妄想歴史設定 主人公に全感覚没入型VR装置が届くまで

さぼ・まん

妄想歴史設定 主人公に全感覚没入型VR装置が届くまで

―注意―


 この話はSFにおける普遍的な概念のひとつ『なんかすげー未来の技術』によって作られています。


 リアリティや実現性、現実的な代替手段については『超すげー現代技術』の領分なのでそちらの専門家様に聞いてください。


 私に質問しても適当に答えをでっち上げるか答えに窮してわけわからん返事しか返ってきません。似非科学だと思ってください。






0.はじめに


 没入型VRゲームを題材にした小説のVR装置の設定を見ると、現代ではありえない超技術を持つ天才や圧倒的な技術力を持つ巨大企業が総力を結集して開発したという設定は少なくありません。


 そういった小説に出てくるVRゲームは得てしてスケールが壮大で、ヒゲの配管工やドラゴンなアレや略称で意見が割れるソレのような歴史に名を残す作品に類する物であり、製作側が強大であってもつり合いが取れて納得です。


 しかし、私が欲しいものはババ抜きでお互いに悲鳴を上げるようなくだらないノリのVRゲームです。


 たかがババ抜きに『現代ではありえない天才の超技術』や『巨大企業が総力を結集』なんて壮大なスケール持ち出されても異物感がやべーです。


 強大な力が背景にあるだけで何もしてないのにザワザワして違うジャンルになってしまいます。


 そのような状況のミスマッチに陥らないように、もっと普通に技術が発展してごく普通の一般家庭にVRゲームが普及されるまでの流れを考えてみました。



1.最初は医療目的での感覚の再現


 VRの始まりとも言える疑似感覚技術のおこりは医療技術でした。


 視覚障害者に光を、聴覚障害者に音を、四肢を失った人に新しい手足を、そういった純粋な願いから人体の感覚の研究が進められます。


 そしてその願いは実を結び、触覚のある義肢、映像を脳に直接伝えるカメラ、音を脳に伝達するマイクが開発されました。



2.感覚再現技術の一般化


 時は経ち、疑似感覚の医療機器は神経への物理的な接続無しで使用できるようになりました。フルフェイスメットに鞄型の筐体を背負う方式だった装置は小型化され、極薄のカチューシャ型やネックスピーカー型のようなデザイン性と機能性を両立した形状に進化しました。


 疑似的な視聴覚の長期使用や健常者への影響についてもデータが蓄積され、健康に悪影響が無いことが確認されると疑似視聴覚を取り巻く環境が劇的に変化します。


 疑似視聴覚技術が一般人に使用可能になったことで人類の夢、脳に直接映像と音を伝達する空間投影モニターと感覚没入型VR空間の開発競争が発生したのです。


 各企業の努力により開発された視聴覚直接伝達機能搭載型情報端末は障害者が身に着けていたデザインを踏襲し、非常に高い携行性と利便性を有していました。


 端末の機能のひとつ、空間投影モニターとモーションセンサ技術の組み合わせによってどこにでも疑似的なキーボードとタッチパッドを設置できるようになり、従来のキーボードとマウスはその地位を追われます。


 空中にキーボード投影するのは指がすり抜ける問題があるためできませんが、キー表示するための板があればモニターが不要になったことも相まってどこでも仕事ができるようになりました。


 今やキーボードはキー部分にゴムマットが付いただけのただのボードでマウスパッドと同列の存在です。


 リモートワークも従来のモニターに各社員の顔が並んだ状態から、空間表示された各社員のデスクが並ぶVRオフィスに変化しました。


 仕事における話し合いなどの際、椅子に座ったまま乗り物が動くように机ごと動き、会議室形態、集会形態、雑談のための個別移動などするように変わったのはVRならではの風景と言えるでしょう。


 福利厚生の一環として公式行事以外でのアバター使用を認める企業も多数出現し、宇宙人やドラゴン姿で仕事し、古代遺跡や猫まみれの机が見られるなど仕事風景も大きく様変わりしています。


 また、同時期に身体感覚の遮断技術も開発され、感覚接続したロボット操縦において肉体と機体が同時に動く問題が解決し、ロボット操縦が没入型VRに近い状態になりました。


 この頃に登場した触覚連動型遠隔操作人型ロボットが建設現場などで使用されるようになり、人は出力と体型が全く違う体を使っても使用後の短時間に少し違和感を覚えるだけで何の問題も無いことが分かります。



3.没入型VR空間のリハビリ


 感覚遮断技術の開発により、神経の損傷や萎縮した人に対し、身体の負担が掛からない仮想肉体をリハビリに使う試みが始まりした。


 この試みは従来から存在している物理演算技術を流用することで比較的容易に実現され、運動場程度の広さの没入型VR空間がリハビリ場として普及します。


 数多くの臨床試験の結果、微量の痛覚刺激と適度な疲労感を得られた患者の方が成績が良い傾向があることが分かり、無駄な感覚であると思われていた痛覚と疲労感の存在が見直されます。


 研究は進み、疑似感覚使用の際の痛覚の上限を人の感じる理論上の最大値の1%に規定するなど、疲労感、温覚、冷覚の上限値が法律で定められ没入型VR空間はより臨場感が増していきます。



4.入力方式の壁


 決められた動作や呪文で必殺技や魔法が飛び出すテーマパークのアトラクションや実際に体を動かさず没入型VR空間で運動するVRジムの登場など、没入型VR空間の進歩は順調であるかのように見えました。


 しかしここで入力方式インターフェースの制約が大きな壁としてぶつかってきます。


 没入型VR空間内で使用できる入力方式は特定の動作でコマンド入力するジェスチャ入力、声で指示を出す音声入力、入力キーに視線を向けることで操作する視線入力しか無かったのです。


 体感型ゲームで戦闘は花形です。しかし、相手と近接した状態で決められた動作をするのは困難であり、道具の取り出しやコマンド入力のために音声入力でしゃべり続けるのも煩雑で、敵から目を逸らす必要のある視線入力は激しい動作とは不適合です。


 現在の入力方式は演出としては有用でも、戦闘という花形を体感するには不適なのでした。


 空間内にコントローラーやキーボードを常時設置する手段も考えられましたが、没入型VR空間でわざわざコントローラーを持つ意味は薄く、従来の視聴覚のみ連動させて卓上でコントローラを操作する全周空間投影型ゲームを超えられません。


 卓上でコントローラーを操作するに当たって触覚は邪魔者でしかなく、全感覚没入型VRの実現は頓挫します。




-.その頃、ゲームにリアルな触覚を渇望しているのはエロい人だけだった。


 頭の良い変態とか、頭の悪い変態とか、どうしようもない変態とかが触手やスライムを再現するために体にタコを張り付けたり、コンニャクまみれになって頑張っていました。




5.味覚と嗅覚の研究


 味以外の成分が全く同じになるように調整した食品サンプルを使用した実験により、『不味い物は不味いだけで健康に害は無い』ことが実証されました。


 不味い物が健康を害する印象を受けるのは、不味い物に危険成分が混じっていることが多いのが原因なのであって、不味い味自体にはプラセボ以上の効果はありません。


 嗅覚を利用した実証実験においても同様に匂い自体には身体的被害が無いことが実証されました。


 また、医療分野で不完全ながらも開発されていた疑似味覚と疑似嗅覚の実験においても同様に身体的影響が無いことが確認されます。


 このことから疑似味覚と疑似嗅覚に関する規制は無くなり、全感覚没入型VRの開発素地が完成します。



6.現実に掛かる問題点


 医療技術から発展したVR技術は人間が持つ元々の感覚を再現するものではなく、元々の感覚をそれとは懸け離れた感覚で補填するものです。


 特にこの観点から味覚を考えた場合、好き嫌い、甘いものは平気で辛いものはダメといった個人差が大きい味覚の再現には個人ごとの味覚の解析しなければならないという大きな手間があります。


 私は実際のところ、機械による画一的な疑似味覚を作っても「実際の料理と味が違う。」といった事態になるのは目に見えており、観光業界などでVR料理を実用化するのは現実的ではないと思ってます。




-.困ったときの最終手段


 個々人の感覚に合わせてVR装置を調整するとなると時間とコストが大幅に跳ね上がります。


 私の貧相な想像力では開発と普及に掛かる費用が2ケタは確実に上がるので採算が取れる現実的な手段が思いつきません。


 このままでは感覚の完全再現を成し遂げることができない。ぐぬぅ。


 よーしこうなったら最終兵器『なんかすげー未来の技術』発動!


 なんかよくわからんけどカメラでスキャンしたら個人の感覚の癖が判定されたりいつの間にか国民全員分のデータが登録されていた遺伝子情報を元に味覚と嗅覚が再現されたりして解決する!


 一般家庭にテレポーターを普及させて距離の概念が消滅して数億光年離れたお隣さんに煮物をおすそ分けする世界だって簡単に作れる『なんかすげー未来の技術』さんにかかればこの程度ちょろいもんだぜ!




7.解決策は時間


 ゲームなら『アバターだから』とか『仮想空間だから』といった理由で現実との齟齬をまるっと無視できるので、多少の感覚のズレは許容できるのですがそれでは面白くありません。

 現実的な流れで感覚の完全再現を考えていきたいと思います。


 目の前にある物体を介して他人と感覚を共有できる視覚や触覚、言語という統一規格を介して整合できる聴覚と違い、味覚と嗅覚は外に対して出力できる共通の規格がありません。


 疑似味覚と疑似嗅覚に期待を寄せていた観光業界も現実との感覚のズレの修正に莫大なコストが掛かることを確認するときびすを返して去っていきました。


 そんな中、立ち上がったのが暇と金を持て余した富豪たちです。


 彼らは技術の普及など二の次で自分たち専用の味覚再現装置の開発に乗り出しました。


 しかし、利用範囲を絞ったとはいえ新技術の開発は容易ではなく満足な結果も出せず長い年月が過ぎ去ります。


 それでも富豪たちにとって新たな娯楽の先駆者となる名誉は魅力的だったようで開発は中止されることは無く継続されていきます。


 最初は不完全だった疑似味覚も徐々に再現度が増していき、採算を度外視すれば完璧に個人の味覚と嗅覚を再現できるようになりました。


 値段が高すぎても完成してしまえばあとは簡単、時間と共に広がって行くだけです。


 最初は自分用に、次は自分のやっていることを広めるために贈答用として機器調整の身体検査とセットで装置が贈られます。

 その次は富豪の作る流行に追随しようとするシンパと元々味覚再現装置をほしがっていた好事家が。


 そして社会の少数に浸透し、調整方法の簡略化が見えてきたところで金の匂いを嗅ぎつけた飲食業界がやってきました。


 飲食業界は有名ホテルや一流料亭などと提携してVR食べ放題ツアーを企画します。


 機器調整のために身体検査が必要で値段も高価でありましたが、いくら食べても腹が膨れず太らない文字通りの食べ放題ツアーはセレブな女性陣の人気を博し大成功を収めました。


 飲食業界の成功を目の当たりにした観光業界でも豪華VR食事付き仮想世界ツアーを企画し、VR料理の商品開発競争が始まります。


 各企業は身体検査のコスト削減のために、身体スキャンと国が管理する遺伝子データを併用した味覚予測システムを共同開発し、実用に耐えうるレベルの疑似味覚と疑似嗅覚が作られました。



8.VR空間への認識の変化


 疑似味覚と疑似嗅覚を長々と開発している間にも没入型VR空間は進化していました。


 VR小動物と触れ合うVRセラピーをはじめ、大型動物とも触れ合えるVR動物園、その他触れ合うのが恐竜や古代生物、果てはスライムやクラーケンなど様々な生物が再現され人気を博しました。


 他にも、博物館のVR古代住居体験や実物の水槽と連動した水中を歩く水族館のVR水中散歩など没入型VR空間を利用した設備は至るところに設置されています。


 もはや没入型VR空間の有用性を疑う余地は無く、企業は事業者の許可制だった没入型VR空間の利用装置を一般開放するよう政府へ圧力を掛け始めました。


 これが実現すれば没入型VRショッピングモールの通信販売、没入型VRレストランの試食会による提携店の宣伝、没入型VR運動競技場のイベント興行など発生する利益は計り知れません。



9.思考による言語入力の実現


 VR空間だけでなく、それを取り巻く技術も変化しました。


 人と遜色のない知能を持つAIが生み出され、相手の指示を斟酌しんしゃくできるようになったことで音声入力の利便性が飛躍的に向上したり、触覚技術の進歩により多少コツが必要なものの存在しない指でマウスのような簡単な操作ができる思考指ができました。


 この時期の最も大きな技術革新は思考の言語入力が実現したことでしょう。


 今まで思考の言語入力は思考に混じるノイズの除去が困難でまともな入力ができなかったのですが、AIの進化によって思考ノイズのフィルタリングが可能となり実用に耐える精度の入力が可能になりました。


 この技術の実用化によって没入型VRゲームの最も大きな障害であった入力方式の問題が解消され、疑似感覚技術を収集しながら雌伏の時を過ごしていたゲーム会社も没入型VR装置の一般開放へ向けて大きく舵を切ります。



10.規制緩和と完全没入型VRゲームの完成


 各企業からの強い圧力を受ければ政府も動かざるを得ません。


 政府はVR装置の一般開放へ向けて法整備を行い、公共のVR空間内における仮想肉体のサイズと運動能力上限の基準、高所から落下した時の落下速度制御方式、仮想肉体の身体接触によるハラスメント対処のガイドラインなど様々な基準が策定されます。


 ゲームに関してもアバターの肉体損傷や身体欠損、残虐表現などに関するレーティング設定、健康状態のモニタリングと異常時の緊急離脱措置の義務化などがされました。


 VR空間から戻って来なくなるVR遭難者(マスコミはVR家出と報道)対策についても暫定的にログイン時間を規制することで対応することになりました。


 1つのVR空間に1日4時間を超えて滞在できず、1日のVR空間滞在時間は合計6時間以下と決まり、高度な知能を備えたAIによる監視機能の付与を義務付けました。


 法律の起案当初、滞在時間のリセットは深夜0時と考えられていましたが、深夜のリセットと同時に限界まで滞在する者やリセット時間前後合わせて8時間滞在するなどして不摂生を行う者が出ることを指摘され、議論の末リセットの時間は4時間以上のイベント開催を可能にする利便性を考慮した15時に決まりました。


 こうして、没入型VR空間の一般利用に関する関連法が制定され、VR装置の規制が緩和されます。


 そして、規制緩和と同時に各企業はこぞって完全没入型VR装置の販売に乗り出しました。


 完全没入型VR装置はゲームは言うに及ばず、グルメ、旅行、スポーツなどあらゆる娯楽を内包した今までにない万能の装置です。


 その売れ行きは凄まじく、様々な企業が全力で生産しても常に品薄、予約待ちの状態です。



 そんな中で主人公もVR装置を手に入れ、VRゲームの世界に入り、新しい物語が始まっていくのでしょう。




11.おわりに


 1つずつ発展する理由を付けてそこそこ優秀な人が長い年月を掛けて技術を積み上げれば没入型VR装置は実現可能なように見えます。


 味覚と嗅覚については個人差の問題を大きく扱いかなり厳しい条件を設定しましたが、現代でも味覚を電気的に分析する手段の研究や臭いを数値化する試みなど色々な研究がされているため、もしかしたらもっと簡単に味覚の個別設定ができるのかもしれません。


 感覚の完全再現をすることができる装置を作るために長々と理屈をねましたが、ゲーム内は現実ではありえない力を出したりするものです。


 フィードバックの調整は当然されており、現実と同じと謳っても本当に現実と同じ感覚のゲームは作らないはずです。


 どうせ現実と違う感覚になるのですから未熟な再現技術で普通にゲームしてもいいですし、触った物を何でもうっかり握り潰す怪力にしても素早過ぎて速度制御できず色々な物に激突するようにしてもどんなゲテモノでも美味しく食べられるバカ舌にしても良いのです。


 ゲームなら現実の感覚になんてこだわらず、超感覚とか超人的な肉体とか状態異状という形で意図的に齟齬を起こした方が面白いと思いますよ。




※.補足


 小型軽量の首掛け式VR装置を実現するに当たって、装置の処理能力、通信速度、バッテリー容量、脳からの距離が遠すぎて使用できない可能性、体全体の神経を接続しなければ使用できない可能性の問題は最初から解決済みとしています。




 どうでしょうか、自分で言うのも何ですが割と不自然な部分がない流れになったと思います。

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