夜空を彩れ、君の花火

秋雨千尋

最後の花火は瞼に焼き付いた

 難病を抱えた妹は僕に告げる。

 死ぬ前にどうしても花火が見たい、と。


 当然僕は反対した。生まれてから一度も外に出たことがないんだ。病気が悪化したら、感染症にかかったら、きっと助からない。

 妹に死んで欲しくない以上に、悪者になりたくなかった。

 僕は卑怯者だ。


 妹が危篤状態となり、両親は泣きながら病室で見守った。僕は廊下でずっと爪を噛んでいる。

 このまま死んでしまうのか。

 行きたかった花火大会を目前にして。

 けたたましく鳴り響く心電図が、妹に責められているように感じられた。


 なんとか峠を超えて、安定した様子に安堵した両親がぐったりと意識を失っている。

 周りに人気がいなくて、廊下には車椅子が置いてある。


 今だ、やれ、と言われた気がした。


 妹を担ぎあげて車椅子で連れ出す。

 きっとすぐに見つかる。ものすごく怒られるだろう。

 それでも走った。

 途中、モップを持った看護師さんに見られた。

 止められると思ったけど、意外なことにスルーしてくれた。


 花火会場はものすごい人混みだ。

 初めての騒音。そして花火が打ち上げられる爆音に妹が目を覚ます。


「お兄ちゃん……ありがとう」


 夜空を彩る眩しい光は、いつまでも瞼に焼き付いた。「すごいね、キレイだね」そう呟く声は鼓膜に刻まれた。

 僕はこの日を一生忘れないだろう。








「お兄ちゃん、いい場所とれたのう」


「ああ、今夜こそ最後の花火になるかもしれんからなあ」


 花火が夜の闇に消えていくように、妹の病気はすっかり消え失せた。医者が寝込むほど有り得ない事態だった。

 両親は色んな人間にどんな治療法が効いたインタビューされまくり、与えたもの全てがトレンド入りを果たした。

 妹はあまり人気のないブサカワ兎のアニメキャラが好きだったのだが、縁起がいいと大評判となり映画化までした。


 今年90になる今でもブサカワ兎のぬいぐるみを持ち歩いているのだから、まあご利益はあるのかもしれない。


 あの日、スルーしてくれたモップを持った看護師さんは、もしかしたら死神だったのかもしれない。

 寿命を刈り取るタイミングを奪ったから運命が変わったのかもしれない、なんてオカルト妄想は誰にも話していない。


「あっ、始まるよ」


 今年も最後の(かもしれない)花火を妹と見られる事に感謝する。まだまだ連れ出せるように若々しくいなければ。


 終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜空を彩れ、君の花火 秋雨千尋 @akisamechihiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ