魔法使いの契約書


オレは女の願いを聞かなかった


自分の勝手な思いを優先させて

コイツを利用する道を選んだ。


そこらの死体より

よっぽどひでぇ状態にありながら


無駄に高い生命力のおかげで死にきれず

ただ苦痛のみを味わい続ける


そんなこいつに

同情の気持ちがないでもない

終わらせてやりたいとも思う


だがその一方で

簡単に死を選ぶんじゃねえよ

という怒りの気持ちも存在した。


相反するふたつの感情

恐らくどっちを優先させても

後から後悔が生まれるだろう


だから


オレは選ぶことをやめた


代理魔法と同じだ

選択するという責任を

他の誰かに押し付けることにした。


そもそもがてめぇ自身の問題

ならば答えを出すのは本人であるべきだ。


何も


まるっきり放棄する訳じゃない

ただ、一時遅らせると言っている。


苦痛故に願う死であれば

ならその苦しみを取り除けば


あるいは考え方も

変わるんじゃねえか?


という希望的観測に基づいて

オレはふたつの魔法をかけてやった。


ひとつは眠りの魔法

もうひとつは無痛の魔法


与えたのは安らぎであり


命の話をするのは

再び目を覚ました時でも

遅くはないだろう、という


オレ個人の勝手な考えだった。


「そうだな、殺してやるよ


ただし、てめえの気が

変わらなかったらな?」


当然


ハナから勝手であるが故に

他人の意思なんてこれっぽっちも

尊重してやる気はねぇんだけどな——


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「——うっ……あ、あれ……

私、なんで生きてる……?」


「よう死に損ない


命を拾った気分はどうだ?

まだ死にたいって思ってるか?


そんならトドメさしてやるぜ」


一呼吸の間に言い切った

オレが初めにやられたのと同じく

一方的にこちらの意志を告げるやり方。


強引だが

話の主導権を握るのには

結構良いやり方だと思う。


とにかく相手に質問させることだ

交渉で優位を取るコツってやつだな。


さあ、どう出る


怒りに身を任せるか?

それとも絶望に沈むか?


あるいは死を懇願するか

オレとしちゃあどれでも良いがな。


オレはそんなふうに思っていた


しかし


「……痛くない、身体も無事のようだ

再生も終わっていて五体満足らしい


ただ、どういう訳だろうね

四肢に力がはいらないんだ」


「そう来たか」


女は極めて冷静だった

目覚めてまずやることが

状況把握とは恐れ入ったぜ


こいつはどうやら

まともな精神構造じゃないらしい


さっき取り乱していたのが

まるで演技みてえに思える。


それだけ

耐え難い苦しみだった

という事なんだろうか。


「息を吹き返したと同時に

首がお空を飛ぶのはゴメンだからな


主要な関節全てに

鉄の杭をぶち込ませてもらった

てめえの意思で動くことは叶わねえ


オレが求める情報を

素直に吐けば治してやる


魔法使いの契約を結んでもいい

絶対遵守だ、決して破れねえ」


遠慮も配慮もなしだ

オレはオレの思いと考えを


洗いざらい

裏も表もなく全てをさらけ出した


この女相手にはきっと

利益の話をする方が効率的だと

本能で感じ取ったからだ。


「自分の意思で死ぬ事はできない

私の身柄はまるっきり支配下にある


出来レースのようなメリット

追い討ちするかのように

契約の話を持ちかける


私が得をするのは一点

生き延びられるという事だけ


失うものは多数

情報は時に黄金をも霞ませる

この場合は背負うリスクが大きい


……やってくれるね

人の部下を皆殺しにした挙句

こんな手法を使ってくるとは


交渉など持ちかけずに

初っ端から叩きのめすべきだった


……やってくれるよ、本当に」


奴の考えは分かる

頭ん中は読み取れる


無くしたと思った命だ

どれだけ暴利を吹っかけられようが

自分から手放すのは惜しいだろう?


わざわざあんな

失敗作でしかない不死の研究に

手を出すくらいなんだ


命に対する終着は

恐らく並のもんじゃねえ


となれば答えは

決まっているようなもんだ。


「腹は決まったみてえだな?」


「選択の余地など無いだろう

その契約とやら結ばせてもらおう」


「いいだろう」


ただし、と前置きして

その女は強かにこう言った


「契約内容には少しだけ

私から口を出させてもらう


なに、文言を少しだけ

加えてほしいだけだよ


`一切の危害を加えない`

そう明記してもらうよ?」


たしかにオレは言った。


治してやるよ、と


その内容で契約を結べば

オレが守るべき約束はただひとつ


治療することだけ

そこさえ過ぎてしまえば後は

コイツを始末しようが縛りはねえ


そういうことを

やつは言いたいんだ。


「目ざとい野郎だぜ」


「もう二度と貴様のような奴に

虚を突かれる失態があってたまるか


国からの命令でなければ

転移してきたのと同時に

焼き殺して皮を剥いでやるところだ


私の部下を殺した借りは

必ず返してやるとも」



「志は高く持つ事だな


おぉ、そういえばな

契約内容に追加事項がある


危害を加えない、という約定の頭に

`お互いに`と付け加えさせてもらおう

その方が安心安全だろう?」


「是非そうしてくれ」


キラキラ豪華な紙に

お互いの血で刻印し


ここに

魔法使いの契約が成立した。


何人も侵すことのできない

決して破れない誓い


「じゃあ約束通り

今すぐ治してやるよ」


「ああ、頼んだよ」


そんな会話を交わしながら

オレは内心でほくそ笑んでいた……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


人間っていう生き物は

自分で見つけた答えを

なかなか疑えねぇ構造をしている。


だからこの女は

自分が足を突っ込んだ場所が

落とし穴だらけの獣道であることに


まるで気が付いていない。


一度目に裏をかかれ

その次に警戒する事を覚えた。


その結果

こちらの主張の問題点を見つけて

指摘することで不利を封じた。


`お互いに危害を加えない`

それは実に安心感のある約束だ

奴はそう思い込んだ。


だがな


契約書言うところの`危害`に

該当しない方法など幾らでもある。


絶対に覚めることの無い

無限の夢に堕としてやるとか


全身を結晶化させて

意志と行動を封じ込めるとか


その他にも幾らでも

やりようはあるんだ。


なにせその`危害`に

当てはまる行為ってのは全て


物理的な手段を

用いた場合に限るんだぜ

魔法の前には全くの無意味だ。


魔法使いの契約なんて

初めっから嘘っぱちだ


ハナからこの

自分だけはルールに縛られず


相手だけに一方的な制限を

押し付ける為に作ったもんだ。


もちろん嘘なのは

公正という点のみであり


約定の内容を破ろうとすれば

そいつは即座に命を落とす事になる。


毒薬を使ったり

他者を介したとしてもダメだ


結果的に契約を結んだ相手に

害となる行為は全て処断される


つまりこれは

契約を結んだ相手だけを

縛りという名の檻で囲い込み


自分だけは

ルールの外側から何時でも

仇なす事が出来る薄汚い罠だ


油断したな?


一命を取り留めたことが

そんなに安心したのかよ


二度と裏をかかれないだ?


馬鹿が

もうとっくにハマってんだよ


治す、危害うんぬんは

全て本命を隠すための囮だ


てめえは既に二度

同じやり方に引っかかってんだよ。


「契約成立だな」


「本当に効力あるんだろうね?」


「だったらその剣で

斬りかかってみるといい


そうすりゃ、てめえは一瞬にして

お空ん上にぶっ飛んでく事になる」


交渉はここに

オレの完全勝利となった。


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色褪せた魔法と、最後の魔法使い ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni

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