無計画にぶっぱなしゃ

先にこっちの身体がぶっ壊れちまう


本来なら

細かい調整とか

肉体を保護する別の魔法とか

色々かけあわせたりするんだが


さっきは

そんな暇がなかった


もし人々がオレに対して

不信感と敵意を抱けば

厄介なことになっただろう


その前に

奴らの思考を誘導する必要があった

それも、国全体に対しての意識操作


加減して失敗したら

笑い話にもならねえ


あそこは

なりふり構わず全力で

やる必要があったんだ


オレはこの場が

無事に収まったことを確認して


すべきことをする為に

走り出すのだった……。




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