短編三『朱色の絨毯』
両親に勧められたわけでもないのに、部屋の模様替えをした。
以前まで、リビングの中央、つまり家族揃って食事をするために置かれていたテーブルの足元に敷かれていた真っ白なウール製の絨毯がなぜか気に食わなかった。
先日、大型ショッピングモールで買った赤い絨毯を、早速、敷くことにする。
私は赤色が好きだ、どんなに黒色で塗りたくっても、その輝きを失わないような体裁を採っている赤色をとても愛してる。
数十分もの時間をかけて、白い絨毯を目的の色にする。
「一仕事終えた・・・」
自分の問いかけに反応してくれる人なんて、この空間にいるはずもないのに、一言だけ呟いた。
そろそろ寝ようかな、リビングの隣に建てられている寝室に向かう。
寝室に併設されている襖を開け、適当に布団を取り出す。
不思議に思った、無造作に積まれた寝具の中に一つ、紅色に染まった布団が見えるのだ。
「赤色のなんて、あったっけ?」
馬鹿らしくなってきた、未購入でここにあるはずがない、記憶にないだけで、過去に買ったものなんだろう。
浅はかな考察を思いつき、若干の満足感を得た夜だった。
派手な色の布団で寝るわけにもいかないので、適当に選んで、就寝することにした。
なぜだろう、白い寝具を取り出したはずなのに、その一部分が赤色に染色されているのだ。
無意識にその部分を手で撫でる、五感を働かせて、気づいた。
「濡れてる、水分を含んでるのかな。」
それとも、私の汗だろうか。
手についた水分の匂いをかいだ。
鼻を通り抜けたのは、錆のような鉄の香り。
「あ、あれ?」
染色液のついた手を、鼻に近づけたところで私の意識は途絶えた。
水面から顔を出すような感覚で、眠りから覚める。
別段気分が良い目覚めでもなかったし、粘つくような覚醒でもなかった。
丁寧に布団を畳み、片手で襖を開け、押し入れにそれを入れた。
昨日ぶりにリビングに戻った、故郷が恋しくなるとはこの感覚のことを言うのかな?
その場所に入るなり、私は唖然とした。
あんなにも綺麗だった赤色の絨毯が、ただの汚らしい茶色いシミに変貌していた。
「ああ、綺麗にしなきゃ、綺麗にしなきゃ、綺麗にしなきゃ、綺麗にしなきゃ、綺麗にしなきゃ、綺麗にしなきゃ、綺麗にしなきゃ。」
そうブツブツと独り言を言いながら、染色液となる素材を探す。
キッチンからナイフと包丁を手に入れた。
「あはは。」
なぜかはわからないが。
ついさっきまで、居座っていた寝室に向かうことにする。
「どこかな?どこかなぁ?」
襖をブスブスとナイフと包丁で刺す。
最初のほうは、ただ襖に穴が開くくらいの出来事しか起こらない。
しかし、次第に穴の周りが紅色ににじみ、清流の滝のように、その液体は上から下へと流れ始めた。
「やっと見つけた、見つけたよ。」
すでに、ボロボロな押し入れの扉から肉の塊が落下する。
これだよ、これ、私が欲しがってたものは。
肉の塊の正体は彼女の父親であった。
10代の女の子とは思えないほどの怪力で、塊を引きずる、ヘンゼルとグレーテルの計画のように、寝室からリビングまでの道筋が一つの赤い線で、はっきりとわかるようになった。
いきなり、リビングのテーブルの前で立ち止まる。
彼女は突然に無口になり、脈絡もなく、その肉塊を刺し始めた。
ポタポタ
その塊は、内容物を失ったのか、彼女が望む赤色の絨毯を再現してくれることはない。
もはや、それはただの物体であった。
「これじゃあよおおおお、足りないよ。」
歳に相応しくないような、太く低い声を上げながら、頭と喉を掻きむしる彼女の姿は、まさしく狂人。
指の爪には、彼女自身のえぐれた肉が挟まり、ところどころから出血している。
頭からも血を流し、元の顔など想像もつかない。
一瞬、正気を取り戻したのか、自分の指先を見て、冷静に、クールに、一言だけ呟いた。
「ここにあるじゃん。」
自分の手に握られている刃物を、自らの首に突き刺した。
「あはは、」
彼女の望み通りに、茶色のカーペットは、綺麗な紅色に書き換えられたのだった。
自己満足な短編集 赤沢アカ @AKA_akawawa
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