No.002:教育機会?
「ガハハハハ! やっぱりか! やっぱり出よったか! いやー不動産屋に任せっぱなしでかなり家賃が安かったからな! これは何かおるなとは思っとったんじゃ! 案の定じゃったな!」
「まったく……笑い事じゃねえぞ」
オヤジのでかい声にスマホを引き気味の俺は、ひとり嘆息する。
そもそも俺はなぜ一人暮らしをすることになったのか。
俺の実家は隣県にある室町時代から続く、浄土真宗本願寺派の
俺には8つ上の兄貴と中学生の妹が一人いるが、いろいろあって俺も将来的には仏教に身を置くつもりでいる。そのため俺は去年親元を離れ、仏教系の大手学園法人の
そして昨年度1年間、寮生活を送ったのだが……これがまた劣悪な住環境だった。
なぜか1年生は毎日6時起床、そして朝食前に大部屋に集合させられお経の勉強をさせられる。食事は基本的に精進料理で、肉や魚は週に1回だけ。育ち盛りの高校生には、これはかなりキツい。
それだけならまだよかったのだが、1年生と2年生は2名同室の相部屋となる。そしてその同室の相手というのが……かなり強烈な男だった。
見た目は普通の優男なのだが……性欲が尋常じゃなく、毎晩「自家発電」に励む。同室の2段ベッドで上の方から毎晩ギシギシと音をたてられたら、そりゃあたまったもんじゃない。
本人は素知らぬ顔で「オカズが足りなかったら貸すよ。いつでも言ってね」とまったく悪びれる様子もない。お陰でこっちは、年中寝不足状態となった。
さすがに我慢の限界だった俺は、なんとか寮を出て一人暮らしができるようにオヤジに頼み込んだ。県外の私学高で勉強させるための費用が馬鹿にならないことは、俺だって十分承知している。それでもこのままでは卒業より先に、俺の頭がおかしくなることは明らかだったからだ。
オヤジは知り合いの不動産業者に「とにかく安い物件を探してくれ」と依頼した。そしておすすめの格安物件として紹介してくれたのがこのアパートだ。そしてオヤジは俺に下見をさせることもなく、勝手に契約をしてしまった。
たしかに家賃もこの辺の相場と比べて1ランク安い。しかもなんとベッドから冷蔵庫、洗濯機、テレビや電子レンジ、基本的な調理器具や食器等、すべて完備されている。「これ、なにかあるよね?」と思うのが普通である。
俺は不動産業者から鍵を受け取り、このアパートへやってきた。明日は荷物を運び込んで、明後日から2年生としての新学期が始まる。否が応でも期待に胸が膨らみ、ウキワク状態の俺だった。
ところがこの部屋のドアの前に立った瞬間、思わず「うわー」と声を上げてしまった。強烈な霊気を部屋の中から感じたからだ。
ただ……その霊気に邪気が一切感じられない。俺はドアを開けるのを躊躇したが、正直好奇心の方がはるかに勝った。どんな霊なんだろう。霊能者の一人としては、絶対に見てみたい。
そしてドアを開けてみると……なんとも可愛らしいというか……予想に反した迎合となった。
「それでどうじゃ? 邪心のある類の霊体か?」
「いや、邪気は全く感じられない。ただ後悔の念がめちゃくちゃ強い類の地縛霊だ。生きてたら俺と同じ年の女子高生……っていうかギャルだな」
「なんじゃと? ギャルの地縛霊ときたか? それはワシもいままでお目にかかったことはないぞ! 是非一度お目にかかりたいもんじゃ」
「まあでも来なくていいぞ。それより他の物件探したほうがいいんじゃねーか?」
女好きのオヤジは相当興味を持っていたが、なんとか話題を変える。オヤジは来たら来たでいろいろ面倒くさいからだ。
「うーむ……でも家具付きでそれぐらいの家賃のというのは、他になかなか無いからのう」
「そりゃそうだけど……」
まあだからこの「事故物件」になるわけなんだが。
「それに……ひょっとしたらナオの勉強にもなるかもしれんぞ」
「俺の?」
「そうじゃ。ナオ、お前さん後悔の念に駆られた地縛霊を成仏させるには、どうすればいいか覚えておるか?」
「ああ。できるだけ対話を持ち、後悔の念を少しでも和らげてやる……そういうことだろ?」
「そうじゃ。おそらくそれだけ霊力の高い地縛霊じゃ。生前の後悔というのも相当大きいじゃろう。それに邪気もなく純粋な霊であれば、ナオに降りかかる実害も少ないと思うぞ」
「心配じゃねーのかよ?」
「心配は心配じゃが……それくらいの事に対処できるぐらいの修行は、ナオにはさせたつもりじゃが?」
「まったく……」
多少は俺の身の安全を考えろってんだ。それに単純に家賃を安く済ませたいだけなんじゃねーか? とは言え……オヤジの言うことに一理あることも確かだ。俺の将来のことを考えると、これはちょうどいい「教育機会」なのかもしれない。
「わかったよ。とりあえずやってみる。明後日から学校始まるし、時間もないしな」
「そうか。まあなにか問題があれば、また連絡してくればいい」
「了解。そうするよ」
俺はオヤジとの電話を終えて、小さく嘆息する。
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