最終章 新しい道。


 私は、要蔵さんの方に身体を乗り出して話した。

  「要蔵さんは、殺害された被害者の女性を、『和泉恭子』と言いましたよね、でも私があの日、川から引き揚げたのは、全く知らない女性でした。始めて見る顔だったのです。思い出した『和泉恭子』さ んとは、違ったのです。何故でしょう?」要蔵さんは、〈えっ〉

 という顔をした。

 

  〈・・・・・・・・・・〉

 

 暫く沈黙が。続いたが、浩司先生がパシッと掌を打ち、話始めた。

「これは私の推測ですが、ひょっとして勘違いでは ないですか。設楽さん!」と言って、紙と鉛筆を持ってきた。

「設楽さん、貴方の思った(いずみきょうこ)を漢字で書いてみてください。親父もその被害者の女性の名前を漢字で書いてみて」 そう言うと紙をつき出した。

 私は、勿論『』と 書いた。

 要蔵さんは『』と書いた。

 私は〈あっ・・・〉と思った。そこで浩司先生は、話始めた。

「この通り、最初から違う人なのですよ。設楽さんが『和泉恭子』と思ったのは、記憶の中の奥深くに、その名前が残っていたのですよ、それか、 ひょっとして、設楽さん。貴方の身近にそのような名前に馴染む人がいるのではないですか?」 私は、ハッとなった。

 「そうです、会社の営業課長が『和泉』と言いますし、妻の名前が、『恭子』です。」

「そこで、思い違いが起こったのですね、M大学はマンモス大学です。漢字は違っても同じ読みをするひとはいたでしょう。決して珍しい名前ではありませんからね」 と浩司先生は微笑んだ。

 しかし、私は気分が晴れなかった。これから警察で殺人に至 る経緯を話さなければならないのだ。肩を落としていると。

「ほーほっほ、設楽さん!  そんなに力を落とすことは何もありませんよ。何も心配は要りません」

  はぁ~、と思ったが。要蔵さんは、私に頭を深々と下げて謝った。

「設楽さん!誠に申し訳ない。儂は、一部嘘をついていたんじゃ! 誠に申し訳ない」 要蔵さんは再度頭を下げた。

  ーー嘘・・・・えっ、何だ! ーー

 私は唖然とした。要蔵さんは続けて話した。

「あの殺人の犯人はもう捕まえてある。未解決と言うのは嘘だったんじゃ、女性の後頭部には二度殴った跡があって、二度目が致命傷で亡くなったのじゃ、つまり設楽さんが死んだと思った彼女は気を失っていただけなんじゃ、所謂失神状態だったのだな。設 楽さんが殺したわけでは無いのじゃよ!  ほーほっほ」 浩司先生も話した。

「そうですよ設楽さん。人間の頭蓋骨はそんなに簡単にはひび割れたり陥没骨折をしたりしませんよ。大事な箇所ですからね、男の人が殺意を持って、ハンマーか堅いもので 力一杯殴らないと、そうはなりませんよ」 それを聞いた私は、ホッとした。

  ーー私じゃなかったんだ!  私が殺したのでは無かったのだ・・・ーー

 私は思わず涙が溢れた。

 ーーよかった、よかった!ーー

 心の真から喜んだ。しかし、待てよ、では何故要蔵さんは、嘘を話してまで何を調べていたのだろう? 犯人とは誰・・・!  要蔵さんは話を続けた。

「犯人は、佐久本洋一さくもとよういちといって、コンビニの支店長をしていた男じゃ、彼女はその店でアルバイト をしていたのじゃな、佐久本は妻子が居るのに、彼女に手を出したのじゃな。その内彼女が妊娠をしたのじゃ、これは警察の調査でも佐久本の子供である事が判明した。彼女は、佐久本に離婚を迫ったのじゃ、責任を取って くれと言うことじゃな、しかし、佐久本としてはそれは出来なかった。彼女は、ならばと金を要求したのじゃよ、六百万円をな。あの日の十一時にあの場所に持ってくるように要求したのじゃよ、断れば全てを奥さんに話す といってな。仕方なく、佐久本はその時間にあの場所に行ったが、既に彼女は、河岸に倒れていた。佐久本はすぐに駆け寄り、彼女を揺すると、彼女は気が付いたみたいで、一度立ち上がり、佐久本に金を要求したのじゃよ 、しかし、佐久本は金を用意できなかった。彼女は佐久本を罵り、また川の方に向いたのだ、佐久本はチャンスだと考えて、近くに転がっていた石を拾い上げ、思いっきり彼女の後頭部を殴ったのじゃな、これが致命傷とな った。警察は地道な捜査の結果、佐久本を逮捕したが、何故、佐久本が現場に行ったときに彼女が既に岸辺に倒れていたかが解らなかった。だから警察は誰かもう一人この事件に係わっているのではないかと捜査をしたが、 解らなかった。儂はそこを調べていたという訳なんじゃ、ほーほっほ!  だから設楽さんの話で全てがわかったという事じゃよ。設楽さん警察に行って話してもらえますな。貴方は何も罪を起こしてはいないのですよ。安心 してくだされ、浩司お前も一緒に行って設楽さんの病気を説明してやらなくてはならんぞ」

「親父!  分かてるって。俺も一緒に行って説明をするよ」

「そうと決まれば、設楽さん警察に行って貰えますな」

 私は頷いた。そして私達三人で警察に向かった。歩いていく途中、要蔵さんが私の方を向いて、

「設楽さん!  新吾君一人じゃ寂しいだろうどうですか、あと一人。ほーほっほ」 と言って、ウインクをした。道に要蔵さんの笑い声が響いた。

 

           〈了〉

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