12/25 聖誕祭を祝おう【おせっかい】

 食堂は騒がしくも明るい声で満ちていた――。

 大人達はみな赤い顔をして乾杯を繰り返し、幼い子ども達は今朝もらったばかりのプレゼントを大切に抱え食堂を駆け回る。


「こらレプラコーン靴直し妖精! 酒ばっかり飲んでないでちっとは働きなさい! 全くロイ達は酒が入ると途端に頼りなくて……! 肝心のベンジャミンまで酔ってるなんて、誰がデザートを運ぶんです!?」

「こんないい夜に酒を飲まないなんて一人前のレプラコーンのすることじゃないぞ! あぁもう無くなっちまった、もう一本だ!」

「キィィィィィ!」

「ちょっとブラウニー屋敷妖精、今夜は特別だって貴方も言ってたじゃない。あらぁ、そんな顔したってもう『ブラウニーさん』は永久退職ですからねぇ。しゅるっと運んじゃいなさいよ! 大丈夫誰も覚えちゃいないわよぉ、うふふぅ」

 ラナン・シー愛の奴隷は五年前に覚えた酒が気に入って、今ではお祭りとなればレプラコーンの飲み友達になっている。

 精気がどうの、と言ってたのは誰でしょうね! ブラウニーは憎まれ口を叩こうにも、その色気たっっぷりの笑みに再びひとりで「キィィィ!」と叫んだ。


 すると食堂から可愛らしい足音が彼ら――妖精達に近づいた。

「ブラウニー! わたし、プディング食べたい」

 ロイにそっくりな髪色、そしてアンナと同じ瞳の色――長女のグレイスだった。

「あぁもちろんですグレイス! とっておきの苺ソースを掛けておきましたらね!」

 しゅるっ! 

 作業台のプディングが消えたと同時、食堂で一際大きな歓声が上がった。

「グレイス、だめよぉ。そんな大きな声でアタシ達に話し掛けちゃあ。変な子だと思われるわよぉ」

「……ベンジーも変って言う?」

「うふふぅ。ベンジャミンのことが好きなのねぇ! グレイスは可愛いわねぇ! でも彼は手強いわよぉ! そうそう何たってアタシが取り憑いてたこともあった」

「黙らっしゃい! 子ども相手に何言ってるんです!」

 ブラウニーが跳び上がってラナン・シーの持っていた瓶を奪った。

「ラナン・シー……ベンジーのこと、痛くしてないよね……?」

 あ、あらぁ。ラナン・シーが困り切った声を上げた。

「だ、大丈夫よ! ほら、ベンジャミンったらとっても楽しそうでしょう?」

「……うん」

「もうずうっと昔のことよぉ! 痛いのなんて忘れてるわよぉ」

「……痛くしたら謝らないといけないってパパが言ってた」

「ぐ……」

「ラナン・シー! めっ、よ」

 ごめんなさぁい。顔を覆ってしくしくと泣き出したラナン・シーの肩をブラウニーがぽんと叩いた。

「天下のラナン・シーもグレイスには形無し……グレイス、それくらいで許してあげて下さい。彼女にも事情があったのです」

 酒の所為か嗚咽し始めた黒髪を、グレイスもおずおずと撫でる。

「ごめんね、ラナン・シー。泣かないで……ね、ごめんなさい」

「うっうっ……ぐぅ」

「おやおや、寝てしまいましたね。……久しぶりに皆が集まって彼女も嬉しかったのでしょう。あぁプディングを出したら肩の荷が下りました。私も少し飲みましょうか! それにしても、工場長は何だってあんなに煩いんでしょう、耳が悪くなったのかな?」


 グレイスはラナン・シーから手を離し、大きな青い瞳を瞬かせた。腕に抱えた兎の人形を抱え直して。

「ブラウニーもおじいちゃんのこと知ってるの?」

「おじいちゃん? あぁ、工場長のことですね……いえ、今では会長ですか。あの借金を全部返して成功するなんて、人生って分からないもんですねぇ」

「パパとママのお友達なんでしょう?」

「そうですよ、とても仲のいい。懐かしいですねぇ」

 ふぅん。グレイスは黙り込んだブラウニーが詰まらなくなったのか、ひらりとワンピースを翻して食堂に戻っていった。

 グレイスが言葉を話せるようになってから、ロイは彼らの姿を見ることができなくなってしまった。しかしロイとアンナの愛し子――グレイスを妖精達は溺愛している。共働きの二人に代わって、危ないことをしないかと目を光らせているのだ。


 二階から赤ん坊の泣き声がして、ブラウニーはアンナが気づくより先に部屋へと向かった。どうやらオムツが濡れてしまったようだった。

 しゅる、と指の一振りで食堂にいるアンナの足元に風を起こし、ブラウニーは再び台所に戻った。

 ラナン・シーはぐうぐう寝て、レプラコーンは家の前の通りで他の妖精達と踊っている。

「いい夜ですねぇ」

 もう百年は同じ場所にいたが、ブラウニーには今日が一番楽しいように思われた。ロイと話ができた奇跡は消えてしまったが、グレイスが生まれ、また新しい子どもが生まれた。きっと彼らと仲良くなるだろう、と。

 ブラウニーがぼんやりとレプラコーン達を眺めていると、食堂から「めでたいなぁ! なぁ、ベンジャミン!」と工場長の大きな声がしたかと思うと、ロイが真っ赤な顔でふらふらと出てきた。何か手に提げているが袋はぐしゃぐしゃだ。それに全く親父さんは! と、悪態を吐いているところを見ると、かなりの深酒のようだ。ブラウニーはしゅるっと水を出し、台所の作業台に置いてやった。

 ロイは何も言わずそれを飲み干し、はぁと息を吐いた。

「ロイ、ちょっと飲み過ぎですよ」

 ブラウニーは聞こえないと分かっていても、思わずいつもの調子で話し掛けた。しかしロイはよっぽど酔っているのか、ラナン・シーのすぐ横に突っ伏した。うぅ、と呻く。

「アンナが今日は飲んでいいって……飲み過ぎた……」

「だからってもう二児の父なんですから、少しは抑えないと」

「……グレイスがベンジャミンのお嫁さんになるって……俺、なんで俺じゃないんだ……うえぇぇ」

 ダメだこりゃ。ブラウニーはさっきラナン・シーにしたように、ロイの頭をぽんと叩いた。

「……貴方とおしゃべりできないのは寂しいです、ロイ」

 するとロイはのそりと起き上がり、手にしていたぐしゃぐしゃの包みをラナン・シーの頭に乗せた。そこは丁度、銀食器の引き出しの上。

 ロイは視線を彷徨わせながら、「ブラウニー」と言った。

「プディング美味かった。レプラコーンも、ラナン・シーも……聖誕祭、おめでとう」

 そうしてロイはまた覚束ない足取りで食堂へと戻っていった。

 ブラウニーが慌てて包みを開くと、そこにはチョコケーキが入っていた。彼が一番好きな、隣街のお菓子屋の――。


 アンナが赤ん坊を連れて降りてきた。少し乳を含んだのか、大人しく抱かれている。ロイがそれに気づいて赤ん坊を抱き上げた。二人目ともなると抱き方にも貫禄がある。グレイスがロイの足に甘えるようにまとわりついた。

 ブラウニーは目尻を下げて、小さく呟いた。

「ありがとう、ロイ。これでまたお手伝いができますよ」


 ――聖誕祭の夜。

 暖炉の火はいつまでも赤々と燃えて、家族の賑やかな声は止むことはなかった。


 翌朝、張り切りすぎたブラウニーが豪華すぎるスープを作って大騒ぎになったのは、また別のお話。



(了)


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『おせっかいはほどほどに』

 https://novelup.plus/story/143230706

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