最後の花火2 カフェシーサイド

帆尊歩

第1話 最後の花火2 カフェシーサイド「柊」

実は砂というのは、非常に重いのに風で波のように動く。

カフェシーサイド「柊」は高床式になっていて、店に入るには階段を上らないが、その階段の下が砂だまりになってしまうことがある。

僕はこのカフェシーサイド「柊」に砂掻きで雇われているが、砂掻き以外でも謎のオーナー遙さんに日々こき使われている。

店は基本白を基調としているが、砂に削られて、白ペンキが剥がれ、木目が出ているところがあった。


「遙さん、なんか店の下の柱がはげているんですけれど。ペンキ買ってきて塗りましょうか」

「アッ、いいね。自分から仕事を見つけて能動的に動くところ、おねーさんは好きだぞ」

「はい、丁稚から、手代に昇格させてもらいましたから」これは嫌みだ。

「じゃ、これもお願い」と遙さんはメモを僕に渡してきた。

くそ、初めから買い物に行かせるつもりだったな。


町は海沿いの田舎町だけれど、田舎の分自分でなんでもしなければならないので、ホームセンターは充実している。

メモ片手に、パシリに没頭していると、若い女の子の声が聞こえた。

「花火ありませんか」店員は今時分花火かよというのがありありと顔に出ていた。

「もう今の時期はね。あれ火薬だから。消防署の許可が必要なんですよ。だから時期はずれると、返品しちゃうので」

「そうですか」女の人は残念そうに、ホームセンターを後にした。


「遙さん」

「うん、手代よ何かな」

「イヤその手代辞めてもらえませんか」

「番頭になりたくはないの」

「時給上げてくれるんですか」

「上げない」言い切るなよと僕は思った。

「花火とか、今の時期はありませんよね」

「あるよ」

「あるんかい」

「手で持つやつならね。なんで」

そこで僕はホームセンターの一件を話した。

「なんだ、うちでコーヒーでも飲んでくれれば、提供するのに」商売をする気があるのか、ないのかわからない事をしているのに。売り上げは欲しいんだ。

「なんであるんですか」

「ここは浜辺だよ。花火くらいあるでしょう」さすがの僕もこれ以上突っ込むのがめんどくさくなった。


ところが、その女の人がカフェシーサイド「柊」に客としてやって来た。

僕は驚いて、遙さんの腕をツンツンした。

「何よ」

「例の花火の人です」

「へえー」と言うが早いか、遙さんはそのお客に寄っていった。

「花火お探しなんですか」

「えっ、何でそれを」と女の人はかなり驚いていた。

それはそうだろう、たまたま入ったカフェでそんな事を聞かれるんだから。

「うちの手代が、ホームセンターでお見かけしたようで」手代っていうなー

「ああ、そうなんですね。ないことは、なんとなく分かっていたんですが。ダメ元で」

「あげましょうか」

「あるんですか」

「海辺のカフェなんで」とまた意味不明な説明をしている。

「ああ、なるほど」いやいや、その説明で納得出来るのか?

「なんで、今の時期に花火なんですか」

「実は私、今度結婚するんです」

「ああ、それはおめでとうございます」

「ありがとうございます。でもこの海岸、亡くなった父と最後の花火をした場所で。父への結婚の報告と、供養で、ここで花火がしたかったんですけれど、もう今の時期なんで」

「お父様はいつお亡くなりに」

「実はもう随分前なんです。まだ私が小さいころで、でも彼がどうしても父に挨拶がしたいって」

「じゃあ。彼氏さんもご一緒に」

「ありがとうございます」


三日後に、彼女は婚約者を連れて来た。

彼は本当に好青年で、お似合いのカップルだった。

夕方の黄昏時から、夜のとばりがおりた。

深まった秋の砂浜には誰もいない。

遙さんが用意していた花火のセット、どこでも売っているような花火セットを二人は大事そうに持って、店から少し離れた砂浜で二人の花火大会は静かにはじまった。

僕と遙さんは邪魔をしないように店のバルコニーから眺めていた。

手に持った花火を大きく輪にして回したり、たまに笑い声が聞こえたかと思うと、二人が見つめ合い、仲睦まじいその姿は、本当に微笑ましく、優しさと感謝とそして愛に包まれていた。

誰もそこに入ってはいけない、そんな空間だった。

五十メートルくらい先の暗くなった砂浜には美しい花火が咲いていた。


手すりに肘をついて、二人を見つめる遙さんが、小さく話す。

「本当はパパに謝りたかったの。小さいときに死んだことで、ママは本当に苦労したから。だから私はパパの事を恨んでいたの。なんで私とママをおいて行ってって、でも今はパパに祝福して貰いたい。そしてそんな事を思っていた私を許してもらいたい。そして、この人が私の愛した人だよってあなたを紹介したい」

「そんな風に言っていたんですか?」

「あたしの想像」

「想像かよ」

でも二人を見ていると本当にそう言っているように思えた。

あるいは遙さんには、二人の思いが分かったのか。

最後の花火は暗闇に中の線香花火だった。

その小さな火は二人の顔をかすかに照らし、お父さんへの供養の火に見えた。


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