出来損ないの不死
クソだ
今の状況は根っこから腐っている
転移先に選んだはずの隠れ家はなく
代わりにこんな軍隊に包囲されている。
ニヤニヤと
胡散臭い笑みを浮かべている
目の前の女には不快極まるし
聞こえてきた文言も
何から何まで気持ち悪い。
その女は
嵐の中心みてえな目で
オレに話しかけてきた
「さて、細かい腹芸は抜きだ
私は君をスカウトしにきた
拒否権は無い
その場合は死んでもらう
ああ、生物学的な死では無い
意志を失い
ただ魔法を使うだけの
惨たらしい兵器と成り果ててもらう
という意味だね
魔法を使おうとしても無駄だ
その隙は私が与えない」
「丁寧かつ無駄のねえ説明
心より感謝申し上げるぜ」
この女は笑っているが
オレに対する敵意を微塵も隠してない
口ではこう言っているが
恐らく腹ん中で考えてるのは
`どうか抵抗してくれ
お前を痛め付けてやりたい`
そんなところか
ろくでもない野郎だ。
確かにこの近距離で
魔法を使う暇はないだろう
わずかでもアクションを起こせば
オレは即座に斬られちまう。
だから魔法は使えねえ
現状を打破する術がない。
「5秒だけ考える時間をあげよう
肯定以外の行為は敵対と見なす
5——」
「要らねえよ5秒なんて
オレは他人に時間を与えられるのは
大っ嫌いなんだ
結論はすぐ出してやる」
「……ほう?」
こいつは支配欲の強い女だ
人の主導権を奪う事に長けている
こいつの言葉は空気感を侵す
だから
話の流れに身を任せたら
良いことにはならねえだろう。
そう思い
無理やりこっちに
流れを持ってこさせた。
こいつの口を開かせてはならねえ
オレは間髪入れずに答えを返した。
片手を
奴から見えない位置に
自然に移動させながら。
「協力してやるよ
しっかり契約を結んでやる
魔法使いにとって契約は
絶対遵守の鉄の掟となるからな
一度結んじまえば
破られる心配もねえ」
「……それはどのように結ぶのかな?」
奴は今、迷っている
オレが手を後ろに隠して居るのを見て
問答無用で切りかかるべきか
あるいは
オレの言葉を最後まで聞いて
契約を結ぶ方が得か。
両方の考えを天秤にかけて
より得の大きい方を取ろうとする。
もしオレが何か
怪しい行動を起こす気でも
この距離なら対処出来る
という自信と、目の前の利益
それが判断を鈍らせることになる。
ブラフだ
オレの今の言葉も
そして怪しげな行動も
全ては
奴が解に辿り着かないための
二重に張り巡らせたカモフラージュ
転移魔法ってのは便利だが
向かう先のことが事前に分からない
という無視できないデメリットがある。
その事に気が付かねえほど
オレは頭が悪くない
危険から逃れるために
更なる危機に身を投じてしまう
その可能性を考慮しねえのは
愚かを超えた何者かだ。
そもそも
あの魔法を使う時は
緊急時であるのだから
オレは必ず
保険をかけておく事にしている。
なぜオレが隠れ家を持つのか
それは何も身を隠すためとか
優雅な暮らしの為だけじゃねえ。
家自体には意味が無い
だから隠れ家を撤去したところで
本来の用途には
「——結んでやるぜ
全員生き残れたらなァ……!」
仕掛けてある魔法の発動には
なんの支障も生じない。
「——ッ!」
ニタリと笑いかけるオレに
異変を察知した目の前の女は
腰の剣を目にも止まらぬ速さで抜き
オレに斬りかかってくるが
そんなことをしてももう遅い
お前は惑わされたんだ
魔法を発動させるのは
それは土地
この地に刻まれた術式
故に
オレという個人にのみ
集中していた目の前の女は
この魔法の発動に気が付けなかった。
起動したのは転移魔法
オレがピンチに陥った際に
なんのモーションも起こさずに
発動出来るように細工したモノ
効果が現れるまでは
コンマ数秒もかからない
その剣が俺を捉えるよりも
もっとずっと早いんだぜ
そしてその転移先は
地上を遠く離れた
高度数千メートルッ!
「——なっ!?」
兵士たちが
驚愕の声をあげた
そして
足場を失い
空中に放り出された奴らは
押し寄せる重力の奔流に抗えず
無意味に
そして無情に
真っ逆さまに落ちていく!
そう、罠だ!
予め仕掛けえおいた
自分もろとも巻き込んで
上空に転移する自爆魔法!
相手がどれだけ多くても
どれほどに強い存在でも
人間である以上
空を飛ぶことは出来ない
この高さから落ちて
生存することは不可能だ
「そうはいくものか……!」
女が
オレに向かって
届くはずのない刃を
遠ざかっていくのに
それを気にも留めずに
何度も何度も振りかぶった
だが
届かない
もう二度と這い上がれない
何者も空に留まることは出来ない
ただ一人
魔法使いである
このオレを除いては——ッ!
軍隊は
そのまま為す術なく
なんの抵抗も出来ずに落ちていった。
「ぶっ潰れろ無能ども
貴様らは判断を誤った!
魔法使いを
マチルダ=ショットを甘く見た!
贖罪のキスを
硬い地面にくれてやるんだな!」
オレは
落下の速度を制御して
ゆっくり地上に舞い降りながら
無様に回転しながら
恐怖の叫び声をあげて
地面に墜落していく奴らを
こうして
上から見下ろしているのだった。
✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱
地上に舞い戻った時
そこに広がっていたのは
血みどろの死体の山だった。
惑星の重力場に打ち負かされ
たっぷりと速度を付けて
地面に打ち付けられたんだ
生きていられるはずもねえ
見るに堪えない悲惨さだった。
軍は全滅
オレは無事に切り抜けた
はずだった
だが
そんな中で唯一
まだ息のある奴が居た。
「……てめぇその身体
一体どうなってやがる」
腕は折れ
足は片方が千切れ
首は逆方向に曲がって
胴体からは
あばら骨が飛び出している
間違いなく死んでいるはずの重症
それだというのに
隊長と呼ばれた女は
そんな状態でまだ生きていた。
「——ァ……ァァ……ァ」
声とも取れない声
鉄を引っ掻いたみてえな
生理的な嫌悪感のある音
奴の喉からは
それが漏れていた
確実に絶命しているはずの
ダメージを負って生きている
ほんのわずかだが
傷の再生が見られる
それを見て気が付いた
そうか、こいつさては……
「……さてはてめえ
出来損ないの不死だな」
かつて地上に
生きていたという吸血種
彼らが持つ再生能力を
何とか再現しようとして生まれた
欠陥品の自己再生能力
ただ死ねなくなるだけの
頭からケツまで完全なる失敗作
「——ァ……ころ……して、く……れ……」
「……馬鹿が」
オレは心底不快だった
そんなものに手を出したコイツに
なにより
安易に死を願うその心の弱さに
どれだけ苦しかろうが
望んで手に入れた命なんだ
そう簡単に手放そうとするんじゃねえよ。
哀れだ
愚かだ
くだらない
「……たの……む……」
あれだけの敵意を向けてきた
明らかに裏がありそうな相手
言わば情報源だ
それをむざむざ死なせる?
全くもって論外だ
それは優しさじゃねえ
コイツにはまだ役割が残ってる
「そうだな、殺してやるよ
ただし、てめえの気が
変わらなかったらな?」
オレはこいつを
利用することを考え始めるのだった。
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