短編二『ジムノペディ』

 朝。

 電車に乗り込むと、時間の割に人の数が多いことに気づいた。

 雑多な人混みに押しつぶされながらも、車体は円弧を描くかのようにぐらりと揺れている。

 四方八方が様々な種類の人間で溢れかえっていた。

 肩と肩、肘と肘、とが軽くぶつかり合う中。

 私は手提げカバンのポケットから、スマートフォンとワイヤレスイヤホンをまさぐり、取り出す。

 颯爽とそれを耳つけて、私は軽く息を吐いた。

 今どきのイヤホンには、それ自体に音楽や動画の再生や停止を操作できる機能がある。

 実際に、私がもっているこのワイヤレスにも、その機能は搭載されているのだが。

 何となく、私はスマートフォンのほうで、目的の音楽を聴くことした。

 エリックサティのジムノペディ第一番。

 私はこの曲がとても好きだ、父親からの影響で、幼い頃から耳にしている曲でもある。

 そこはかとない安心感の中にひそむ、不安を表現したクラシックと言えばいいのだろうか。

 死の間際に感じるであろう、人生への諦観、もしくは諦め。

 その隙間に生まれた、ごくごくわずかな穏やかな気持ちで居られる面持ち。

 耳に届く、ゆっくりとした旋律に身をまかせながら、私はあたりを見回した。

 流れてくるバックミュージックによるものなのか、過酷ながらも、たくさんの色彩できめ細かく色つけられていたはずの世界は、この一瞬で白黒の、つまらないモノクロ映画みたく見えた。

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