バンドマンは雨を降らせたい

影津

一話完結

 窓に撃ち込まれる雨音が俺の思考を遮断させようとする。


 苦しくてたまらない。この世界は俺を殺しかねない。だけど、俺を断続的に叩くことは許さない!


 ああ、どんより雲がこのアパートから見える西の空を覆いつくしている。『深夜にかけて雨足は強まるでしょう』というテレビのニュースがうざい。


 降るなら降って、洪水でこのしょぼい家賃のアパートを流してくれよ。俺は最近飲めるようになった缶ビールに手を伸ばす。成人してまだ半年だけど、俺は既に大人の特権に溺れている。上手くいかないことだらけの世の中が憎くて、手放せない。


 羨ましいんだよ! 同期のバンド仲間がデビューした! 俺のバンドが他のバンドの前座にされて悔しいんだよ! 


 鍵をかけた窓が、風圧で軋んでいる。


 スマートフォンのアプリゲームを起動する。いわゆる音ゲー。リズムに乗って叩くだけ。こんなのミュージシャンの俺なら朝飯前だ。だけど、こんなゲームで一位を取っても、プロのミュージシャンにはなれないんだよな。


 雨音は俺に問う。どうしてこんな大人になった? 二十歳が大人? ふざけている。中身は小学生のまま成人を迎えた。学力低下を嘆く市には悪いが、俺はあんたら大人が保持している学力の半分以下で高校を卒業した。若者の車離れを嘆く企業には悪いが、車がなくても困らない会社にしか勤める気はないから。てか、就職活動を俺はするんだろうか?


 小学校の頃、将来の夢を発表する授業があった。それはきっと、幼稚園のときにもあったと思う。サッカー選手と答えた。周りがみんなそう言ったから、俺もそれに合わせた。出る杭は打たれることを本能的に感じていたのかもな。


 雨音が急に止んだので、窓を見やる。日光は弱々しく差し込む。なんだ、もう降らないのか? この腐った日常の雑音をかき消してくれる雨は。


 ニュースが終わってお笑い番組のCMが入る。この前グランプリを取った知らない芸人が出るらしい。


 知らない芸人。俺の認知しない芸人。世間ではいちいち一位になった人間のギャグをチャンネルを合わせてまで見たいと思うのだろうか?


 俺はその芸人が三千人の応募者の中から選ばれたことを知っている。だけど、そいつが面白いギャグを飛ばそうがどうだっていい。そもそも、面白いとも思えない。俺は空しい人間なのかもしれないな。お笑いを楽しめない人間なんて。


 俺は選ばれない。バンドは山ほどある。今度は同局の音楽番組のCMが流れた。俺はそこに映るわけがない。デビューしていないんだから。


 あいつらも、きっとデビュー前ってのがあったはずだ。そう思うことで心を強く持った。だけど、あいつらは武道館でライブを成功させた強者ぞろい。俺らは駅前の路上ライブが精いっぱい。ライブハウスを借りれば、チケットを売りさばけもしない。しまいにゃ身内(兄弟姉妹、父親、母親、じいちゃん、ばあちゃん)に無料で配布するなんてことをしている。


 金はもらえない。無料にしても、そもそも聞いてもらえない。テレビの前にギターを引っ張り出す。アンプにも刺さず、ギターを力任せに弾いてみる。


 雨が再びしんみりと降りだした。窓を洗う音が心地いい。


 あいつらプロと俺らは何が違う? 同じ人間なのに、どうしてこうも差がある。あいつら、音楽スクールに通ったのか? それとも、元々そういう才能があったのか? 


 俺はギターをつま弾く。悲しい。何が悲しいのかは分からない。明日も雨ならそれでいい。デビューした奴らの屋外ライブを全部ぶっ壊しにする梅雨前線なんて大歓迎だ!




 いや、あいつらは雷警報ぐらい出ないとライブを中止するなんてしないだろう。あいつらにとってライブはお祭りだから。


 年齢は関係ないとはいえ、俺より若い十代の奴らが次々メジャーデビューしていく。俺がどんなに駅前で歌った回数が多くてもだ。


 インディーズバンドとメジャーバンドを隔てるものは、何か? プロは流行の「EDM」の音を楽曲に取り入れるから? 


 雨音が激しく窓をノックする。明日には梅雨入りと報じられるかもしれない。


 どしゃぶりで、テレビの小さい音量ではニュースは聞こえなくなる。芸能人が死んだらしい。家族葬だそうだ。


 芸能人は誰から見ても知られた存在なのだろう。俺たちは無名だ。この地球上で俺達のことを知っていて、かつファンで、応援してくれる人なんているのだろうか。


 ときどき、親父を恨みたくなる。高校を出て、就職活動をはじめたころには親父もお袋も、俺のことを馬鹿息子と呼んだ。仕事を早く見つけろとか、内定はまだ取れないのかとか。


 俺は就職活動のエントリーシートの夢を語る欄に「バンドマンになりたい」と記載していた。そのせいかは知らないが、就職活動の面接まで到達できずに不採用通知がなされていたのかもしれない。だから、いつまでたっても俺は仕事にありつけなかった。ボーナスも昇給もないバイトを何年も続けた。


 冷蔵庫から出して数時間が経った缶ビールが生温い。滝のような雨音は俺の神経をガリガリと削る。


 変だよな。二十歳の誕生日が来た瞬間に、俺らは酒を飲める。同時に、将来の夢が「具体的なもの」でないと認められなくなる。「アパレル会社の非正規雇用。ただし、将来正社員になる可能性あり」の方が「名もない無名バンドマンのギター」より将来性があるとされる。


 雷がどこかの屋根に落ちたような音を立てた。雨はよりいっそうアパートの屋根を打ちつける。俺には絶対音感がないから、その雨の一粒の音が何の音かは分からない。絶対音感のない人間は相対音感を鍛えればよい。だけど、それだけじゃメジャーデビューはできないんだ。


 じゃあ、俺達は努力が足りていないのか? 路上ライブして町の人にアピールするのは当たり前、音源を収めてレーベルに送りつけたり、ユーチューブで音楽配信もやってみた。それなのに、俺たちは「その辺によくいるバンドマン」という型から抜け出せない。口コミ? そんなものはない。俺たちは、有名になれない何かを抱えている。そうとしか思えない。努力しても殻を破れない。努力しても同じような努力をしたバンドマンは五万といる。誰から見れば魅力的に映る?


 ギターは、悲しい音を立てる。といっても、「ミラレソシミ」という、何のコードも押していない開放弦の六弦から一弦にかけてのチューニングをしただけだが。


 温度と湿度で音が変わるギターは気まぐれな楽器だ。ピアノが調律をほとんどしなくても同じ音を保つのに対しギターはおおざっぱな楽器で、ほぼ毎日のチューニングが必要だ。


 スマホが鳴る。明日、ライブが決まったらしい。リーダーのボーカルからだ。また別のバンドの前座をすることになったらしい。俺たちは、今持っている音を届けるだけだ。


 俺達は前座とはいえ必要とされている。そう思うことで、激しい雨音も悪くないと思えた。






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