No.004:地縛霊との共同生活


『それよりさ、アタシこの部屋から何度か出ようとしたんだけど……どうして出られないの?』


「そりゃ無理だ。『られた』だからな。基本的にはこの部屋を出られない」


『えーなんでー? つまんないよー』


「そう言われてもな」


 というのは半分本当で半分嘘なんだが……とりあえず今のところはそう話しておくことにする。


『ぶー……じゃあナオ、アタシと部屋にいるときぐらいは遊んでよ』


「……まあ健全な遊びくらいなら付き合うが」


『え? ふ、不健全な遊びとかもできちゃうの?』


「俺は『霊フェチ』とかじゃねぇーぞ。『実体』がないのに、何もできるわけねーだろ?」


『な、なーんだ、つまんないなぁ』


 そう言いながら、りんの表情はホッとしている。なんだかんだで男慣れしていない感じだ。


「ていうかだな、俺はりんを成仏させるための手伝いをするんだよ。遊ぶとか、そんな感じじゃない」


『あ、そうか。そういうことだよね』


「ところで……りんの事故のあとから、この部屋は変わらないのか?」


『そんなことないよ。アタシが事故にあってからしばらくして、家具とか全部引き取りに来た。パパの秘書の人が来てたから、パパが手配してくれたんじゃないかな?』


「じゃあこの家具は?」


『不動産業者の人が、リサイクルショップで買ってきたみたい。『とりあえず安いので十分だ』とか言ってたから、多分そんなにいいもんじゃないよ』


「まあそうだろうな」


 それでも家具付きというだけでも、今の俺にとっては十分助かる。


「よし、じゃあ明日荷物を運んで明後日から学校が始まる。俺は明日からここに住んで、りんが成仏できるように協力する。しばらくの間、よろしくな。りん」 


『うん、こちらこそよろしくね! ナオ』


 霊能者の末裔まつえいとギャル地縛霊……俺とりんとの不思議な「共同生活」は、こうして始まることになった。



              ◆◆◆



 翌日、俺はアパートに荷物を運び込んだ。前日に宅配便で荷物を詰めた段ボールを送り、俺は寮からスーツケース1つを持ち込んでようやく荷物の整理がついたところだ。


「さてと……これでようやく片付いたな」


『お疲れ様。案外荷物少なかったね』


「まあ男子高校生ひとりの荷物なんて、こんなもんだろ」


 俺はテーブル横の座布団の上に座り、深呼吸をする。いよいよ明日から新学期だ。時刻はもう夜の7時半を過ぎている。


「腹減ったな……ちょっとコンビニで弁当でも買ってくるわ」


『あ、いいなー……ってアタシは食べられないけど』


「そりゃそうだろ」


『ねえ、自炊とかしないの?』


「やろうとは思ってる。とりあえず今日は疲れたから、弁当だな」


 俺は財布とスマホを持って部屋を出た。





「地縛霊と会話しながらの生活とか……なんだか変な感じだよな」


 俺はコンビニに向かって歩きながら、独りごちる。


 りんは極めて霊力の高い地縛霊だ。霊体は空気の振動を感じ取ることができるが、人間が話す音域はなかなか聞き取ってもらえない。なので俺たちが通常霊体と対話するときは、人間には聞こえない「霊体が聞きやすい音域」の声を出すようにしている。まあ「犬笛」のようなものだ。この声の出し方も、オヤジから嫌というほど修行させられた。


 ところがりんは、俺が普通に話す音域でも簡単に理解できている。また霊体は声を出すことはできないので、人の脳に直接テレパシーのような「念話」で話しかけてくるのだが、りんから発せられる念話は恐ろしくクリアで、俺にしてみれば本当の人間と会話しているのと遜色ないぐらいの感覚だ。


 もちろん俺以外の人間には……霊能者以外という意味だが……基本的にりんの姿も見えないし声も聞こえない。


「りんを成仏させるためにどうするか……考えていかないとな」


 コンビニで弁当とお茶、それから明日の朝食用のパンを買って部屋に戻るあいだ、俺はそんなことを考えていた。


「ただいま」


『おかえりー、って……なんだか新婚さんみたいだね! キャーー』


「お前のその恋愛脳、どうにかならないのか?」


 俺はテーブルの上にコンビニ袋を置いて中身を出した。


『どれどれ? あーチキン南蛮弁当か。男子って本当に揚げ物好きだよね』


「男子高校生の体の75%は揚げ物で出来てるぞ」


『そんなわけないでしょ。野菜サラダとかないの?』


「面倒くさかったから、買わなかった」


『もう、今までどうしてたの? って、そうか……寮だから食事はついてたんだね』


「ああ、でもどれも精進料理ぽくってな。俺はもっと肉を食べたかったぞ」


『まあ仏教系の学校だから、仕方ないかもだけど……あ、お茶とかも自分で茶葉を買ってきて作ったほうが安上がりだよ。ペットボトルのお茶とかホント不経済だから』


「りんは自炊してたのか?」


『もうバリバリ自炊派だったよ。基本三食ぜんぶ自炊してた』


「おー凄いな。でも……経済的に苦しかったわけでもなかったんだろ?」


『んーパパは『お金が足りなかったら、いつでも言いなさい』って言ってくれてたんだけど、やっぱりあんまり負担にはなりたくなかったし。それにいつかは自立しないといけないじゃない? だからその予行演習だと思ってさ。できれば2年生からはバイトもしたいなぁって思ってたよ』


「お前……本当に偉いな」


『まあその前に死んじゃったけどね』


 りんはちょっと寂しそうに笑った。こんなに前向きに人生を考えていて、希望を持って生きていて……でも突然命を奪われてしまった。やり残した人生に対する後悔の念が大きいことは、想像に難くない。

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