それいけ!池栄高校ラーメン部

桜井愛明

それいけ!池栄高校ラーメン部

「ここは醤油だろ!」

「いいや、味噌だね」


 先輩たちは頭をくっつけあい、あと数センチで唇が触れてもおかしくない距離で睨み合っている。

 なぜこんなことになっているかと言うと、発端は数十分前にさかのぼる。


   * * * * *


「廃部!?」


 四人だけでは余る広さの部室に俺の声が響く。

 空き教室を魔改造してできたらしい部室は、飲食店のようなキッチンに業務用の冷蔵庫。これだけ見ると家庭科室より立派かもしれない。

 いや、今は呑気のんきに部室の様子を語っている暇はない。

 青井あおい先輩はいつになく真剣な表情で言う。ラーメン部が廃部だって?


「どういうことですか!」

「どうにもこうにも、あの生徒会長様に言われたんだ」


 俺が反論する前に、「その通りだ」と窓に寄りかかっていた白石しらいし先輩が続ける。


玄道げんどうも知っているだろ? 今、多くの部活動は池栄いけえい高校にふさわしくないと決めつけられ、会長権限で次々と廃部にされていることを」


 白石先輩が外で走っている運動部を眺めながら物憂ものうげな表情でつぶやく。あの、ここブラインドはついてないのでその動きは意味ないです。

 池栄高校は一人からでも自由に部活や同好会が設立できるため、多くの部活動が存在する。メジャーな部活からちょっと珍しい部活、そしてもはや部活と呼べるか怪しいものまで存在する。帰宅同好会とかエスパー部とか。

 そして部活動が盛んなことから、池栄高校は《放課後の池栄》というなんとも微妙な呼び名がある。


「布団部も、黒魔術部の奴らもやられた……!」

「そんな部活あったんですね。さすが放課後の池栄」

「布団部は目覚まし時計を永遠に鳴らされ続け、黒魔術部は白魔術同好会と相殺されて消滅した」

「やり口が思ったよりシュールですし、相殺されて消滅ってどういうことですか」

「うどん同好会、そば部、パスタ部もやられ、麺類同盟を組んでいた奴らはすべて廃部にされてしまった……あの金髪サラ男め」


 麺類同盟とか会長のディスり方とか色々ツッコみたいけど情報量が多すぎて諦めた。あぁ、今日はいい天気だな。

 そうめん部とかひやむぎ部は聞いたことないけど、どこかで活動してるのかな。


「先輩。ラーメン部が廃部にならない方法はないのか」


 俺が思考を放棄していたところに、今まで黙って見守っていた朱島あけしま先輩がぼそりとつぶやく。ナイス軌道修正!

 朱島先輩は見た目は怖いけど、誰よりも優しいのは知っている。特進クラスで頭がよく、この前は不良に絡まれていた生徒を助けたり、美化委員だし、あと雲雀ひばりって名前が可愛い。ここまで言えばもう朱島先輩がどんな人か分かるだろう。

 ……話を戻そう。その問いが来るのは分かっていたのか、「そこで」と青井先輩は自信満々に声を張り上げて椅子の上に乗る。


「会長からは一週間の猶予ゆうよをもらっている。存続させるなら池栄高校にふさわしい部活動であることを示せ、と言っていた。そう、俺たちは最高のラーメンを作って会長に認めてもらう!」

「おぉ、それっぽいこと言った!」

「早速、最高のラーメンを決める会議を始める!」


 青井先輩はカバンからノートを取り出し、《その一・スープ》とノートに力強く書きこむ。

 よし、と青井先輩は大きくうなずき、にこやかな笑顔で言う。


「やっぱり醤油だ!」

「やっぱり味噌だな」


 青井先輩と白石先輩の声がピッタリとハモる。うん、嫌な予感。


「ほぉ、景虎かげとら。お前は味噌だと言うんだな?」

「当たり前だ。ラーメンの王たる味噌でなければ最高のラーメンは作れない」

「なんだと!? 醤油こそ最高で至高! それ以外は邪道だ!」

「ふざけるな。味噌が王でありキング。その地位が揺らぐことはない」


 始まった。こうなったら一生終わることはない。俺はツッコむ代わりに大きなため息をつく。

 ……そして、冒頭のやりとりに戻る。


「醤油!」

「味噌!」

「あっさり!」

「こってり!」

「細麺!」

「中太麺!」

「メンマ!」

「煮卵!」


 ヒートアップする先輩たちの言い合いを見ながら、朱島先輩は「やはり間を取って油そばか……?」とつぶやく。なにも間を取れてない。


「ていうか、先輩たちはなんでそんなに仲悪いんですか」

「仲は悪くないぞ。景虎とは幼馴染だからな!」

「そうだな。俺も龍之介りゅうのすけのことはよく知っているし、女子の好みは似てる」

「へぇ、ラーメンの好みは違っても他の好みは似てるんですね」


 青井先輩と白石先輩は先ほどまでの言い合いが嘘のように、がっちりと手を握り合って穏やかな笑みを浮かべる。

 どんな理由であれ、一旦言い合いが終わったことに俺は安堵あんどする。


「やっぱり胸だ!」

「やっぱりお尻だな」


 前言撤回。

 先輩たちは途端にかたく握り合った手で腕相撲を始める。


「龍之介、お前A組の鈴木さんを可愛いと言っていたが、あの子はおっぱいでかくないだろ」

「デカいだけがおっぱいじゃない! おっぱいはデカければデカいほどいいが、小さい中にもロマンは詰まってる! 景虎こそ、タイプだって言ってた田中ちゃん、細いしお尻小さいだろ!」

「は? スレンダーでキュッと締まったお尻の方がいいに決まってるだろ」


 なにを聞かされているんだろう。早く会議しましょうよ。

 二人がいがみ合う横で、朱島先輩は「なるほど」とつぶやきながら真剣に話を聞いている。どこに納得する要素があります?

 すると、腕相撲をしていた二人は突然首をぐりんと俺の方に向ける。


「おい玄道、お前はなにフェチなんだ」

「自分は黙って俺は興味ありませんみたいにいやがって。童貞のくせに」

「どどどどど、童貞じゃないですし!」

「じゃあなにフェチなんだ。答えてみろよ」

「さっさと答えろ」


 先輩たちの確実に人を何人か殺めているであろう視線が俺に突き刺さる。

 ここでなにを言えば正解なのか。だが悠長に考えている暇はない。一瞬のうちに結論にたどりつき、俺の絞り出すような声が部室に響く。


「…………うなじ、ですかね」


 今なら冷凍庫に入っても寒くないくらいに顔が熱い。

 俺が今年一番勇気を振り絞ったんだから、先輩たちもなにかしら共感してくれるはずだ。


「うわ、ガチじゃん……」

「こいつ絶対ムッツリだぞ」

「聞いておいて引くな!」


 なんでだよ、うなじいいだろ! ポニーテールした時にいつも隠れてるうなじが見えた時とか、暑いって髪をかきあげた時にチラッと見えるうなじとか!

 共感どころかドン引きされた俺は、横で見守っている朱島先輩に半泣きになりながら助けを求める。


「朱島先輩もなんか言ってやってください!」

「俺は猫が好きだ」

「そうじゃなくて!」


 なぜこんな部活に入ってしまったのか。そもそも、青井先輩と白石先輩に勧誘されなければラーメン部に入ることはなかった。

 俺はもっと青春を感じられる部活に入りたかったし、ラーメン部なんて得体の知れない部活に入る気はさらさらなかった。

 しかし、俺は入部の決め手となる一言を告げられる。


――お前が入部を断った場合、全校集会の時に全裸にして屋上から吊るす。


 そうしてなかば脅迫される形で俺はラーメン部に入部した。否、させられた。

 あの時なんで俺は逃げなかったんだ! 高校生という人生で輝かしい青春時代を自ら投げ捨てるなんて!


「……というか、なんで先輩たちは俺をラーメン部に入れたんですか?」

「どの部活にも馴染なじめそうになくて、休み時間は机に突っ伏して寝てるタイプに見えてかわいそうだったから」

「ガチなやつは突き刺さるんでやめてください」


 たしかに合ってるけど、合ってるけど……!

 そんな理由で入部させられた俺、かわいそう。


「それより、時間がないんですよ! 早くどんなラーメンを作るのか決めなきゃ!」

「手っ取り早く生徒会長の弱みでも握るか」

「ラーメン部ならラーメンで勝負しろ!」


 俺はペン回しを華麗に決めた先輩のペンを奪い取り、ノートに思いつく内容を書き連ねていく。


「そしたら、最高のラーメンはちょっとこってりした醤油味の中太麺で! 先輩の好みをいい感じに取り込めば文句ないですよね!?」

「おぉ……俺はいいぞ」

「あ、あぁ。俺も問題ない」

「じゃあ決まり! あとは分担しますよ!」


 戸惑う先輩たちをさておき、会議の結果、スープ担当は俺と朱島先輩、麺担当は白石先輩、青井先輩が具材担当になり、最高のラーメン作りが始まった。

 ……その後は紆余うよ曲折きょくせつ。もうなにがあったかは言わない。たぶん想像した通りです。

 池栄の中で問題児扱いされているらしい青井先輩と白石先輩が最高のラーメンのためにいつも以上に暴れ回り、俺と朱島先輩はその尻拭いで学校中を駆け回っていた。先輩たち、ラーメン作る気あります?

 そして、最高のラーメン作りを始めて数日経ったある日の放課後。


「玄道」

「朱島先輩。お疲れ様です」

「疲れただろう。少し休め」


 鍋とにらめっこをしていた俺の後ろに、朱島先輩がジュースを置く。あ、それ購買で人気のやつだ。


「先輩方はスープでラーメンの出来が決まると言っていた。気は抜けないが、無理だけはするな」

「はい。でもあと二日で完成させなきゃいけないですし、もうちょっとだけ頑張ります」


 朱島先輩と協力し、時には先輩たちのアドバイスをもらいつつ、ようやく納得のいくスープが完成しそうだった。よく考えたら、今回先輩たちが初めて頼りになったかもしれない。


「玄道、どんな心境の変化だ?」

「え?」

「入部したての頃は一日でも早く退部したいと言っていた。しかし、今はこうして最高のラーメン作りをしている。お前の中でなにか変わったきっかけがあるのか?」


 今でも退部したいとは思ってます。ただ退部したいなんて言ったら全裸で屋上から吊るされるので…………なんてことは言えず。


「いえ、あんな破天荒はてんこうな先輩たちを止められるのは俺しかいないと思っただけです」


 青井先輩たちの言う通り、ラーメン部に入ってなかったら机に突っ伏して寝てる学生生活だったかもしれない。

 悔しいけど、先輩たちのおかげで毎日が楽しいのは間違いない。


「玄道はラーメン部が好きなんだな」

「えっ、いや、全然、好きとかじゃないですし!」

「照れることはない。早くスープを完成させ、先輩方にバトンを繋ごう」

「……はい」


 朱島先輩はよく怖そうって勘違いされるけど、こういうところがかっこいいんだよな。あの先輩たちより尊敬できる。

 スープは今日一日寝かせて、明日味を整えれば完成だ。

 ようやく見えたゴールに高揚感を抑えきれず、でも喜ぶのは完成してからだ、と高ぶる気持ちを胸にそっとしまいながら帰宅する。

 ……そういえば先輩たち来なかったな。遊んで遅れることはあったけど、来ないなんてことはなかった。学校裏でこっそり育ててる野菜を採りに行ったとか?

 翌日。

 俺は授業が終わるや否や部室の鍵を取りに行き、意気揚々と部室へと向かう。


「お疲れ様で……す」


 そこは、いつものそれなりに整った部室ではなかった。

 調理器具はあちこちに散らかり、冷蔵庫はすべての扉が開けっぱなしになっていた。

 あまりのことに思考が停止していたが、我に返って急いで冷蔵庫に向かう。

 昨日しまった鍋を覗くと、それは何色にも形容しがたい色をしていて、それはスープが傷んだのではなく、故意に入れられた独特の臭い――絵の具のせいだとすぐに分かった。

 誰がやったのか、どうすればいいのか。なにも思いつかずに鍋の前で立ち尽くす俺に、部室の入り口から声をかけられる。


「朱島、先輩……」


 朱島先輩は入り口で俺と部室の惨状を交互に見て立ち止まっていた。

 荒らされた部室。鍋を目の前にして立ち尽くす俺。俺が疑われてもおかしくない状況だ。


「違うんです、先輩、これは……!」

「分かっている。お前がこんなことをするとは思っていない」


 朱島先輩は俺の目の前にあった鍋を覗き込んで顔をしかめる。

 

「俺が来た時にはもうこうなっていて、誰がこんな……」


 そうつぶやいた俺は、スープだったものになにか浮いていることに気がつく。

 指ですくうと、それはスープと絵の具の油で反射している、黄金色に光る髪の毛だった。


「…………先輩。俺、犯人が誰か分かりました」

「なんだと?」

「金髪サラ男……会長です」


 俺たちの中に金髪はいない。それに、会長なら部室の鍵を借りるのも簡単なはず。なにより、こんなことをするのは会長以外に思い当たらない。

 こんな卑怯な手を使って多くの部活を廃部に追いやっていたのかと思うと、無性に腹が立ってきた。


「俺も行こう」

「先輩……」

「お前が言うならそうなんだろう。それに部室を、玄道の努力を踏みにじった生徒会長を許すことはできない」


 朱島先輩は拳をギリ、と握りしめる。


「おいーっす、お疲れー」

「スープは完成したか? また先輩直々にアドバイスをしてやろ……おい、どこに行く!?」

「生徒会室です!」


 俺たちと先輩たちが入れ違いになり、後ろで先輩がなにか言っていたような気がしたが、俺も朱島先輩も足を止めることはなかった。

 生徒会室に着いたがノックなんてせず、俺は勢いよく生徒会室のドアを開ける。

 そこには生徒会長、そして生徒会長の周りにはロボットのように無機質に立つ生徒会の女の子たちがいた。全員芸能人にいてもおかしくないレベルの顔立ちで、俺はその威圧感に一瞬足が止まる。


「なんだ君たちは」

「ラーメン部一年、玄道武です」

「同じくラーメン部二年、朱島雲雀」

「生徒会になんの用だ?」

「ラーメン部の部室が荒らされていました。そして、冷蔵庫に入れていたスープがダメになっていました」

「それがどうした?」

「しらばっくれないでください。部室を荒らした犯人は会長ですよね」

「ほう、なぜ僕が犯人だと?」

「鍋の中にラーメン部にはいない、金色の髪の毛が入っていました」


 俺の言葉に会長は鼻で笑う。


「それが証拠になるのか? そんな程度で僕が犯人だと? 言いがかりもやめたまえ」

「こんなことをするのが会長以外に思い当たらないからです。いろんな部活や同好会もこうやって廃部にしてきたんですよね」


 ここで怯むわけにはいかない。ラーメン部を廃部になんてさせない。

 少しの静寂のあと、会長は大きなため息をつく。


「《放課後の池栄》なんてくだらない。学校は勉強のためにあるというのに、池栄はふざけた部活ばかり設立されている。だから、僕がふざけた部活を廃部にし、正しい学校へと導いているんだ」

「……つまり、俺たちが最高のラーメンを作っても認めるつもりはなかったってことですか」

「もちろん。ふざけた部活にいる君たちには分からなかっただろうね」


 俺たちを見下すような視線で嘲笑う会長に、俺は今にも殴りかかりたい気持ちでいっぱいだった。


「僕も暇じゃないんだ。さぁ、さっさと帰って勉強したまえ」


 勝ち誇った表情の会長は、俺たちを相手にする気はさらさらなさそうだった。犯人を目の前にしてなにもできない。どうすればいいんだ。

 その時、生徒会室のドアが勢いよく開いた。


「おうおう邪魔するでーーー!」


 サングラスをかけ、バットを持った青井先輩と白石先輩が入ってきた。ガタイのいい青井先輩とスタイルのいい白石先輩が並んでいるせいで、風貌は完全にやからだった。


「なんだ貴様ら!」


 会長は得体の知れない来訪者に戸惑う。その気持ち分かります。でもこういうの、ラーメン部では日常なんですよ。

 先輩たちは威勢よく言い返すと思いきや、しょんぼりという言葉がぴったりな表情になり、肩にかついでいたバットをだらりと下ろす。


「ノリ悪。景虎、帰るぞ」

「あいよー」

「待て待て待て待て」


 帰ろうとする先輩の首根っこを掴んで思わず引き止めてしまう。


「先輩たち、なにしに来たんですか!」

「後輩のピンチに駆けつけないわけないだろ?」

「今帰ろうとしてましたよね!?」


 白石先輩はサングラスを外してドヤ顔をしているけど、なにもキマってない。


「お前ら、武器も持たずに敵陣に乗り込むなんて、特進クラスなら頭使えよな」

「武器って、ラーメンはダメになったんですよ!? 俺たちに武器はなにもないです! どうすれば良いんですか!?」

「あ、ちょっとプロジェクター貸して」


 青井先輩は会長の横にいた生徒会の人に話しかけ、生徒会の人は黙って近くの棚からプロジェクターを出して青井先輩に渡した。話聞いてます?

 この異様な空気にようやく慣れ始めたのか、会長はプロジェクターを用意している先輩たちにずんずんと近づく。


「なにをしている、生徒会室を荒らすな! 貴様らは青井と白石だろう! 池栄きっての問題児どもが、神聖な生徒会室に足を踏み入れてもいいと思っているのか!」

「うっせぇな。朱島、押さえてろ」

「分かった」


 朱島先輩によって、会長はあっという間に取り押さえられる。

 キャンキャンと騒ぐ会長に見向きもせず、青井先輩と白石先輩はプロジェクターの準備を進めていた。


「電源どれだ? ねぇ、どれ繋げばいいの?」

「こちらを接続します」

「ここだと机に届かないだろ」

「延長コードは棚の中です」


 あの、当然のように生徒会の人たちと会話しないでください。生徒会の人たちもなんで手伝ってるんですか。

 もういいや、先輩たちがなにかするのか見守ろう。

 手際よく準備をして、先輩は最後にどこからか取り出したビデオカメラとプロジェクターを繋いだ。


「よし、準備できたな」

「もしかしてそれは……おい、待て!」

「再生スタート!」


 会長がなにか叫んだような気がしたが、先輩はそれを無視して再生ボタンを押すと、壁に映像が投影される。

 そこは女子更衣室らしく、生徒会の人たちの女の子らしい豊満なバストやくびれが……いや、そうじゃない!

 誰とも目が合わないし、明らかに映っている角度がおかしい。

 俺はすぐに理解した。これは隠し撮り、つまり盗撮だと。

 慌てて動画の再生を止め、俺は先輩に尋ねる。


「先輩、これどういうことですか!」

「これは女子更衣室や学校のいたるところで隠し撮りされていた映像の一つだ。そして、この隠し撮りの犯人を俺たちは知っている」

「あぁ。会長、お前が犯人ということがな!」


 ……先輩、今なんて言いました?

 会長が、犯人?

 俺の思考が考えることをやめている。

 えっと、その、普通に犯罪では?

 俺の表情から察したのか、白石先輩がうんうんと頷く。


「引いたよな。俺たちも引いた」

「部活動を廃部にさせるだけじゃ飽き足らず、隠し撮りまでしてたとはな」

「勉強第一の生徒会長様が聞いてあきれるな」


 生徒会長はさっきまでの威勢はどこへいったのか、狼狽うろたえているのが俺の目からでも分かった。


「し、証拠は、証拠はどこにあるんだ!」

「証拠? んなもん吐かせたら一発だろ」


 先輩たちは取り押さえられている会長の前にしゃがみこみ、悪魔的な笑みを浮かべてバットをわざとらしく構える。どっちが悪役だろう。


「わ、分かった。謝罪しよう。データも全部消す。廃部にした部活や同好会も復活させよう。な、それで満足だろ?」

「そういうのいらないんだよ。俺たちの神聖な部室に足を踏み入れて、ラーメンを汚して、どうなるか分かってんだろうな?」


 必死に言葉を並べる会長に聞く耳を持たず、青井先輩はスマホを取り出す。もしかして会長をリンチするのを撮影するのか?

 やばい、それはまずい。暴力だけは止めなければ。暴力を振るっては間違いなくこっちが不利になる。

 俺は先輩たちを止めようと手を伸ばす。


「もしもし、警察ですか?」


 普通だった。

 なによりも真っ当な戦い方だった。


「学校で盗撮してる人がいたので捕まえました。あ、はい。証拠もちゃんとあります」


 青井先輩が電話をする横で、白石先輩は笑いをこらえきれずに床に崩れ落ちる。

 会長は言葉が出ないのか、酸素を失った魚のように目を見開いて口をはくはくと動かしていた。


「……さて、どうしたもんか」


 電話を終えた青井先輩が近づこうとするが、それをさえぎるように生徒会の一人が先輩の前に立つ。


「お持ちのバット、お借りします」


 先輩たちのバットを強奪するように受け取り、生徒会の人たちはそのまま会長を取り囲む。

 朱島先輩は生徒会の人たちの雰囲気を察し、慌てて会長から離れる。


「部活や同好会への嫌がらせは私たちは何度も止めました」

「ですが、会長は聞く耳を持ちませんでしたね」

「それに、まさか私たちを盗撮していたとは思いませんでした」

「会長、次は法廷でお会いしましょう」


 生徒会室の空気が一気に凍っていくのが分かった。

 会長がじりじりと壁に追い詰められている間に、俺たちは巻き込まれないよう、逃げるように生徒会室を出ていく。

 ドアを閉めるのと同時に、会長の断末魔が廊下まで響き渡った。

 ……その後、会長はめでたく入院したと先輩から教えてもらった。


   * * * * *


「いやー、いいラーメン日和だ!」


 あれから、会長の自白とビデオカメラによって会長は退学になり、俺たちは《放課後の池栄》を守った部活動として、一時期英雄としてたたえられた。

 そして、会長権限で廃部にされた部活たちも廃部を取り消され、《放課後の池栄》はその活気を取り戻した。


「まさか、本当に生徒会長の弱みを握るなんて思ってませんでしたよ」


 荒らされた部室の掃除は業者に頼み、壊れた備品の修理やそのついでに欲しかった道具も注文した。支払いは全部会長持ちで。

 そのおかげか、部室はさらにグレードアップした気がする。


「よし、今日は祝杯だ! ラーメンで乾杯だ!」

「先輩、でもラーメンは……」


 部室が荒らされた時、冷蔵庫にあった食材はすべてダメにされてしまった。なにもない今、ラーメンを作ることはできない。

 言葉を紡ぐのをためらった俺の目の前に、ドン、となにかが置かれる。

 いくつもの香りが混ざり合い、それが温かい湯気としてたちのぼるそれは、まさしくラーメンそのものだった。


「俺と景虎しか知らない金庫に隠していた材料で作った。本当は卒業するまでとっておく予定だったが、今日は特別だ」


 青井先輩はいつも以上に爽やかな笑顔を俺に向ける。もう金庫に麺とスープと具材がしまわれてることくらいじゃ驚かないです。


「朱島から聞いたぞ。お前が生徒会室に乗り込もうと提案したと。ということで、今回はMVPのお前に合わせた好みのラーメンにした」

「そもそも、最高のラーメンもお前好みなんだろ?」


 すべてお見通しだと言わんばかりに先輩たちはニヤニヤと笑う。いつもふざけている先輩が一枚上手に見えて、ちょっとだけむかついた。


「それでは、いただきます」


 まずは熱々のスープを一口飲み、その余韻が消えないうちに麺をすする。

 美味しい。

 醤油味のこってりとした濃厚なスープに中太麺が絡み合い、それだけで口の中が幸福感で満たされる。具材は海苔とメンマと煮卵とチャーシュー。一口ずつかじり、またスープをすする。

 ラーメンは普段から食べるけど、こんなに美味しいラーメンは生まれて初めてかもしれない。

 それは先輩が作ったラーメンが店に負けないレベルだからなのか、それともラーメン部が廃部にならなかったという喜びからなのか、それとも先輩たちと食べているからなのか。……たぶん全部かもしれない。

 今日くらいは醤油に合わせてやろうとか、たまには中太麺も悪くないなとか、そんな他愛もない会話があり、それなりに箸が進んだところで青井先輩は手を止める。


「実はな、ラーメン部は俺たちの代で終わるところだったんだ」

「そうなんですか?」

「ラーメン部は池栄でも由緒ある部活だった。しかし、俺と龍之介だけになり、新入部員が入って来なければラーメン部は廃部になるはずだった」


 青井先輩に続いて白石先輩が言う。

 先輩たちにいつものふざけた雰囲気はなく、それにつられて俺も手を止める。


「だが去年は朱島、今年は玄道が入部してくれた」

「入部してくれたことも、今回の件もそうだ。お前たちのおかげでラーメン部は救われた」

「あぁ、もう俺たちが教えることはなにもない」


 先輩たちは照れくさくなったのか、同じタイミングでラーメンを勢いよくすする。

 いい雰囲気出してますけど、ラーメンのことはそんなに教わってないです。


「とか言って、俺たち卒業できるか怪しいんだけどな!」

「この前の中間もほぼ赤点だったからな」

「それは勉強してください」


 この人たちなんで留年してないんだろう。

 こうなったら近いうちに勉強会を開こう。先輩たちと同級生になるのは死んでもごめんだ。


「……おい、景虎。お前のメンマとチャーシュー、俺のよりでかくないか?」

「気のせいだ。そんなことを言うなら、龍之介の方が麺が多いだろ」

「なんだと? そもそも、俺が会長の弱みを握ろうって言ったんだからな! 俺の方が偉い! だから俺の方が報酬が多いのは当然だ!」

「なんだと? 隠し撮りの存在は俺が先に知った。俺の方が貢献している!」

「データを手に入れたのは俺だ!」

「乗り込む時の格好は俺が決めた!」


 また始まった。

 見慣れたいつもの喧嘩だけど……今日くらいは止めなくてもいいか。


「美味かった。おかわりはあるか?」


 先輩たちが言い争う横で、ラーメンを完食した朱島先輩はどこか嬉しそうだった。

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