No.005:『行ってらっしゃい、ナオ!』


 コンビニ弁当を食べたあと、俺はテレビのスイッチをつけた。ちょうどこの時間、人気のバラエティー番組がやっていた。


『うわー、この番組好きだったんだよね? ねえ、このチキチキコロコロバンパイアって面白くない?』


「そうか? 普通じゃねーか?」


 りんは画面に写っているお笑いコンビに、思いっきり食いついている。


『あとこの番組、タイムループっていうお笑いコンビもいたよね? もう出てないの?』


「ああ、あのツッコミの方が女子高生と不適切な関係とかあったらしくてな。いま干されてるわ」


『うわー、男って本当にどうしようもないわねー』


 りんと二人でそんなことを話しながら、しばらくテレビを見ていた。霊体と一緒にこんなことしてていいのか、と疑問がないわけじゃない。


 ただ……昔オヤジに口酸っぱく言われたことがある。


「霊を成仏させようと思うな。まず霊に寄り添え」


 まず霊の思い、りんの思いに寄り添ってみよう。俺はそう思っていた。りんは俺に危害を加えるような霊体じゃない……俺の霊能者としてのカンが、そう言っている。


 テレビを見終わって、俺はシャワーを浴びた。りんに「覗くなよ」と言ったら『の、覗くわけないでしょ!』と、少し顔を赤らめていた。


 シャワーを浴びたあと歯を磨き、俺はベッドに腰掛ける。


「さて、明日から学校だ。もう寝るぞ」


『うん、そうだね』


 なぜかりんは、興味津々の眼差しで俺を見ている。


「りん……俺はりんを信用してないわけじゃない」


『うん……うん?』


「だが俺だって寝ているときは無防備になりやすい。だから万が一のために『霊壁』を張らせてもらうぞ」


『霊壁?』


「そうだ。簡単に言えば霊体から身を守るバリアだ。霊壁を張ると霊体はその中に入ってくることはできない。そして霊壁の外にいるりんからは、俺の存在が完全に消える。つまり何も見えないし、聞こえなくなる」


 逆に俺からは霊壁の外にいる霊体の様子は伺えるが……まあこれは言わないでおこう。


『えーっ? じゃあナオの寝顔とか見られないの?』


「まあそうだ」


『スマホでエロ動画を見ながら、下半身に悶々と手を伸ばす男子高校生の姿も見られないの?』


「おまえ俺をいったい何だと思ってんだ?」


 しかしそういう時にこそ霊壁は必要だな……まあそれはいいとして。


「じゃあまた明日の朝にな。おやすみ」


 俺はそう言って口の中で呪文を唱えて、空中に指で円を描く。その瞬間、俺の周りにドーム状の霊壁が張られた。


『あーもう! 本当にいなくなっちゃった……でも仕方ないか。じゃあナオ、おやすみ』


「ああ、おやすみ」


 もちろん俺の声はりんには届かないが……霊体を一日相手にした俺は、自分でも気づかないうちに精神的にかなり疲れていたようだ。俺は目を閉じてからあっという間に、深い眠りに落ちていった。



            ◆◆◆



 翌朝、俺はいつも通りの時間に目が覚めた。寮生活で身についた早寝早起きの習慣が抜けるまでには、少し時間がかかりそうだ。


 俺は一つ大きく伸びをした後、霊壁を解除する。


『あ、ナオ、おはよう。よく眠れた?』


「ああ。おかげさんでな」


 俺は顔を洗い電気ポットで湯を沸かし、インスタントのコーヒーを入れる。テーブルに移動して、昨日コンビニで買ったパンをコーヒーと一緒に食べ始めた。


『朝ごはんにカレーパンとクリームパン? やっぱり野菜食べないんだね』


「カレーパンの中に人参と玉ねぎが入っているぞ」


『それは野菜のうちに入らないわよ』


「お前、お母さんかよ」


『お母さんじゃなくてもそう言うわよ。実家にいたときに、野菜食べなさいって言われなかった?』


「ああ……小さいころに言われたかもな。って言っても、俺が小5の時に亡くなったけど」


『えっ?』


 りんは少しバツの悪そうな顔をする。


『そっか……なんかごめん』


「りんと同じだな。俺の母親はガンでな。結局全身に転移して助からなかった」


『大変だったね』


「俺よりも妹の方が大変だったな。ショックで毎日泣いてたよ。それからかな……妹はずっと俺にべったり甘えるようになったんだ。高校を通うのに家を出るときだって、泣いて大変だった」


『へー、お兄ちゃん子なんだね。でも上のお兄ちゃんもいるんでしょ?』


「上の兄貴は年が離れてるだろ? それもあってか、どちらかというと俺に甘えるんだよ」


『そっか。まあナオの方が優しそうなのかもね』


「どうだろ。わからん」


 そんな話をしながら、俺は学校へ行く準備をする。


『えー、もう行っちゃうんだ。退屈だなぁ』


「地縛霊が退屈とか言うなよ」


『ねえねえ、テレビつけて行ってよ』


「まあそれくらいならいいけど……チャンネルは教育テレビでいいか?」


『そんな訳ないでしょ。ああでも……朝のバラエティ、全部見たい! ねえチャンネル変えられるようにできないかな?』


「無茶言うな……と言いたいところだが」


『え? もしかしてできたりする?』


 俺も甘いなぁと思いつつ……まありんのやりたいことを優先させることは、悪い事じゃないかもしれない。


「毎日は難しいが……とりあえず今日はそのリクエストに応えてやるよ」


 俺は懐から千代紙サイズの和紙を取り出した。オヤジから分けてもらった特別な和紙だ。その和紙を手に取り、口の中で静かに呪文を唱える。するとその和紙が、小さな人の形に変化する。


『うわっ、何それ?』


式神しきがみだ。本来は霊の見張りを立てたり、離れたところから知らせを受け取ったりするために使うんだが……こんなことに使うのは初めてだぞ。式神、テレビのリモコンをりんの言うとおりに変えてやってくれ。それ以外のことはやってはだめだ。いいな?」


 人型の折り紙のような式神は、俺の言葉に小さく頷いた。


『うわー何これ?! 超かわいいんですけど! この子がリモコンの操作をしてくれるの? そっかー。式神君、いや『しーちゃん』でいいか。しーちゃん、よろしくね!』


 小さな式神は胸に手を当て、小さくお辞儀をした。任せてくれ、とでも言いたいようだ。


「じゃあ行ってくるわ」


『うん。行ってらっしゃい、ナオ!』


 りんに見送られながら、俺は部屋を後にした。

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